表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/44

決意

ティツァの元に、仲間の獣人から刻一刻と悪化する情報が集まってくる。


既に、城には多くの有鱗種が組織的な攻撃を仕掛けていること。

城の兵士たちは有鱗種の姿を見ただけで浮足立ち、ろくな抵抗ができないこと。

有鱗種は王都全体に攻め入り、片端から人間を捕まえ、ゴーラ――――広場に、捕まえた人間を集めていること。

当初は、獣人も人間と一緒に捕まえようとしたが、従わぬ獣人に暴力を振るおうとした有鱗種が何人も返り討ちにあったことから、今では獣人には手を出して来ないこと。

獣人に好意的で良好な関係を築いていた一部の人間は、獣人に助けられていること。

獣人と助けられた人間は、王都を逃れ王都近くの高台に集まりつつあること。


……王城と街の中に火が放たれたこと。



様々な情報を聞きながら、俺はどうすればロダの人々を助けることができるのか、懸命に考えていた。


え?――――俺らしくもない、予想外にまともな反応だって?

仕方ないだろう。この事態に陥ってボケられる程、俺の神経は図太くできていない。

人間、絶体絶命のピンチになれば真面目にならざるをえない。

この場面で他の何ができるっていうんだ?


俺の頭はかつてない程にフル回転していた。



『……間に合わなかった。』


サウリアは部屋の片隅でがっくりと肩を落としている。

まあ、仕方ない。獣人に捕まっていたんだ不可抗力ってとこだろう。もっとも言葉も通じず王太后様に会いたいだなんて、計画そのものが杜撰(ずさん)だったのは否めないだろうけれど。


「城で無事なのは神殿だけのようだ。流石に奴らも神殿には乱暴ができないんだろう。つい今し方来た奴に聞いたが、神殿以外の城内のそこかしこで炎が上がっているそうだ。遠目に見た範囲だが、その炎に浮かび上がる姿は有鱗種しか見えないと言っている。」


狐耳の獣人が報告してくる。どうやら彼は情報のまとめ役のようだった。


俺の脳裏に、夜の暗闇に炎上する城の幻影が浮かぶ。ブルリと体が震えた。



「城から逃げ出して来た仲間はどう言っている?」


壁に背を預けたまま、ティツァが訊ねる。


「奴らからもできるだけ話を聞いているんだが、大抵の奴がヤバイと思ってさっさととんずらしてきたからな。詳しい情報を知らない。――――いや、みんな危機察知能力だけは高くってイヤになるぜ。」


確かに獣人の野生のカンは鋭そうだ。ティツァなら人間が鈍すぎるって言いそうだけど。



「フィフィは?」



俺は気になって聞いてみた。

狐耳の獣人は、渋い顔で首を横に振る。


「逃げて来た奴らの中にはいない。フィフィさんは危険を予見する能力には優れているはずなのに……」


え?――――フィフィって「さん」呼びなの?

ひょっとしてフィフィ、偉い?

そう言えばヴィヴォが、フィフィは自分の血をわずかに引いているって言っていたよな。容姿がヴィヴォの若い頃に瓜二つだっていうのは絶対に信じないけど、獣人のみならず有鱗種にまで名の売れているヴィヴォの親戚って、やっぱり由緒ある一族だったりするんだろうか?



「……フィフィは、おそらくユウを捜して逃げ遅れたんだろう。」



そんなどうでも良い事を考えて逃げていた俺の胸を、ティツァの言葉がグッサリと刺し貫く。


うっ!……やっぱりどう考えてもそうだよな。


(――――俺の所為だ。)


俺とティツァは、フィフィに黙って城を抜け出して来ていたのだった。


だって、不審者に会いに行くなんて言えば、フィフィは絶対反対したに決まっている。ティツァでさえ城に帰って来てから俺が行こうと言った時は、あまり良い顔をしなかったくらいなんだ。元々は自分が言い出した事だから渋々折れてくれたみたいだけど、フィフィがそんな事を許すはずがない。

彼女に泣いて「いかないでください。」と頼まれたら、俺は即答で「はい。」と答えていた自信がある。


うん。絶対言えなかった。俺のその判断は間違っていなかったはずだけど……。

でも、そのためにフィフィが城から脱出するタイミングを失っただろう事は間違いない。



(……俺は、後悔ばっかりだ。)



流石の俺も落ち込んだ。


唇をギュッと噛む。


爪が喰いこみそうな程、拳を握り締めた。



(ダメだ。限界だ。)



