救出 1
すいません。今回短いです。
「ダメだ。」
俺の決意となけなしの勇気を振り絞った言葉は、声になると同時に却下される。
ティツァの返事は簡潔で、付け入る隙も無かった。
俺はゴクリと唾をのみこむ。
「……救世主としての命令だ。」
それを聞いたティツァは、派手に眉をしかめた。
奇妙な沈黙が広がる。
『……救世主!?』
その中に、俺の言葉だけは通じるサウリアの驚いたような声が響いた。
俺はサウリアに弱々しい笑みを向ける。
『救世主とは、“世界の終りに現れ、迷いし我らを救う”と伝わるあの救世主か?』
うん。有鱗種の救世主伝説は地球の終末伝説に近いな。金と銀のくだりは民間伝承に分離したんだろう。
「ちょっと違うけど、俺が『神の賜いし御力』ってヤツでここに居るのは間違いない。」
サウリアは大きく目を見開いた。
「だから、俺は救世主としてみんなに命じる。俺の言葉に従ってくれ。――――これから全員で城に向かい、アディや他のみんなを救出する。」
獣人の能力は有鱗種より高い。
ティツァや彼の仲間達の力を借りれば、城に潜入しアディ達を助けることは可能だろう。
しかし、俺の命令に素直に「はい。」と従う者はいなかった。
まあ、当たり前だよな。
「国王を救って俺達にどんなメリットがある?」
壁にもたれたままピクリとも動かず、目線だけは俺を睨み、ティツァが聞いてくる。
ヴィヴォに言われて俺の守護者にはなっても、命令に完全服従ってわけじゃないってことだろう。
「有鱗種からの人間の救出への助力と引き換えに、獣人の解放をアディに約束させる。」
ティツァの反応を予想して用意していた俺の答えに、獣人達の耳がピクリと動いた。
「そんなもの信用できるものか。」
「大丈夫だ。」
狐耳の獣人の吐き捨てるような否定を、俺はできるだけ自信たっぷりに見えるように頷いて宥める。
「確かに、今までの人間と獣人の関係ならば、人間のする約束を頭から信頼する事は危険だろう。……でも、情勢は変わった。今ここには有鱗種がいるんだ。――――有鱗種は人間の敵で人間は有鱗種を怖れている。ここで目に見える形で獣人が、人間を救け有鱗種を退ける事ができれば、人間は獣人との関係を良くしようと考えるだろう。」
それは、容易に推測できる事だった。
心理学に認知的バランス理論というものがある。AがBを嫌いで、CもBが嫌いなら、AとCは好意的になれるというものだ。
これは仲の悪いグループ内を1つにまとめる時なんかによく使われる手法だったりもするんだが……要は敵の敵は味方だという事だった。
共通の敵があれば、仲間内で争っている場合じゃない。
有鱗種に捕まり奴隷に戻る未来と、獣人という奴隷を失いはしても普通に暮らせる未来のどちらを選ぶかと言われて、迷う人間なんているはずがなかった。
「人間には獣人の力が必要だ。その駆け引きの中で獣人の解放をもぎ取る事は決して不可能な事じゃない。」
現にアメリカの奴隷解放も南部戦争の駆け引きの中で成功している。
「だからまず俺を城に連れていってくれ。アディを救け必ず彼を説得してみせる。国王の約束があれば安心だろう?」
俺の言葉に、ようやくティツァは壁から背を離した。
「国王が獣人解放に同意するというのか?」
「間違いない。」
アディなら必ずわかってくれるはずだった。
「――――わかった。」
ティツァの言葉に俺は、腰が抜けそうな程安堵する。
しかし――――
「せいぜい頑張って国王を説得しろ。もしもお前が失敗したら――――俺達は、有鱗種と手を組む。……ああ、安心しろ。その場合でもお前だけは守ってやろう。ヴィヴォ様との約束だからな。」
――――それは、俺が一番怖れていた事だった。
流石、ティツァ。
俺なんかの言葉だけを鵜呑みにして従うなんて真似はしてくれなかった。
顔が良くて、力が強いだけでなく、頭も良いなんてできすぎだろう。
(イケメン爆死しろっ。)
コクコクと頭を縦に振りながら、俺は心の中でそっと毒づいていた。
抜けそうになっていた腰に力を入れる。
俺は頭を上げて、歩き出した。




