表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/44

救出 4

水城に水門はつきものである。周囲の水壕の水位を調節し、防御や時には攻撃の役割も担う城の重要施設だ。普通の水城の水門は外の河川や海から壕に水を引き込むためにある物だが、俺はこの城には壕から城内への内水門もあるだろうと考えていた。


「それを開けて一気に水を溢れさせる。その機に乗じて有鱗種を捕え、火災の消火も行いたい。」


自分の考えを説明して、一石二鳥の作戦を提示した俺を、ポカンとエイベット卿が見詰めてくる。


「何故お前がそんな事を知っているのだ?」


そんなものちょっと考えればわかることだろう。

この城を築いたのはアディのおじいちゃん――――前国王だ。彼は、有鱗種と戦い逃げ出してきた人物なのだ。この城に万が一有鱗種が攻め込んで来た時の対処法を考えないはずはないし、その策として水攻めを選ぶのは当然のことだった。




「――――少なくとも、俺ならそうする。」


アディのおじいちゃんの性格(・・)が俺と似ているというのは、王太后様のお墨付きである。外見は全然違うんだろうけどな。


ポカンと口を開けたエイベット卿は、随分間抜けな顔だった。


「……見かけによらず、案外賢かったのだな。」


失礼千万だと思う。俺の見かけなんて放っといてくれ。


「だが、残念ながらその策は使えない。私とて水門を開ける事は考えた。兵を向かわせ確認させたが、水門は既に有鱗種の手に落ちており、10人程の武装した有鱗種が周囲を固めていて近づく事すらできなかったそうだ。」


エイベット卿は随分悔しそうだった。


俺はティツァを見る。


「武装した有鱗種10人程が水門を守っているそうだ。突破できるか?」


ティツァは事もなげに頷く。


「問題ない。獣人が5人もいれば十分だろう。」


俺はホッと息を吐いた。


「大丈夫だそうです。水門の場所を教えてください。」



俺の言葉にエイベット卿は、ようやく事態を理解したようだった。


「お前は……獣人と話せるのか!?」


「俺は“救世主”だそうですから。」


俺は顔を赤らめた。自分で自分を救世主宣言するなんて、恥ずかし過ぎるだろう。どうして俺がそんな痛い(・・)奴にならなきゃならないんだ?!


自己嫌悪にたっぷり落ち込みながら、俺は自分が獣人とも有鱗種とも言葉が通じる事。獣人は人間と同じくらい知能が高い事などを手短にエイベット卿に語った。


「そんな!とても信じられん。」


「今は信じられなくともかまいません。ただ現実は認めてください。アディを……この国を救うためには獣人の協力がどうしても必要なんです。それだけは確かです。」


信じるのなんてこれからでイイ。今はとりあえず行動を起こすことが必要だった。


それでもエイベット卿は混乱しているのか、まだ迷っている。「しかし」だの「でも」だの言ってブツブツと自問自答する姿に、いい加減俺が切れようかと思った時だった。




「……俺が案内する。」


目を閉じ死んだように倒れていたコヴィがフラフラと立ち上がった。


「コヴィ?!」


サウリアの治療が効いたのだろう。コヴィの顔色は、最初に見た時よりずいぶん良くなっている。しかしそれでもまだ足元はおぼつかないし、何より血まみれボロボロの衣服は、まるでハロウィンのゾンビの仮装のようである。とても仕事を頼めるような様子ではなかった。


「俺は水門の位置を知っている。俺を連れて行け。」


「でも……」


正直イヤだ。俺がムリヤリ働かせたばかりにせっかく塞がった傷口が開いたらどうするんだ?俺は責任なんかとれないぞ。

それに何より、コヴィの方を見る度に俺がビビる事は間違いなかった。


(ビビりによるショック死なんて笑えない。)


救世主としてカッコ悪すぎるだろう。渋る俺に、天の助けが入る。



「私が行く。」


ようやく気持ちの整理がついたのだろう。それはエイベット卿だった。


「ドラン近衛第3騎士団王都駐留部隊副隊長、お前はもう少し治療を受け、陛下をお助けした後に陛下の手足となるようにせよ。――――それに水門を開けるには複雑な手順があるのだ。それを知るのは、この場では私だけだ。」


俺は心の中で小さく拍手する。すげぇ、よくあんな長ったらしい職名覚えていられるよな。


エイベット卿は複雑な顔で俺に視線を移した。


「お前が救世主だなどとはとても信じられん。しかし今は非常時だ。(わら)にもすがりたいとはこの事だ。お前の言葉に従おう。」


それが、すがる者の態度だろうかという程エイベット卿は偉そうだ。


どうせ俺は藁ですよ。藁を馬鹿にするなよ。最近はコンバインで稲を刈るから、すがれるくらい長い藁は貴重品なんだぞ。俺のばあちゃんなんて藁で馬が作れるんだからな!



……うん。すまない。脱線した。


俺はきちんと背筋を伸ばす。



「みんな聞いてくれ!これは、救世主としての言葉だ。――――これから俺とエイベット卿、獣人5人で水門を開ける。おそらく地下と1階部分は濁流にのまれるはずだ。その混乱に乗じて、アディや囚われている人間達を救出する。そちらの指揮はティツァに任せる。必要な人数で救出隊を編成してくれ。残りの獣人と動ける人間で今から城内を回って、生きている者を2階より上に避難させて欲しい。人間も獣人も……有鱗種もだ。」



俺の言葉に、みんな驚き最後の一言には非難の目を向けてくる。


うん。当然だろう。でも俺は自分の言葉を訂正するつもりはなかった。



「俺は神の遣いし救世主だ。であれば俺は神の意志に沿ってこの世界を救わなきゃならないはずだ。……神の意志は、全てのものの調和だ。人間も獣人も有鱗種もない。“みんな仲良く”が神の意志なんだ。人間を救って有鱗種を殺すのは神の意志じゃない。」


それだけは確信していた。

今回の事だって神は人間に味方して有鱗種の国に罰を与えたわけではない。調和しなければならない3種の内の1種が欠けたためそれを知らしめただけなんだ。


“調和せよ”なんて言いつけて、それに反した時のペナルティーだけを決めて後は知らんぷりなんて、とんでもない神様だと思う。今どきどんな商品にもアフターフォローは必須なのに。


まあ、救世主っていうのがそういったサービスの1つなのかも知れないが。




俺の言葉に、サウリアが感動したように俺に対し祈りを捧げた。


縁起でもないから止めて欲しい。



「サウリア、君は助けた有鱗種を説得してくれ。人間への攻撃は神の意志に反する事。自分達の国を未来永劫救いたいなら、人間とも獣人とも仲良くしなければならない事を訴えるんだ。」



そしてそれは、人間にも言える事だった。


エイベット卿の顔は複雑に歪む。


サウリアは厳しい表情で「はい」と頷いた。


俺だってそれが口で言う程簡単な事でないのはわかっている。

でもこの世界で生きるためにはそうする以外に道が無いのも間違いない事だった。




だが今は、それより、何よりも――――



「行こう。」



俺の言葉に全員が顔を引き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