夕食
「ありがとう。」
俺のお礼の言葉に、フィフィは可愛い顔を赤く染める。
「むやみやたらに、俺達に話しかけるな。」
ティツァが不機嫌そうに文句を言った。
「別に今ならいいだろう?」
フィフィの揺れる耳から俺は目を逸らせない。
今、俺の部屋の中には俺とフィフィとそしてティツァの3人しかいなかった。
――――2人が、俺付きの奴隷として紹介されたのは昨日の事だ。
「へ?」
「身の回りの世話をする獣人は必要だろう?リーファがこの2人にはユウも会ったことがあると教えてくれたんだ。少しでも顔見知りの方がユウも良いだろうと思ったんだが。」
アディの言葉に、俺は半分喜び、半分がっかりした。
ウサ耳ちゃんに世話されるのは、かまわない。むしろこちらから頭を下げてお願いしたいくらいだ!
だけど何でティツァまで一緒に付いているんだ?
アディの前で神妙に頭を下げてはいるものの、ティツァはもの凄く不本意ですといった顔で俺を睨んでいる。
「そんな世話なんて2人もいらないぞ。」
俺は、遠回しにティツァの方を断ろうとした。
なのにアディはダメだと言ってくる。
「獣人は常に2人1組で使役する決まりだ。」
……それはきっと、獣人を守るための決まりなんだろうと思う。いくら身体能力が優れているからって、このウサ耳ちゃんみたいな可愛い女の子を1人にしたら危険だろうからな。
そういう事なら仕方ないかと、俺はしぶしぶアディの申し出をのんだ。
以来2人は、俺の着替えを手伝ったり、モノを取ってくれたりの細々とした日常の世話をやいてくれている。
――――その結果が、今のこの状況だった。
今は夕食の時間だ。
本来ならば此処にはアディとリーファが居て俺達は3人で食卓を囲むはずだったんだが、何だか面倒な事件が起こったとかでアディは急に来られなくなり、リーファの方も神殿のお務めが長引いているそうで、夕食はご一緒できないという連絡が入った。
ぼっちの夕食確定である。
別にそれはどうでもいいんだが、そうなると途端に俺の扱いはぞんざいになってしまう。
例えば警備の騎士。――――アディやリーファが居ないのに同じ室内で俺を警護するなんて奇特な奴はコヴィくらいしかいないんだが、そのコヴィが交替でいない今、騎士は当然ドアの外へ出ている。外で警護なんて言いながらそいつがサボっているだろうって事なんて見なくてもわかるだろう。
料理を運んだ人間達もそそくさと部屋を出て行って、結果、俺はお世話係の獣人2人と部屋に残されたってわけさ。
本当に此処の奴らって、アディやリーファが側に居る時と居ない時では俺に対する態度が露骨に違うよな。胡散臭い異世界人なんかに拘わりたくないって事なんだろうが、あからさま過ぎるだろう?
俺がアディにちくったらどうするつもりなんだ。
まぁ、そんな面倒くさい事しないけどな。
どんな状況でも態度が変わらないのなんて、いつも無表情のコヴィと不機嫌なエイベット卿くらいだ。
おっさん2人。……あ、なんだか考えたら空しくなってきた。
俺は癒しを求めて可愛いフィフィを見つめる。
……うん。文句なしに可愛い。お尻でピコピコ動くポンポン尻尾、最高です!
ニヘラと笑った俺は、給仕をしてくれているフィフィを手招きして呼んだ。
「一緒に食べない?」
俺の目の前に並ぶ料理はこれでもかってくらいに沢山ある。いくら俺が食べ盛りの24歳成人男性だとしても十分にお釣りのくる量だ。これを全部1人で食べたらあっという間にメタボになってしまうだろう。
(それに、1人で食べるのも味気ないしな。)
だから俺が誘ったのは本当に何気ない軽い気持ちだったんだ。
そんな、可愛い娘と2人で憧れのディナーデートの真似をしてみたい!なんてつもりは……ほんのちょっぴりしかないぞ!
