救出 6
水の勢いは凄い。
飛沫を上げ、渦を巻き、城をのみこんでいく。
俺はその広がり行く様を見て、この城の傾斜が水を受け入れ導いていることに気づいた。
この水門の位置を一番高くして、後は城内全てに水が行き渡り最終的に城の城門から外の壕へ流れ出て行くようにと、この城の土地と建物は造られている。
(スゲェ。土地まで造成したのか?それとも自然の傾斜を利用した?)
何にしろアディのおじいちゃんの有鱗種対策は半端なかった。
(よっぽど、怖かったんだろうな…………有鱗種の仕返し。)
ビビる気持ちがもの凄くよくわかるところが、情けない。
うん、やっぱり似てるわ、アディのおじいちゃんと俺。
大地も緑も建物も全てのみこんでいく水だが、その脅威は少し高台にある神殿には及ばない。
(やっぱり、こんな場合でも神殿っていうのは不可侵領域なんだな。)
この世界の、神に対する敬慕の念が見えるようだった。
『ギャアァアッ!』
『何故だっ!水が、水がっ。』
水の到達した辺りから、有鱗種の驚愕の悲鳴が聞こえてくる。
『に、逃げろっぉぉぉっ!!』
(本当に水が苦手なんだな。)
あたふたと飛び出し城門から外へと逃げ出して行く者、とりあえず少しでも高いところへと上ろうとする者など、まだ燃え盛る炎に照らされ有鱗種の慌てた様が夜闇の中に浮かび上がる。
俺は節足動物の多足亜門――――要は、ムカデが大の苦手なんだが、そのムカデが大量に迫ってくるみたいな感じなのだろうか?
……有鱗種を笑うのは止めよう。想像しただけで鳥肌が立った。
俺は自分で自分の両腕を抱き締めて摩る。
「寒いのですか?ユウ様。」
フィフィが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫です。この混乱の中であれば、ティツァさんは間違いなく陛下をお救いできるはずです。合図を待ちましょう。」
見上げてくる優しい視線にしっかりと頷き返す。俺がそれを信じないでどうするのかと思う。
――――俺の待ち望んでいたその合図がきたのは、それから程なくしてだった。
「ユウ!!」
アディが叫び、俺の方に駆け寄ってくる。その姿はボロボロで、殴られたのだろうせっかくのキレイな顔が青黒く腫れていた。
「ユウ、ユウ、ユウ!」
いやそんなに何度も呼ばなくとも1度呼べば聞こえるぞ。
足を引き摺っているくせに走って来るんじゃねぇよっ。
「アディ!」
俺の声がかすれているのは、城内に充満する火災後の燻った空気のせいだ。
おかげで目まで痛くて涙目になる。
――――絶対、アディの無事な姿に安堵して泣いているわけじゃないからな。
「ユウ!ユウ、よく無事で。」
アディは間違いなく泣いていた。イケメンは顔が腫れても、泣いていても、カッコいい。
クソッ、滅びろイケメン!
(――――って、うわっ!しがみつくなよ、お前っ、びしょびしょじゃないか!?)
そう思いながらも抱擁を返している俺は、アディが無事助かって浮かれているんだろう。水もしたたるイイ男に抱きつかれて嬉しいなんて、どうかしている。
「俺の国のこんなゴタゴタに巻き込んでしまってすまない。」
謝って欲しくない。
アディは少しも悪くない。どっちかって言えば、ビビりの俺が後手後手に回った付けがこの事態だ。謝るなら俺だろう。
「アディ……」
なのに俺ときたら謝罪の言葉も満足に口にできない。
「――――ユウ様!」
そんな俺にもう1人びしょ濡れな人物が縋り付いてきた。
「リーファ!無事で良かった。」
ふわふわのはずの白銀の髪を水でぺったりと湿らせ、色白の肌をなお蒼ざめさせたリーファは、俺の言葉に、顔をくしゃくしゃに歪ませる。
青い瞳から涙がポロポロと落ちた。
「ユウ様こそ……ご無事で。」
濡れた衣服がリーファの細い体に張り付いて……もの凄く色っぽい。
(……ヤバい。目の毒だ。)
俺は慌てて自分の着ている上着を脱いで、リーファの肩にかけた。
「かっ、風邪をひくからっ!」
俺の不審な態度に、リーファは大きな目を見開いて自分の姿を見下ろす。
ようやく服が濡れている事に気がついたのだろう、慌てて俺の服に袖を通した。
頬に赤みがさしてきて、俺はそんな様子にホッとする。
(……ホントにヤバい。彼シャツみてぇ。)
――――可愛い女の子が、俺の服で彼シャツ。
男なら誰だって憧れる夢のシチュエーションが叶った事に、俺の鼻の下は伸びに伸びた。
いや、決して某国民的人気アニメの副主人公の名前じゃない。
そんなバカな事を考えていた俺を現実に戻す男が現れる。
「感動の再会も良いが――――、これからどうするつもりだ?」
冷たい声はティツァだった。
俺は恐々振り返る。
ティツァはもの凄く不機嫌そうだ。
……そう言えば俺はティツァに礼を言っていない事に気づく。人間の王を助けるなんて、彼にとっては不本意だろう事をさせておきながら放っておかれたら誰だって面白くないに決まっている。
「ティツァ、アディ達を助けてくれてありがとう。」
俺が真面目に頭を下げようとすれば、「礼なんていらない。」とティツァは素っ気なく止めた。
「そんな事よりこれからの事だ。城は解放できたが王都はまだ有鱗種の手の中だ。捕まった人間も沢山いる。俺達獣人には関係ないが、お前の事だ、助けるつもりでいるのだろう?……どうするつもりだ。」
ティツァの言うとおりだった。
だがそれよりもまず、俺はアディにティツァ達獣人の事を説明しようと思う。
アディは、獣人に礼を言い獣人の話す言葉を真剣に聞いている俺を興味津々に見ていた。
「アディ、獣人は――――」
「わかっている。話は助けられた時にコヴィノアールに聞いた。」
アディの視線をたどればそこにはまだ青い顔ながらきちんと背筋を伸ばし立っている黒髪の騎士がいる。
どうやらコヴィはアディの救出作戦に無理を押してついていったらしい。
「とても信じられなかったが、見事な手腕で俺を有鱗種から救い出してくれたのは間違いなく獣人達だ。俺は彼らへの感謝を決して忘れない。」
きっぱり言い切るアディは、やっぱり王の中の王だった。
金の髪が眩しくて、俺は目を細める。
――――うん。これなら大丈夫だ。
俺は覚悟を決めて顔を上げる。
「王都と、捕まった人間を有鱗種から取り戻そう。俺に策がある。」
俺の言葉にアディは、びっくりしたように目を見開き、ティツァは不敵に笑った。
「どうするつもりだ?」
俺はコクリと唾をのみこむ。
「…………雨を降らす。」
俺の言葉に、全員がポカンと口を開けた。