救出 5
いざ出陣というその前に、ティツァが俺に待ったをかける。
(おいおい、今更できないなんて言わないでくれよ。)
内心不安になる俺に対して、ティツァは美しい動作で跪いた。そのティツァにならうように狐耳の獣人をはじめとしたティツァの仲間の獣人が膝をつく。
「へっ?」
「我ら獣人は自らに戦うなかれと戒めを科している。お前の言葉でその戒めを解いてくれ。」
そう言えばそうだった。
獣人は争いを忌避していて、生まれた時から戦うなと教え込まれているんだった。ここで急に戦えなんて言われたって、ティツァの仲間以外は躊躇いが大きいだろう。
確かに、それ以外の獣人達は、ちょっと遠巻きにして俺達を見ている。
跪いてはいるものの、ティツァの視線は俺に何とかしろっと脅迫してきていた。
俺は考えながら口を開く。
「戦いが最終的には自らを傷つけると教え、力があるにもかかわらずその力を振るわず生きる獣人を、俺は尊敬します。あなた達は真に強い種族だ。――――その上でお願いします。どうか俺にその優しい力を貸してください。俺はどうしてもアディを、人間達を救いたい。それがこの世界を救う事だと信じているから。」
結局俺にできるのは“お願い”だけだ。
だって仕方ないだろう。非力な俺が獣人を脅す事なんてできないし、かと言って大して頭も良くない俺には相手を言い包めるような真似も無理だ。
俺はただ、深々と頭を下げる。
「ユウ――――」
“このバカ”とティツァのセリフの後には続くのだろう。
しかし、ティツァがそれを言う前にフィフィが感動したように声を上げた。
「ユウ様!顔をお上げください。優しいのはユウ様です。私達の世界を救うために頭までお下げになるなんて。……ユウ様。フィフィはユウ様のために力を尽くします!」
うん。フィフィありがとう。ナイスフォローだよ。
若干その熱意には引いてしまうけど。
「救世主様!」
「ユウ様。」
フィフィのアツさに引っ張られた他の獣人達も、次々に叫びだす。
「あなた様は、この世界を救うために神に遣わされたお方だ。」
「我らはあなた様に従います。」
「救世主様!」
「ユウ様っ。」
良かった。
これならなんとかなりそうだ。本当にこの世界の人々がイイ奴ばかりで助かった。
見れば、俺の言葉しかわからないだろうに、サウリアなんか感動して号泣しているし、人間達も眼差しが熱っぽい。
みんな、純真な者達ばかりだ。
「ありがとう。――――さあ、行こう。この世界のために!」
熱気に当てられたんだろう。俺まで、うわずった声で叫んでしまう。
うおぉぉぅ〜!!
雄叫びが上がった。
ティツァとエイベット卿が、似たような表情で俺を見て来る様子に何故か笑えてしまう。
2人共、困ったような顔をしているけれど、その瞳は間違いなく俺を気遣っていた。
……やだな。俺らしくもない。
胸の中から熱い塊がのぼってきて、息を詰まらせる。
目じりが熱い。だから周囲がぼやけて見えるんだ。
泣いてなんかいないさ。……絶対に!
俺は、俺史上最高の熱さで、拳を振り上げた。
――――で、再び俺は漏れそうな悲鳴を必死でこらえていた。
(いったい何でなんだ!)
「ぎゃぁぁぁぁ〜っ!」
俺の隣では、俺の心の叫びをそっくり表したかのような情けない悲鳴を、エイベット卿が上げている。
彼は自分に仕える獣人に抱え上げられて運ばれていた。その獣人の耳がペッタリと伏せられている光景は見た事がある。
あんまり騒ぐとまずいんじゃないだろうか?
まあ、気づいて近づいてくる有鱗種は、端から他の獣人に捕まっているから問題ないのかもしれないけれど。
俺達は、門衛塔を飛び降りて水門へと向かっていた。
どうして普通に階段を使わないんだ?獣人は人を抱えて飛び降りるのが趣味なのか?
しかもそれでも動きは普通のままだし……。獣人の身体能力、凄すぎだろう。
そして、俺を運んでいるのは……フィフィだった。
うん。頼む、何も言わないでくれ。
俺は抵抗した。それはもう、目一杯抵抗したんだ。
でも――――
「ユウ様を、他の方に任せるなんてできません!」
決意を固めた女の子は、もの凄く強かった。
「大丈夫です。ユウ様は穀物袋より重くありませんから。」
その比較対象は俺のライフを著しく削ってくるんで止めて欲しい。いや、藁よりはマシだけどね。
フィフィに穀物袋のように担がれて、俺は必死で悲鳴を噛み殺す。
これが救世主の姿だなんて誰も信じてくれないだろう。
そして、これまた情けないことであるが、水門に着き、その守りを突破する戦いは、移動だけでヘロヘロになった俺とエイベット卿が吐き気に耐えて庭の片隅に蹲っている間に、あっという間に片がついた。
(……本当に獣人5人で有鱗種10人以上を倒しやがった。)
しかもその内1人はフィフィだ。
「ご主人様。大丈夫ですか?」
エイベット卿に使える獣人が心配そうにエイベット卿の背中を摩っている。
「ユウ様、お気を確かに。」
フィフィの優しさが身に染みる。
この細い腕が、つい今し方ゴツい有鱗種を投げ飛ばしたところを見てしまった後でなければ、俺はフィフィに抱きついていただろう。
……見なければ良かった。
俺はフラフラしながらも、なんとか立ち上がった。
エイベット卿も支えられながら立って、水門に近づく。
重たそうな門の外は満々と水を湛える外壕に繋がっていた。
「水門を開ける。――――その手前の鎖を引いて、次は奥の杭を……」
エイベット卿は、手順を獣人に1つ1つ説明していく。
「後はその滑車を巻き上げれば水門は開く。……塀の上にあがれ。水が流れ込むぞ。」
彼の言葉に、全員が水門脇の石塀の上に登った。当然気絶した有鱗種も引っ張り上げる。
「合図を。」
俺の言葉に従って、狐耳の獣人が大きく合図の旗を振った。
夜目の利く獣人は夜中でもこの旗が見えるのだそうだ。
「開けろ!!」
俺は、叫ぶ。
ゴゴオォォォォッ!!という地響きをたてて水門が開き、水が一気に流れ込んでくる。
夜の暗闇の中、生き物のような水が城内に侵食した。




