昔語り 1
漏れそうになる悲鳴を必死で噛み殺す。
(俺は、絶叫系は苦手だって言っているだろう!!)
心の中で叫ぶ。
俺は、なんとティツァに荷物みたいに担がれたあげく部屋の窓から下へとダイブしていた。
……もの凄く、怖い。
ご存知のとおり、俺の部屋は2階である。しかもここは異世界ロダ。慎ましやかな日本家屋と違い、まがりなりにも城と呼ばれる建物の2階の高さがおわかりだろうか?
遊園地のフリーフォールだってこんなに怖くないと思う。俺の人生には、スリルもドキドキも必要ないんだ!
失神しなかった自分を心から褒めてやりたい。
なのに、そんないっぱいいっぱいの俺を抱えながらも、音も気配もさせず密やかに着地したティツァが俺を地面に降ろそうとするから、俺は情けなくも頭を必死に横に振りティツァの首にしがみついた。
今離されたら絶対地面に崩れ落ちる自信がある。
「こ……腰が、抜けた。」
みっともなく語尾の震える俺の言葉に、ティツァは忌々しそうに舌打ちする。
「仕方ない。掴まっていろ。」
言うや否や、俺を抱えたままで走り出した。
――――これまた、ジェットコースター並みの速さである。
軽々と庭の木々を抜けて、聳え立つ城壁にかけ登り、眼下に壕を見ながら飛び越える身体能力には言葉も出ない。
(未来少年コ○ンか!?)
俺は、某宮○アニメの驚異的身体能力を持った少年主人公を思い浮かべる。コ○ンはよくラ○を抱き上げて走ったり飛んだりしていたが、ラ○って実は度胸があったのだなと今更ながらに感心する。
見るのと実体験は大違いだ。
ガクガクと震えながら息も絶え絶えな俺の様子に、ティツァが再び舌打ちを漏らす。
「ヴィヴォ様が仰る事とはいえ、本当にこんな奴が救世主なのか?」
違います!!――――俺は、心の中で思いっきり否定した。
深夜、俺を抱え王城を抜け出すティツァは、俺を攫う賊のように見えるかもしれないが、いやいやながらもこれは俺とティツァの同意の上での行動だ。
怒濤のような王太后様訪問が終わり、帰城してみればティツァとフィフィは俺の奴隷から俺の守護者へとクラスチェンジしていた。
それもこれも大バ○さま――――獣人族の巫女ヴィヴォの所為である。
俺は、現実逃避を兼ねて、つい昨日の事を頭に思い浮かべた。
昨日、山間の城で王太后様とヴィヴォと面会した後で、なんだかんだと理由をつけてアディ達を引き離してくれた王太后様は、俺にヴィヴォとティツァ、フィフィという獣人3人と話し合える機会を作ってくれた。
(……そんな機会欲しくなかった。)
俺の正直な心情は、当然王太后様やヴィヴォには顧みてもらえない。
見えぬ目でティツァを見据え俺への態度を叱りつけたヴィヴォは、そこで2人に俺が正真正銘の救世主なのだと宣言した。
「違うと言っているだろう!」
「わしの託宣に間違いはない。」
言い切るんじゃない!見ろっ、フィフィがびっくりして泣きそうになっているじゃないか。
「ユウ様。……私は、信じていました。」
……何を信じていたのかは、聞かない事にしよう。
「信じられません!」
うん。ティツァ、君の意見は正しいよ。俺も全面的に賛成する。
「我が言葉に疑念を持つか。幼き者よ。お前の知識は浅薄で、心は未熟じゃ。若き情熱をわしは厭うものではないが、巫女の言葉に従えぬと言うのであらば、ここでお前を誅する事をわしは躊躇わぬぞ。」
ヴィヴォの目がカッ!と見開かれる。
……もの凄く怖かった。
「はっ。」と言ってその場に跪いたティツァを俺は笑うまい。俺があの目を受けたなら、きっとその場で倒れていただろう。
(マジンガー○の光○力ビームみてぇ。)
古いと馬鹿にすることなかれ。光○力ビームの貫通力はブレス○ファイヤーに勝るとも劣らないのだ。俺の頭の中で赤いマフラーをつけたアニソン歌手が熱唱している。
……自分の思考が、アニメに偏り過ぎていることに危機感を感じた。
「ユウ様は、間違いなくこの世界を救う運命を背負ったお方じゃ。ティツァ、フィフィ、お前達は全力でユウ様をお守りせよ。それがすなわち、我ら全てを救う事となる。」
ヴィヴォの言葉に、フィフィは顔を真っ赤にしてコクコクと頷き、ティツァはハッとしたように顔を上げた。
「それは、この男――――っ、ユウ……様が、我ら獣人を解放してくれるという事ですか?」
縋るようなティツァの言葉に、ヴィヴォは静かに首を横に振った。
「ユウ様が救うのは、この世界の全てじゃ。そこに、獣人、人間……有鱗種などという我らの身勝手な区別は存在しない。『神』のご意志は大きく、我らは卑小にも愚かな過ちを繰り返し生きておる。――――恥じ入るばかりじゃ。」
ヴィヴォの言葉は、暗く重かった。
「違う!愚かな過ちを繰り返しているのは人間だ。俺達は何も悪くない。」
ティツァが憤然と怒鳴る。
ヴィヴォは、哀しい笑みを浮かべた。
「幼き者よ。時の中に自らの過ちを忘れ、歴史を自分達の都合の良いように変えて行くのは、人間ばかりではない。――――何故獣人が争いを忌避し、戦いが最終的に自分自身を破滅させるのだと我が子に教え込むのかを、お前は考えたことがあるか?」
ティツァの目が見開かれる。
「聞くが良い。幼き者よ。……そして、聞いてくだされ、ユウ様。我らの罪深き過ちを。」
ヴィヴォのガラガラ声が低く響く。
……聞きたくありませんとは、言えないんだろうな。
「――――我らが人と対等の存在として共に暮らしていた時代より更に遥かな昔。我ら獣人は人と有鱗種を支配下に置く、傲慢で野蛮な統治者じゃった。」
……やっぱりと、俺は思う。
それは、充分考えられる事だった。
(寿命が長く身体能力も上なんだ。そうじゃない今の方がおかしい。)
有鱗種の寿命や能力がどれくらいかはわからないけれど、人間が反旗を翻し、海を渡って逃げて来られるくらいなんだから獣人程の能力差はないのだろうと思われた。
「嘘だ!」
ティツァが怒鳴る。
「嘘ではない。この記憶は封ぜられ我ら巫女と族長のみに語りつがれる。……封ぜざるをえない程に、我らは残酷で愚かな事をしたのじゃ。」
ヴィヴォは静かに語る。
――――遥かな昔。獣人と人と有鱗種は、この世界で一番大きな大陸であるこの地に、獣人を頂点としたピラミッド型社会を築いていたそうだ。その支配は完全なる縦型で、獣人は人や有鱗種を己より下等なものとして、虐げ酷使していた。
「それを言葉にできる勇気はわしにはない。今の人間の我らへの態度が聖人君子に思える程、我らの支配は惨く残忍じゃった。しかも、我らはそれに満足しなかったのじゃ。」
太古の獣人は今より獣としての性が強く、力のみを絶対的な価値としていた。その征服欲は人や有鱗種のみならず、同族たる獣人にも及んだという。
「戦争をしたんですね?」
俺の問いにヴィヴォは苦く頷く。
「――――長く、なんの利もない愚かな戦じゃった。」




