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驚愕 3

そんな話を俺はアディからは聞いた事がないぞ。


「人間は短い生を繰り返し、過去を忘れ歴史を自分達に都合の良いように変える生き物だ。」


吐き捨てるように獣人の男は言った。



――――獣人は、人より丈夫で長生きなのだそうだった。

文字を持たず、その代わり口伝による伝承を重んじる種族だ。


「流石に、今生きている者にその当時を経験した者はいないが、老人の中には自分の高祖父母が生まれた頃はまだそうだったのだと伝える者がいる。」


高祖父ってひいひいおじいちゃんの事だよな。

獣人の寿命はおよそ150年だそうだ。獣人が何歳で子供を生むのかはわからないが、今の老人の高祖父母が子供の頃って事は300年くらいか、ともすれば500年以上も昔の話って事か?


対する人間の寿命は、アディに聞いた話では40歳前後。長生きの者でも60〜70歳くらいまでしか生きられないそうだった。


……うん。地球でも中世時代の寿命はそんなものだったような気がする。この世界の1年は地球より少し長いそうだから、俺の思っているよりも長生きなのかもしれないが、何台も世代交代を繰り返した人間が遥か彼方の歴史を忘れ去ることは十分考えられる事だった。


……特に、それが自分達にとって都合の悪いものならば。


唯一残ったのが救世主伝説なのかもしれなかった。



「人間は俺達に比べればあまりに弱い生き物だ。ただ数が多く、そして度し難い程の征服欲と向上心を持っている。穏やかでのんびりとした俺達獣人が従わされてしまったのは自然な流れなのかもしれない。」


いや、少なくともあんたは、穏やかとかのんびりとかいう言葉が当てはまりそうにないぞ?

……まあ、どこの世界にも例外はいるよな。


俺の心の声が聞こえたのか、獣人の男はジロリと俺を見る。


俺は慌てて次の質問をした。


「でも、それにしたってあんた達は強いんだ。人間の奴隷になっている必要はないんじゃないのか?」


この男との会話からわかる範囲では獣人の文明が人間に比べてそれ程劣っているとは思えない。文字が無くとも十分知識はありそうだし頭も良さそうだ。


何故彼らは奴隷なんていう立場を受け入れているのだろうか?


獣人の男の眉間にしわが寄る。


「俺達は争いを忌避している。戦いが最終的に自分自身を破滅させるのだと生まれた時から教え込まれるんだ。俺達は余程追い込まれなければ牙を剥かない。――――そして、人間は支配することに巧妙だった。」



人は獣人を決して虐げたりはしないのだそうだった。


使役し重労働はさせるものの、人間にとっての重労働など獣人にとっては何ほどのものでもない。奴隷という身分でも衣食住は保証され、その扱いは法令で守られている。


(日本でいう“動物の愛護及び管理に関する法律”ってとこか?)


確か、動物の虐待なんかを防止して、その適正な取扱いや動物の愛護に関する事項を定めるものだったと思う。

――――国民の間に動物を愛護する気風を招来し、生命尊重、友愛及び平和の情操の涵養(かんよう)に資するとともに、動物の管理に関する事項を定めて動物による人の生命、身体及び財産に対する侵害並びに生活環境の保全上の支障を防止し、もつて人と動物の共生する社会の実現を図ることを目的とする――――


(……涵養が読めなかったんだよな。意味もわからなかったし。)


涵養とは、ゆっくり養成することだ。動物を愛することで人間自身も成長し守る法律。

きっと、同じようなものがこの世界にもあるのだろう。


アディの獣人の事を話す態度にも、侮蔑も無ければその存在を軽んじる様子もなかった。


奴隷ではあっても生命は保証され扱いもひどくないとなれば、戦いを忌避する獣人達は実力行使で今の立場をひっくり返す必要性を感じなかったのだろう。


(目の前のこいつは、自分達の奴隷って立場を受け入れてはいないんだろうけどな。)


彼は少数派なのかもしれなかった。



実は、奴隷解放が奴隷側から叫ばれ始まる事はあまりない。奴隷として生まれ育ってそれが当たり前の環境ならば、彼らはそれを受け入れてしまうのだろう。


しかもその環境が苦痛でないのならなおさらだ。


きっと人間の中には獣人を溺愛し大切にする奴だっているに決まっている。


(ケモミミ威力半端ねぇもんな。目の前のこいつだって、時々耳がピクッて動いたり、尻尾がパタパタ動くのが、すげぇ可愛いし。)


イケメンとはいえ立派な男。しかもショートソードを突き付けられ脅された俺でさえそう思うのだ。


(うん。きっといる。ケモミミ・シッポ崇拝者!)


俺だけじゃないと信じたい!!


胸の前で両拳を握りしめ力強く頷く俺を、獣人の男は不審そうに見つめてくる。


俺はあわてて拳を開くとニヘラと愛想笑いを浮かべた。

日本人奥義“笑ってごまかせ!”である。


獣人の男の顔がますます不審そうにしかめられた。

俺はもうひとつの奥義、“話を逸らす”を行使する。



「それにしても同じ神様を信じているっていうのは不思議だな。普通神様って自分達と同じ姿をしているんじゃないか?」


キリスト教も仏教も、八百万の神様を信じている自然崇拝の日本の神道でさえも、神は人と似た姿をしている。イエス・キリストもブッダも元は人だし、天照大神は美人の女神さまのはずだ。

まさかアディ達の信じている神様にケモミミや尻尾があったりはしないよな?


それに対する獣人の男の答えは簡潔だった。



「神に形など無いだろう。」



この世界の神様は実態を持たないのだそうだった。

光であり闇であり、大気であり風である。水や炎も神に準じるものらしい。


「神殿で見なかったのか?――――神殿には泉があり、その中央の台には燃えさかる炎がある。水も炎もいかなる時も絶えたことはない。」


確かにアディは、この城の神殿には泉があってそこが異世界トリップのゲートだと言っていた。だとすれば俺はその泉に異世界トリップしてきたのだろう。


「……いや、俺は来た時は気絶していたから。」


そんなもん全く覚えていない。

リーファから神殿を案内すると言われた時は断ってしまったし。




「気絶……」




絶句した獣人の男は、次いでおかしそうに腹を押さえると声を殺して笑い始めた。

どうやら俺の気絶は、彼の笑いのツボにはまったらしい。


人の不幸を笑う事はないだろう?

しかも笑うとイケメン度がアップするなんて、なんてイヤな奴なんだ。クソッ、イケメン爆死しろ!


「……ック、ハハッ。お前が救世主でないという事がよくわかった。」


納得してもらえて嬉しいよっ!用が済んだらさっさと出て行ってくれ。

俺は不機嫌顔で獣人の男を睨み付けた。


そんな俺の様子を気にもせずに受け流すと、彼は俺に今夜の事も、獣人の事も一切人間には話すなと言ってくる。




「余計な事を喋れば、殺す。」




笑みを引っ込め真面目な顔で俺を脅す獣人は……もの凄く怖かった。


うん。本気だという事がよくわかる。

俺が無条件で頷いたのは当然の事だろう。




「……俺の名前はティツァだ。」


なんの気まぐれか獣人の男……ティツァは俺に自分の名前を名乗った。

俺の名前は名乗るまでもないだろう。


俺を脅すだけ脅して、ティツァは来た時同様窓からヒラリと外へ出て行った。




これが、俺がアディに獣人の事を話せない2つめの理由だった。


誰だって命は惜しい。もちろん俺もだ。


生きてなんぼのこの世界…………あれ?これって悪役のセリフだったっけ?

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