なのに、俺の誘いを聞いたフィフィは、顔を真っ赤にして固まった。
「えっ……あ、あの……その……」
うん。そんな姿も、もの凄く可愛い!ヤバい。俺にはリーファがいるのに、浮気しそうだ。
悶絶もので見ていたら、ティツァが俺からフィフィを隠すように間に割り込んできた。
ヒドイ!せっかくの目の保養を。
俺が抗議をこめて睨み付ければ、その倍は怖い目つきで睨み返されてしまう。
……すいません。謝るからその視線だけで殺せるって凶悪な目つきを止めて欲しい。
「こいつを誘惑するな。」
視線だけでもビビっているのに、その声には恐ろしいような殺気がこもっていた。
「誘惑なんて!」
俺は慌てて否定する。そんなつもりは……本当の本当にちょっぴりしかない。
「俺達獣人にとって、若い雄が雌に食事を与えるのは立派な求愛行動だ。」
「へ?」
俺はポカンとしてしまった。
(きゅ、求愛行動!?)
あれか?鳥とか虫とかの雄が雌にエサを捕って来て交尾を迫るあの行動のことか?
「ち、違う!俺はそんなつもりはなくてっ。」
俺は焦る。ティツァの向こう側でフィフィの青い耳がいつもよりなお一層垂れ下がったような気がしたけれど、そんな事にかまっている余裕はなかった。
「そんなつもりが無いのなら、なおさら迂闊な言動は慎め。まったくお前は……」
俺は、その後ティツァの脅し混じりの説教を聞きながら食事をする破目になった。
なんの拷問だ。……せっかくの食事が全然美味しくない。
フィフィは、なんだか動きがぎこちないし、俺は早々に食事を切り上げてしまう。
ティツァはそれも気に入らないようで俺をジロリと睨み付けてきた。
俺が不機嫌に睨み返せば、大きなため息をつきながら話しかけてくる。
「……街で、仲間が不審な奴を拾ったと連絡がきた。」
いきなりの話に、俺は目をぱちくりとさせた。
「不審な奴って?」
そんなもん拾うのか?
「川に浮いていて、死んでいると思って拾ったら生きていたそうだ。人間に渡そうと思ったら聞いた事の無い言葉を喋ると。」
……それは確かに不審人物に思えた。
ティツァの仲間達は、みんな人間が嫌いな者達ばかりで、何か事がある時には必ず人間よりティツァに先に連絡してくるそうなのだった。
「ひょっとしたら他国の間諜なのかもしれない。人間に渡してしまえば俺達には情報が入って来なくなるから、その前にできれば事情を聞き出したい。」
俺の背中を冷や汗が流れた。
言葉の通じないスパイだか何だかを捕まえていて、その話を俺にしてくるって事は――――
「お前に通訳をしてもらいたい。」
……ですよね。
俺は、自分の異世界トリップ特典自動翻訳機能を心底恨んだ。
そんな面倒事に巻き込まれたくない!
俺はもの凄く嫌そうに顔をしかめたのに、
「明日、時間をつくれ。」
ティツァは高飛車だった。
俺様か?俺様だよな確実に。
しかし、俺はここでニカッと笑ってやった。
「あ、ダメだわ。俺、明日アディ達の大ババ……じゃなくておばばさまに会いに行くから。」
そう!なんと俺は、明日はかねてからの計画通りアディやリーファと、彼らのお祖母さんに会いに行くのであった。
ラッキー!正直行きたくないと思ったが、こうなれば何が何でも行ってやると固く決意する。
ティツァは、嫌そうに顔をしかめた。
「前王妃か……それでは仕方ないな。」
流石の俺様ティツァでも、その計画はどうにもならないようだった。
俺は、帰ってきたら必ず時間をつくって、その不審人物に会うことを約束させられる。
仕方なく渋々頷いた。
後で思い返せば、どうして直ぐにその不審人物に会いに行かなかったのかと後悔するのだが、この時の俺には、そんな事は知る由も無い事だった。