救出 2
そして、俺は再び漏れそうな悲鳴を必死でこらえていた。
(俺は、本当に、心の底から、絶叫系が苦手なんだよ!)
『ぎゃぁぁぁぁ〜っ!』
俺の隣では、俺の心の叫びをそっくり表したかのような情けない悲鳴を、サウリアが上げている。
サウリアは狐耳の獣人に抱え上げられて運ばれていた。
余程その声はうるさいんだろう、狐耳がペッタリと頭に伏せられている。
有鱗種の起こした騒動で王都が騒然としていて良かった。この喧噪の中ならサウリアの悲鳴も目立たないだろう。
当然俺を運んでいるのは、ティツァだ。
「テ、ティツァ……もう少し、ゆっ――――」
ゆっくりと頼もうとしているのに、ティツアはダンッ!と壁に足を付き、急に方向転換をかけてくる。
「!!」
急激なGに吐きそうになりながらも、俺はティツァの首にしがみ付いた。
(……チクショウッ。圧し折ってやりたい!)
もちろんそんな事をすれば自分が危険だからやらないし、できない!
ティツァの喉から、俺のそんなビビり具合を面白がるようなククッという含み笑いの音がもれた。
「しっかり掴まっていろ。とりあえず城の門衛塔を目指す。あそこは門番や外壁を守る下っ端の兵士や俺達獣人が住むための建物だからな。有鱗種もあんな場所にまで手を出さないだろう。見つからないように潜入するから、もっと速度を上げるぞ。」
……これは、絶対楽しんでいるだろう。
俺は心の中で(イケメン爆死しろ)の呪文を繰り返し唱え続けた。
必死でしがみついている腕の力が限界になって、これ以上はダメだと弱音を吐きそうになった頃、ようやく城が視界に入る。
闇夜の中に赤々と燃え上がる炎に目を奪われた。
「あ……っ。」
周囲に壕を巡らせた見事な水城が紅蓮に染まっている。
「そんな!」
その火の勢いは強く、城は既に救いようのないように見えた。
「――――大丈夫だ。神殿のある左側の灯かりは火災ではなく普通の照明用の松明だ。中央の居住館にも火は回っていない。おそらくそこに捕えた人間を集めているのだろう。いくら有鱗種が火に強いとはいえ、城を焼け落としたりすれば自分達も無事ではすまないからな。見た目ほど被害は大きくないはずだ。」
ティツァの言葉に俺は黙って頷く。
心からそう信じたかった。
何時の間にかサウリアの悲鳴も止まっている。見ればサウリアは蒼白になって背後の王都を見つめていた。
――――王都のあちこちからも火の手が上がっている。
体の奥からざわざわと恐怖が這い上ってきた。
あの火の中で、どれだけの命が危険に晒されているのだろう。
俺は、痺れて力の入らない腕を必死にティツァの首に回した。
「…………急いでくれ。」
俺の言葉を聞いたティツァのスピードが、グン!と上がる。
なんとか吐かなかった俺は、偉いと思う。自分で自分を褒めてやりたい。
目を閉じた俺の瞼には、炎の赤が焼きついていた。
抱えられて運ばれていただけなのに何故かボロ雑巾のように疲れ切った俺は、それでも何とか城の門衛塔に辿り着く。
なんと嬉しい事に、そこにはフィフィが無事でいた。
「ユウ様!!」
ガシッ!と飛び付かれて、俺は情けなくも押し倒される。
仕方ないだろう!俺はフラフラだったんだ。
決してフィフィより俺がひ弱だったからじゃない。(と思いたい!)
「ユウ様!ユウ様――――よくご無事で。」
「ごめん、フィフィ。心配かけた。」
押し倒されながらも、俺はフィフィの青みがかった髪を長い耳と一緒にそっと撫でる。
柔らかな感触と温かな体に心が慰められた。
ホント無事で良かった。フィフィに何かあったら俺は自分で自分が許せなかっただろう。
安堵しながら、ふわふわの触り心地を思う存分堪能していた俺の頭のすぐ横に、ダン!と足が踏み降ろされる。
(こ、怖ぇ〜っ)
横目に見たゴツいブーツを上にたどれば、そこにはティツァの般若のような顔があった。
その般若が、俺から無理矢理フィフィを引き離す。
(あぁ、俺の癒しが……)
未練たっぷりで伸ばした手は、そのまま掴まえられて、勢いよく引き上げられる。
否応なく俺はよろめきながら立ち上がった。
――――冷たい視線が、痛い。
……すまない。確かにこんな事をしている場合ではなかったよな。
俺は地味に反省する。
「――――お前はっ、何故戻って来た!」
そこに、部屋の奥から怒声が浴びせられた。
慌てて見れば、なんとそこにはエイベット卿が居た。




