救出 3
「逃げ出したはずだろう!?何をのこのこ戻って来ているんだっ!」
怒鳴りつけてくるエイベット卿の姿は、煤だらけであちこちから血を流し、汚れに塗れている。
普段すかした顔がだいなしだった。
その脇には、そんな彼の体を心配そうに支える獣人達がいる。
「何で?」
「奴は、厳格だが公平な主人だからな。」
ポカンとして発した俺の疑問に、ティツァが嫌そうに答えた。
――――どうやらエイベット卿は、自分が奴隷としていた獣人に助け出されたようだった。
獣人を明らかに人間より劣る生き物として対等には見ていないエイベット卿であるが、彼の獣人に対する扱いは厳しくも真面目で公正なものであったらしい。人間が自分の失態を言葉の通じぬ獣人のせいにして罪を被せてくるのを見破り、そんな人間達を粛清し、何人もの獣人を救った過去があるそうだ。
「奴を慕い、心から仕える仲間は多い。」
びっくりな真事実だった。
有鱗種の手から救い出されたエイベット卿は、城に残った獣人が立てこもるこの塔に連れて来られたところだという。
「……何で?」
俺は、もう一度言った。
(何でエイベット卿が助けられて、アディが助けられていないんだ?)
俺は、いけないとわかっていながらもそう思うのを止められなかった。
アディだって公明正大な人物だ。エイベット卿より優しいし、アディが獣人に対して理不尽な真似をしているとこなんて一度も見た事がない。
それなのに何で、アディはここにいないんだ!
俺の言葉にできない叫びを察したティツァが、視線を逸らす。
「国王は、まだ若い。王位に就いて1年も経たない程だ。しかもそれまでは軍部で外敵の対応に当たっていて王城にはいなかった。長年ここで暮らしてきたエイベット卿とは違う。……城の獣人達の多くは、国王の為人など知らないだろう。――――それに、国王の興味は国づくりにあるだろう。あいつは、獣人になど意識の欠片も向けていない。」
それでは獣人の好意など受けられるはずもなかった。
ティツァの言葉は、苦く俺の中に響く。
(やっぱり、俺が獣人の事をアディに話していれば……)
そうすれば、もっと事情は違っただろう。
「ユウ様、ユウ様、すみません!私、陛下をお助けしようとしたんですが――――陛下の周りのガードはとても厳しくて――――陛下は、ユウ様が気にしておられた方でしたのに。救い出す事ができず…………ごめんなさい。」
フィフィが、泣きそうになりながら謝ってくる。
ああ、泣かないでフィフィ。君が悪いんじゃない。
有鱗種は、金と銀の輝きを持つロダの一族に執着していたとサウリアは言っていた。きっとアディ達に対する守りは他の何倍も厳重だったのだろう。
「今すぐ、逃げろ!陛下はお前の安否を何より気にしておられた。――――せめて、お前が無事でいなければ、私は……陛下に対して申し訳が立たん!!」
おそらくアディではなく自分が助けられた事に負い目を持っているのだろう、エイベット卿が叫ぶ。
ああ。この世界の者達は、なんてみんなイイ奴ばかりなんだろう。あのエイベット卿までこんなだなんて、反則だ。
足元からズン!という響きが伝わってくる。
おそらく城のどこかが崩れ落ちたのだろう。
比較的無傷なこの塔に、次から次へと助けられた怪我人が運ばれてくる。
「…………ユウ、逃げろ。」
その怪我人の1人が苦しい息の下から声をかけてきた。
「!?――――コヴィ!」
なんとそれは黒髪の騎士コヴィだった。
コヴィの衣服は血まみれで顔は蝋のように白い。
「エイベット卿の仰るとおりだ。……陛下は、お前の無事を願っておられた。頼む、逃げてくれ。」
精悍な騎士が息も絶え絶えに俺に懇願する。
(ああ!もうっ――――)
俺はギュッと拳を握りしめた。
そんな俺を突き飛ばす勢いでコヴィに近づいたサウリアがコヴィの傷に対して手をかざす。
「貴様!何をっ。」
一瞬の隙をつかれてサウリアに逃げられた狐耳の獣人が、怒鳴りながらサウリアを引き離そうとするが――――
『俺は、治癒の魔法が使えるんだっ。』
サウリアの言葉に、俺は慌てて彼を止めた。
『頼む!俺を信じて治療をさせて欲しい。俺の……俺達のせいで傷ついた人間を治したい!こんな事、焼け石に水だってわかっている。でも、頼む、頼む。』
サウリアは必死に俺に懇願してきた。
サウリアの手は仄かな光を帯びている。
その光を浴びたコヴィは、体の力が抜けたように大きく息を吐いた。
「彼は、治療をしようとしているんだ。彼の好きにさせてやってくれ。」
俺の言葉に獣人と人間が驚いてサウリアを見る。
『ありがとう。』
そう呟いたサウリアは、本格的な治療をコヴィにはじめた。
「彼は、無鱗の有鱗種だ。」
俺の言葉にエイベット卿や他の人間達が目を瞠る。
俺は、顎を引き背筋を伸ばした。
相変わらず体に響く地響きは止まらない。
それでも俺の心に、もはや怯えや迷いはなかった。
(みんな、自分のできる事をやっているんだ。)
だったら俺だってそうするだけだった。
「俺は、アディを……この国を助ける。そのためには、人間も獣人も有鱗種だって力を合わせなければダメなんだ。協力して欲しい。」
全員が俺を見ていた。
拳を握りしめる。
「どうするつもりだ?」
既に覚悟を決めていたのだろう、ティツァが面白そうに聞いてきた。
「――――水門を開ける。」
俺の声は震えていなかったと信じたい。




