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箱馬車

そして翌日、俺はしっかりとした造りの箱馬車に所在なく座っていた。

窓の外を流れる景色があまりに長閑(のどか)で眠くなる。

流石、王家所有の箱馬車はスプリングが効いていて揺れも少なく、アスファルト舗装されていない道路にしては、乗り心地は最高と言って良かった。


(これでメンバーさえ良ければな。)


俺は心の内でそっとため息をこぼす。

俺の目の前にはアディが座っている。アディの隣はリーファだ。

アディやリーファが気に入らないなんて有り得ない。2人揃えば眼福としか言いようのない兄妹なのだ。


問題は俺の隣だった。


「ユウ様は退屈と見える。」


皮肉いっぱいに俺をユウ様と呼ぶのはエイベット卿だ。


(なんで俺の隣がおっさんなんだ。)


アディ、俺と席を替わってくれ!そうでなければお前がリーファと替わってリーファを俺の目の前に移してくれ。俺の目に癒しを!!


俺は必死に心の中で訴えるのだが、残念な事に俺の願はアディに届かなかった。


「同じ景色ばかりだからな。見飽きただろう?」


アディは苦笑する。金髪イケメン様の笑顔は俺の胸に痛い。


「いや。見事に整備された耕地で感心するよ。」


窓の外には一面の小麦に似た作物……小麦モドキ畑が広がっていた。


アディが嬉しそうに笑う。

……いや、ホント胸に痛いから止めてください。


俺はそっと視線を逸らせた。



誤解するなよ!


俺の胸が痛いのはドキドキするからじゃない。ズキズキするからだ。



そう、俺の胸は罪悪感でいっぱいだった。


なにせ俺はアディに、獣人の事も不審人物の事もいっさい話していないのだ。

両方共ともすれば国の一大事になる重大事項だというのに……


話せない一番の理由はティツァに脅されているからだけど、それでも俺は、話そうと思えば話せる。


今、ティツァはこの馬車の後方を走っているはずだった。当然フィフィも一緒である。

驚いた事に獣人は人間が馬車で移動する距離とスピードに楽々ついて来れるのだそうだった。それどころか馬車なんか獣人から見れば亀みたいなものだそうだ。


「俺達の聴力は人より格段に優れている。人の聞こえない音が聞こえ、どんな小さな音でも簡単に聞き取る事ができる。馬車の中の会話など俺には筒抜けだ。詳しい意味はわからずとも単語のキーワードを拾う事はできる。」


だからおかしな真似をするなとティツァは俺を脅した。俺がアディに少しでも獣人の事や間諜の事を話せば、直ぐに馬車に飛び込んで俺を殺すと宣言する。


(殺す、殺すって物騒な奴だよな。)



……それでも、俺は自分の身の危険さえ考えなければアディに全てを話す事ができた。



馬車の脇には馬に乗ったコヴィが警護に付いている。他にもいかにも強そうな筋肉隆々とした騎士が何人も居る。例えティツァにすきを突かれたとしても、俺がアディに話す時間くらいは稼いでくれるはずだ。


そして、例えコヴィ達が失敗したとしても、ティツァが本当に俺を殺すかどうかは五分五分の確率だった。


(いや、8割方は大丈夫だと思うんだよな。)


ティツァが俺を殺すという事は、獣人の立場をもの凄く悪くするという事だ。今まで人に従順で、危険など何もないと思われていた獣人の恐ろしさを白日の下に晒してしまう。

ティツァ1人の行動で、全ての獣人を人間の敵にするような危険なマネを果たして本当にするだろうか?


俺は、99%は大丈夫だと思い直す。でも、それでも……1%は残るんだよな。



99%と100%は、イコールではなかった。


ビビりだと笑わば笑え。俺はまだ死にたくない。しかも異世界で死ぬなんて絶対にイヤだ。

俺は高校だって大学だって、100%大丈夫だと太鼓判を押してもらったところしか受けなかったんだぞ。石橋を叩いて壊すと言われた俺のビビり具合をなめんじゃねぇ!


いや、全く全然威張れた事じゃないけどな。




俺は心配なんだ。……怖いと言ってもいい。


俺は、獣人の事をアディに話す事自体に、わだかまりを持っていた。

アディは良い奴だ。その事は俺が胸を張って保証する。

それでも俺は、俺の話を聞いたアディがどんな結論を出すのかが、わからなかった。


そしてアディの出した答えで、この世界が変わっていくのが……怖い。


俺は、奴隷制度は間違っていると信じている。

でも、アディは奴隷制度が当たり前のこの世界で生まれ育ったんだ。環境が違えば考え方だって違う。あのリンカーンだって奴隷を解放しようとした当初の理由は、奴隷のためではなくてアメリカという国家のためだった。それを隠すことなく堂々と言っている。それが普通だったという事だ。


俺の信じている正義が、アディのものと同じだという保証はない。



俺の正義もアディの正義も、そしてティツァの正義もきっとみんな違う。




正義に絶対的な正しさなんてないんだ。





俺は、怖い。……とてつもなく怖かった。






――――あ〜あ、俺って本当にビビりだよな。


胸の罪悪感に蓋をして俺は心のオアシス、リーファに視線を向ける。

丁度こっちを向いたリーファはニコリと笑ってくれた。


(ハァ〜、癒される。)


美少女最高!天使の微笑ってこういう笑顔を言うんだよな。


なのにだらしなく表情を崩した俺の目の前にエイベット卿がヌッと顔を出した。


「せっかくの機会です、ユウ様。あなたの持つ異世界の知識でこういった耕地のより良い開発方法を教えてくれませんか?」


(えぇ?……面倒クサィ。)


エイベット卿の顔には、できるもんならやってみせろという馬鹿にしたような笑みが浮かんでいる。


「ああ。それは良い考えだな。流石はエイベット卿だ。ユウ教えてくれ。」


対するアディは本当に喜んでいた。


止せよ。そんな話、女の子のリーファが気に入るはずがないだろう。俺はやだぞ。せっかく俺に好意的なリーファを俺の話で引かせるなんて。


「まあ。ユウ様、ぜひお願いします!」


なのにリーファは瞳をキラキラさせて俺にお願いしてきた。



……仕方ねぇなぁ。


建国10年といえば、国も治まり太平な世の中になって、そろそろ耕地の開発とかで収入を増やそうと考え始める頃だ。


「まず必要なのは目的をはっきりとさせることだ。生産性の向上を目指すのか、生産物の選択範囲の拡大を目指すのか。もちろん両方同時でもいいだろう。農業構造を改善し、国土資源の保全及び高度利用を考え――――」


俺は、得々と語った。……語ってしまった。




ハッ!と気づいた時には、エイベット卿は見事に顔を引きつらせていた。


慌ててアディとリーファを見れば、何故か2人共キラキラとした瞳で俺を見ている。


「ユウ。やっぱりお前の知識はスゴイ。」


「ユウ様。そのように真剣に私達の国の事を考えてくださって……」


宝石のような4つの青い瞳が心なしか潤んでいる。白い頬が上気していた。




うん。――――エイベット卿の反応の方が正しいと思う。




(どうすんだよ、これ?)


俺は、責任転嫁と思いながらもエイベット卿を睨んだ。




話を振ったのはお前だからな!

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