転機
【人口が思ったほど増えなくて アディ】
【公共交通機関は整備しているか? ユウ】
【公共交通機関って? アディ】
【バスとか電車だよ。 ユウ】
【バス…? アディ】
あぁ、もうこいつ金持ちなのか?運転手付きのお車で送迎なのかよ?
【人を一度に沢山運ぶものだ。 ユウ】
【馬車のことか? アディ】
なんでそっちは知っているんだよ。
俺はため息をこらえながら公共交通機関とその必要性を説明した。
【生活水準が上がらないんだ アディ】
【学校とか作ってる? ユウ】
【学校って? アディ】
【……… ユウ】
後日思い出して、どうしてこの時におかしいと思えなかったのかと思うのだが、この時の俺はアディの世間知らずにほとほと呆れただけだった。学校が分からないなんて何様だよ!あれか?深窓のお坊ちゃんで家庭教師がついていて学校なんか行ったことありませんとでもいうやつか?やっぱり金持ちなんだこいつ…。
そう思いながらも俺は学校教育の必要性をとうとうと語ってやった。
またもや感激するアディ。
こいつは本当に良い奴なんだけどなぁ。
そんなこんなで続いていた俺とアディの関係に緊張が走ったのは先々週のことだった。
【疫病が発生した! アディ】
【何の病気だ? ユウ】
【分からない。人がバタバタと死んでいる。 アディ】
俺は唇を噛んだ。
いや、これはあくまでゲームなんだ。慌てる必要なんかないはずなんだが、アディとのやり取りを通じて、すっかりこの国ロダ(なんと、この国の名前はロダだった。いくらネット上の名前とはいえ自分の名前を国の名前にするあたりが小学生っていうかなんていうか…)の育成にのめり込んでいた俺は、どうしても焦らずにいられなかった。
疫病なんか現代日本ではほぼ根絶されている。どうすれば良いのかと知恵を絞った俺は…
【消毒だ!ともかく殺菌するんだ。 ユウ】
【消毒?殺菌? アディ】
ああ!もう、なんでこいつは小学生なんだ。
【疫病は、原因となる菌やウイルスが起こしていることが多い。それを殺すんだ。何が効くか分からないから取り敢えず煮沸しろ! ユウ】
【菌?ウイルス?…それは敵の名前か? アディ】
【違う!ともかく一度使ったものは全部煮沸して、日光消毒も良いかもしれない。病に犯された者は隔離して、清潔な環境で看病して… 】
俺は思い付く限りの疫病対策を教えた。それが正しいかどうかなんて俺にだってよく分からないけれど、ひょっとしたら全然検討違いの病気なのかもしれないけれど、でも何もせずに人が死んでいくのをただ見ているだけよりもずっとましなはずだと思った。
俺の教えた対応方法が良かったのかどうか分からなかったが、疫病は徐々におさまっていったようだった。
【もう、新たな罹患者は、出なくなった。 アディ】
【良かったな。でも気を抜くなよ。消毒は続けろ。 ユウ】
【あぁ、分かっている。本当に感謝してもしきれない。ありがとうユウ。 アディ】
本当にアディは素直ないい奴だよな。金持ちのはずなのに威張らないし腰も低い。
俺は、気にするなと言ってその会話を終わらせた。
そして、一昨日のことだった。
【やった!ようやく会える手段が見つかったぞ。 アディ】
はっ?…俺は、返事を書くのを忘れた。
【もうっ、いないのか?ユウ、お前に会えるんだ。実際に会って声が聞けるんだ。嬉しくないのか? アディ】
いや、嬉しいかとか言われても…
【アディ、落ち着いてくれ。一体何のことだ? ユウ】
【あぁそうか。お前にはまだ何も伝えてなかったな。---俺は、お前に会いたい。会って直接礼が言いたいんだ。何とかならないのかといろいろ調べさせていたんだが、ようやくその方法が見つかったんだ。 アディ】
何だ?こいつ俺に会いたくて実際の俺の居場所とかを調べていたのか?
そんな俺の居場所のヒントになるような情報を一切話した事はないはずなんだが…
そう思って改めて俺はアディが金持ちだったって事を思い出した。金の力があればそんなこともできるのだろうか?
【会ってどうするんだよ。 ユウ】
【礼が言いたいと言っただろう! アディ】
俺は、困った。
アディは本気だ。本気で俺に会って礼がしたいと思っている。
ネットのよろず相談だぞ。
俺が良い奴かどうかなんてまるで分からないんだ。
たまたま気が向いて相談に答えて、気が合ったからそのまま相談を受けているけど、この関係をいつまで続けるかも分からないような、そんな俺に会って礼が言いたい!?
どこまでお坊ちゃんなんだと俺は呆れた。
(まあ、いいか。)
俺は思った。
実物の俺に会えば、アディは確実にガッカリするだろうが良い人生経験になると思えばそれもいいかと思えた。
まあ、俺自身がアディに興味があるのもあるんだけれど。
あ、俺はアディにガッカリなんかしないさ。こいつが小学生だってのは予想がついているんだし。それに万が一俺に対して何かの勧誘かなんかが目的だったとしても世の中そんなものだって達観はしてるしな。
俺って、つくづく白けた人間だよな。
【それは楽しみだな。じゃあ一体どうすればいいんだ? ユウ】
とりあえず、俺はそう答えた。
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そうして言われたのが、今日この場での待ち合わせだった。会える方法をいろいろ調べたなんていうわりにごく当たり前の待ち合わせに、なんだかなぁと笑ってしまう。
やっぱり、アディは小学生だと確信する。
(それにしても来ないな。すっぽかされたかな?)
俺がそう思い始めた頃だった。
なんだか目の前がクラクラと霞みはじめる。
(何だ?立ちくらみか?)
自慢じゃないが俺は健康優良児だ。悪いのは顔と性格くらいだといつも自慢している。(頭は普通だと思いたい。)
だからこれが立ちくらみかどうかさえ俺には分からなかった。
人生初の立ちくらみ(と思われるもの)に、どこか感動している俺の耳に、世にも魅惑的なバリトンボイスが聞こえてくる。
『やった。捕まえたぞっ。確かにユウの感覚だ。引け!』
何だ?人を釣られる魚みたいに。
だが恐ろしいことに次の瞬間、俺は、自分の腕が誰かにガシッと捕まえられるのを感じ、そのままものすごい勢いで引っ張られるという恐怖体験をさせられてしまった。
下手なジェットコースターよりよほど怖かったとだけ言っておこう。
俺は絶叫系は苦手なのに…
そう思いつつ情けないことに俺は気を失った。