――――そう、俺はさっきから底知れずに落ちていきそうな自分の気持ちを、ぎりぎりで持ちこたえていたのだった。


胸の奥深くから、喉を詰まらせる苦い塊が膨れ上がってくる。


窒息しそうな程に、息苦しかった。



(……俺は、バカだ。)



この世界に来て、アディに会って、懸命に頑張って国を創っている彼や、それぞれの思いの中で必死に生きている他の人々の姿をあんなに見ていたのに……俺は何をやっていたんだろう。


(何時だって自分に言い訳ばかりして、逃げていた。)


熱いアディの想いを小学生だなんてバカにして、何もしてこなかった。


変に知識をひけらかして、自分1人の力では、何もできるはずはないんだと悟ったような顔をして……



(何もしなければ、何もできるわけがない!)



そんなごく当たり前の事に目を瞑っていた。


確かに王太后様とヴィヴォは、俺が何かする事は難しいことで現実には不可能なのだから自身を責めるなと言ってくれた。

その事に安心して、いい気になっていたんだ。



できなくても良いって事と、しなくて良いって事はイコールじゃないのに!



結果が同じでも、そこに至る過程で自分が努力したかしないかは、大きく違う。

無駄な努力をもったいないと思うのは間違いだ。

例え実を結ばなかったとしても、努力をしたって事実は、最後の最後で自分を救ってくれる。

精一杯やってだめなら諦められる。


何もしなかった時の自分の後悔ぐらい苦いものはない。



全て、よく知っていることなのに!



石橋を叩いて壊すと言われて、何事に対しても安全策で自分から積極的に動く事の無い俺は、常に周囲からそう言われてきていた。

――――姉貴、両親、大学の先輩や教授、みんな口を酸っぱくして失敗も1つの経験なのだからチャレンジしてみろと言ってくれた。


それでも俺は怖くて動けなくて…………そして、いつも後悔していたんだ。


後悔の苦さも切なさも、嫌という程思い知っているはずなのに。



それなのに俺は、また動けなかったんだ!




情けなくて、涙も出なかった。


俺が黙り込んだせいなのか、ティツァもサウリアも、狐耳の獣人も、みんな物音ひとつ立てず俺を見ている。

俺はその視線から、逃れるように下を向いた。




俺の優柔不断の結果で……国が1つ滅びようとしている。


俺がもっと早くサウリアに会って話を聞いてアディに紹介していれば、アディは何か防衛手段が講じられただろう。


俺がティツァ達獣人の事をきちんと話して、アディを説得して獣人との関係を修復の方向に持っていっていれば、獣人は人間を守ったかもしれない。



もちろんそれは単なる仮定で、俺がそうしていても何の成果もなくて結果として今と同じ事になっている可能性の方が高いのは事実だけれど……それでも俺は、その結果に対して、ここまで責任を感じる事はなかっただろうと思う。



アディを説得できなかった後悔は残っても、その後悔は何もしなかった事への後悔に比べれば百万倍マシに決まっているんだ。



(わかっているのに、俺はいつも同じ失敗を繰り返してしまう。)



学習能力がないのにも程がある。


なんだかんだと言っても今までは、俺の失敗を誰かがフォローしてくれたため事なきを得ていた事も悪かったのかもしれない。


でも、今この異世界には、俺のフォローをしてくれる人は誰もいないんだ。




(だって、俺が救世主(・・・)だ。)




ヴィヴォは、俺が好むと好まざるとにかかわらず、この世界を救うのだと、それが『神』の意志なのだと言っていた。

年老いた巫女の言葉を思い出す。


『世界に危機が迫り、救世主たるあなたは、いずれ己が行動に迷うじゃろう。――――お迷いなさるな。あなたが為すことは、全て『神』の決められた運命(さだめ)ですじゃ。あなたにそれ以外の道は無い。御心のままに動きなされ――――』


呪いのようだったその言葉。


俺の背中を押すために発せられたそれは……今間違いなく俺の背中をド突いていた。




(……怖い。)


俺の怖がりは、そんなに簡単に治りはしない。

体が震えて、このまま逃げ出してしまいたい程に……怖い。


(でも――――)


そこしか道が無いのであれば、俺は、走れる。



(もう、これ以上後悔したくない!)



俺は、今この時に、考えられるたった1つの道を走る決意を固める。



そのために……顔を上げた。



「ティツァ。俺を城に連れて行ってくれ。」



そう告げた俺の声は、やっぱりみっともなく震えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