有事 1
ティツァに案内されて俺はまず不審者の居る場所の隣の部屋に入る。
そこに居たのはティツァと同じ年頃と見られる獣人達数人だった。
「……こ、今晩は。」
マジマジとガン見され、俺はビビりながら挨拶する。
「!?――――本当に、俺達の言葉を話すんだな。」
一番大柄な獣人が驚く。
いえ、話しているのは日本語です。自動翻訳チートでそう聞こえているだけです。
「そいつが救世主なのか?」
疑わしそうに話すのは小柄で狐みたいな耳と尻尾を持った男だった。
「違います。」
「そうだ。」
俺とティツァの返事が同時に重なる。
ティツァにジロリと睨まれて、俺はビクッと震えて小さくなった。
「こいつはこう言っているが、ヴィヴォ様は、こいつが間違いなく救世主だと宣言された。」
おお〜っ、という声が獣人達から上がる。
俺の正論と思える多くの言葉よりも、ヴィヴォの何の根拠もないたった一言の方が彼らには正しいのだろう。うん、今更反論なんかしないさ。俺は無駄な事はしない主義だ。
ジロジロと動物園のパンダのように見られて、俺は居心地悪くティツァに抗議の視線を送った。
ティツァは肩を竦めると、彼らの視線から俺を遮るような立ち位置に移ってくれる。
「不審者の様子はどうだ?」
獣人達が、一様に驚いたように目を見開いた。
「へぇ。随分大切にしているんだな。――――ああ、奴は相変わらずだ。さっきも声が聞こえただろう。わけのわからぬ言葉を叫び続けている。」
大切にしているって、誰が、誰を?
嫌そうにしかめられたティツァの眉を見て、その質問はしない方が良いと思った俺は賢明にも口を噤んだ。
その表情のまま、ティツァは俺に一方の壁の方を指し示す。
もちろん逆らったりせずに、俺はそちらに近づいた。
外壁ではないはずの壁に、小さな窓がついている。
「向こうからはこちらが見えない術をかけてある。覗いて見ろ。」
どうやらこの窓は、隣の部屋の不審者を観察する用の覗き窓らしかった。
(すげぇ、刑事もののドラマみてぇ。)
感動した俺は、そっと窓の中の様子を伺う。
驚いた事にそこに居たのは少年だった。
ほっそりとした手足が重たそうな鎖に繋がれている。短い赤毛に赤銅色の肌。整った顔立ちの中の大きめの瞳は琥珀色だろうか。そんな状況にもかかわらず、ランプの灯かりを反射してキラキラと輝く強い意志がその目には見えた。
(なんで美少年なんだ?)
鎖に繋がれた美少年なんて、いったい誰得?
少なくとも俺じゃねぇ。姉貴あたりなら大喜びで小躍りしそうだが、俺的にはあのぺったんこの胸に僅かでいいからふくらみが欲しい。
『誰か聞いているのか!――――既に本国から派遣された船団が沖合で待機しているはずだ。工作員もかなりの数が潜入している。人間の戦闘力なんか我らに比べれば赤子のようなものだぞ。戦いになり人間が敗れれば、お前達獣人だって無事ではすまないだろうっ!?』
俺が無念をこらえて平らな体を凝視している間に、残念な胸の持ち主は手足を戒める鎖をモノともせず振り回し、とんでもないことを怒鳴ってくれた。
(へっ!?……船団。人間に比べればって――――しかもあの言い様は、こいつって獣人でもないのか?)
その発言から導き出される答えは、1つしかなかった。
(え、え、えぇっ〜!!)
「テ、ティツァ……あいつ、有鱗種だ。」
俺の声は情けなくも震えていた。
いや、決してさっきまでのジェットコースターのせいじゃない。
ティツァや他の獣人達も目を見開いた。
「バカを言え!あいつの何処に鱗がある。」
有鱗種は、肌に鱗のある歩くトカゲみたいな種族のはずだ。少なくとも俺はアディにそう聞いている。ここで生まれ育ったティツァ達も実際には有鱗種を見た事がないそうだが、有鱗種の肌は細かな鱗でびっしりと覆われているというのが共通認識だそうだ。
しかし、船で来ていることといい、人間の戦闘力を自分達と比べて赤子のようだと言い切ることといい、どう考えても彼は有鱗種だとしか思えなかった。
この世界には人型の生き物は、人間と獣人と有鱗種しかいないはずだ。
(『神』は無形の存在なんだし……)
「俺だってわけがわからない。だが、あいつはそうとしか思えない発言をしているんだ。」
俺は、ティツァ達に少年が何と言っているのかを正確に伝えた。
驚いた彼らの表情がだんだんと厳しくなっていく。
その真剣な表情を見て、俺も覚悟を決めざるを得なかった。
「――――直接、話してみる。」
それしか方法はないだろう。元々そうするつもりでここに来たのだ。
だが、ティツァは険しい表情で首を横に振った。
「危険だ。」
そう言えばティツァは、俺の守護者になったのだった。
「鎖に繋がれた相手に危険なんかないだろう?」
「あれは、人間用の鎖だ。相手が有鱗種となれば、あれで動きを封じられるかどうかわからない。少なくとも獣人ならあの程度の鎖は軽く引き千切る。」
ティツァの言葉に同意するように他の獣人達も頷く。
それって、フィフィもなんだろうか?……俺の脳裏に、鎖に繋がれ何故か彼シャツ1枚を着たフィフィの姿が浮かび上がり、慌てて打ち消した。
……間違いなく、俺得だ。
「俺が先に行って動けなくしてからお前を呼ぶ。そうしたら入って来い。」
俺がどんなに打ち消しても何度も現れる妄想と必死に戦っている間に、ティツァは物騒な提案をしてきていた。
「え?動けなくするって……」
流石に妄想も消え失せた。……残念でなんか、ちょっぴりしかないぞ。
「手足の骨でも折れば、安心だろう。噛みつけないように顎の骨もはずすか?」
(!!――――)
いやいや、それは止めてください。
第一、顎の骨なんかはずされたらそいつは喋れないんじゃないのか?
「折っても動ける奴はいるぞ。いっそのこと切り落とした方がいいんじゃないか?」
エスカレートした発言は、さっきの狐耳の男だった。
俺は、プルプルと首を横に振る。ティツァの手を握った。
「そんな必要はないだろう?……だって、ティツァが俺を守ってくれるんだから。」
秘儀!ゴマすり作戦である。
強者に逆らわず、長い物に巻かれて生きてきた俺の処世術を今こそ発揮する時だ。そんな手足なんか切り落として、俺が恨まれたりしたらたいへんだ。
俺が精一杯の愛想笑いを浮かべているのに、ティツァの表情は緩まない。
「もちろん、我らの身体能力は有鱗種よりも上だと言われているが、何事も絶対という事はない。万が一にでも俺達が遅れをとればお前の身が危険だ。不安要素は予め取り除いておいた方が良いだろう。」
話しながら全員でストレッチをはじめるのは、止めろ!
特に手首を回旋させるんじゃない。……俺が、ビビるだろう。
「そんな必要ないさ。俺はティツァを信じている。」
強く言って見上げれば、ティツァの耳がピクピクと動いた。表情は無表情ながら、尻尾が小さく揺れている。
「相手が警戒して話してくれなくなると困るから、俺とティツァだけで会おう。ティツァが側に居てくれるなら安心だ。俺を守ってくれるだろう?」
俺は渾身の目力を籠めてティツァを見つめた。
平々凡々な日本人の俺には、集団で1人を尋問するなんて場面は到底想像できない。その中に自分が入るなんて事態は、当然論外だ。
「……仕方ないな。俺から離れるな。」
――――ティツァは、案外良い奴だった。
俺は、ホッと息を吐く。
他の獣人達は、呆れたように肩を竦めた。
「行くぞ。」
声をかけられて、俺は素直に後に従う。
言われなくたってティツァの側は離れないとも!俺の戦闘力の無さは、俺が一番よく知っている。
こうして俺は、はじめて有鱗種(推定)と顔を合わせたのだった。




