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王都 2

(どこだ?ここは。)


俺はあたりを見回す。


(王城が見えない。)


城自体はそれ程高い建物ではないが、あの塔が見えなくなるなんて思ってもみなかった。


(完全に防御都市をなめていた。稲妻状道路の機能と目的は十分わかっていたはずなのに、ここまで見通しが悪くなるなんて。)


百聞は一見にしかず……実際体験しなければわからぬものがあるというのはこういう事なのだろう。

城が見えないどころか方角さえもわからなくなった俺は途方に暮れる。とりあえず少しでも見晴らしの良いところを目指して進んでいるはずなのだが、周囲は似たような色合いと雰囲気の建物と、そっくり同じ壁の連なりで、何度も同じ場所をグルグルしているような気にさえなってくる。


(せめて、人がいれば。)


最初の内は、まさかこの年で迷子になりましたとは言いたくなくて、すれ違う通行人に道を聞くなんてことができなかったのだが、いよいよどうにもならなくなって聞こうと決意した時には、今度は肝心の通行人がいなくなっていた。

そこまで路地裏に迷い込んだ自覚はなかったのだが、いないものはいないのだ。


どうしようと思って、もうこれは恥を忍んで適当な家を訪ねて城への道を聞くしかないかと思いかけた時、俺はようやく通りの向こうに人影を見つけた。


もう、マジ助かった。



「!?」


しかも、あれは……


「すいません!」


俺は懸命に走り出した。


その人影がびっくりしたように立ち止まる。

振り返った目が真ん丸に見開かれていた。


「良かった。城の人ですよね。俺、マジ道に迷っちゃって。」


青みががった長い髪と一緒に揺れる青い垂れ耳。背中を向けている格好だから可愛いお尻を包むショートパンツからポン!と丸いフワフワ尻尾が飛び出しているのが丸見えだ。


(すっげぇ、本当にホンモノなのか?)


真ん中が青くて毛先に行くほど純白になる本物のファーのポンポン尻尾は、姉貴が好んで頭に付けるヘアーアクセとそっくり同じに見えた。


(姉貴よりこの()の方がずっと可愛いけど。)


「俺、覚えている?一遍(いっぺん)塔ですれ違った事があるんだけど。」


あの時はびっくりマジマジ見られていたけれど、俺みたいな平凡顔は直ぐに忘れ去られていたって不思議はない。中学、高校の同級生の女の子だって、ほとんど俺なんか覚えていないだろう。


「城の塔に昇る途中で荷物を落としただろう?あの時居た――――」


懸命に俺は説明する。なんとか思い出してもらって、城までの道を教えてもらわなきゃならない。

いや、別に案内ついでに一緒に帰ろうだなんて、そんな虫のいいことはちょっぴり(・・・・・)しか思っていないさ。俺には心の恋人リーファがいるんだ。俺は好きな娘には一筋の男だからな。


それにしても、本当に可愛い娘だった。

びっくりして見開いた目は真紅で、なおのことウサギを連想させる。


(でもちょっと、驚きすぎじゃないか?)


そう思って、俺はリーファの言葉を思い出した。


『――――お声をかけても、おそらく意味は伝わりません。』


そうだった。リーファはそう言っていたのだった。


俺はそんな事はとても信じられなかったのだが……



「あの。俺の言っている事、わかる?」



恐る恐る聞けば、呆然としながらもウサ耳ちゃん(仮名:俺命名)は、コクリと頷いた。


やった!やっぱり俺の勘は間違っていなかったんだ。


「……わかります。」


おお!喋った。すっげぇ、小さくて可愛い声!


俺は思わず耳を近づける。そうしないと聞き取れない程、か細い声だった。




「……わかるから、わからない。この前もわからなかった。…………どうして、あなたは人間なのに、獣人(わたしたち)の言葉を話しているのですか?」




……へっ?




俺は間抜けな事に、ここではじめて自分が話している言葉について思い至った。


(そういや、何で俺は異世界のアディ達と普通に言葉が通じているんだ?)


俺は、普通に日本語で会話をしている。……会話しているつもりだった。


(いや、だって、[よろず相談サイト]では、アディは普通に日本語使っていたし。)


サイトでのやりとりは、当然日本語だった。だから俺はアディの外見がモロ外国人でも日本語で会話することに何の不思議も覚えなかったのだ。

しかし、よくよく考えれば、アディはともかくエイベット卿や他の人達まで日本語ペラペラなのは、おかし過ぎる。


(異世界の公用語が日本語のわけないし……)


ひょっとしてこれは、異世界トリップ定番の自動翻訳機能の恩恵なのか?

俺は日本語で話しているつもりでも相手には相手の言語に聞こえて、そして相手は自分の言語で話しているのに俺には日本語で聞こえるという、あの超便利な。



そう考えれば何もかもつじつまが合った。


アディのサイトの相談も、おそらくアディはこの国の言語でやっていたのだろう。


(これも『神の賜いし御力』なのか?)


便利すぎだろうと、俺は思う。こんなに都合が良すぎていいんだろうか。


いや、全然気づかずに恩恵に(あずか)っていた俺が言うことでもないけどな。


何はともあれ、それが正解のようだった。

そしてそのために、今目の前のこの娘には俺が獣人の言葉を喋っているように聞こえているってわけだ。



(どう説明しよう?)



悩みながらも俺は、自分の勘が当たっていた事を複雑な思いで確信していた。



(獣人には、独自の言葉がある。しかも、それを巧妙に隠す知恵もあるんだ。)



そんな存在を、ただの使役動物だなんて思えるはずがなかった。

いったい何の目的で、獣人達が自分達の言葉を隠し、奴隷なんていう立場に甘んじているのかはわからないが、俺は俺がとんでもなく面倒な事態に足を突っ込みかけているのを感じた。


「えっと。俺は別に君達の言葉がわかるわけじゃなくて……その、俺はここの人間じゃないから。」


しどろもどろに俺は説明する。


真紅の瞳がパチパチと瞬いた。可愛らしく首が傾げられ、長い耳がユラリと揺れる。


俺の心臓が爆発する。

……ケモミミの破壊力、凄すぎる。


「あ……俺は、別の世界からここに来たんだ。異世界トリップってわかるかな?」


別の世界と言いながら、俺はなんとなく空を指差した。

つられて獣人の女の子も上を向く。

建物の間から青い空が見えた。




「別の世界?………………あなたは、降りて(・・・)来られたのですか?」




うんうんと俺は頷く。−−−−この時、俺は自分が致命的なミスをした事に気づかなかった。


彼女の目が限界まで見開かれる。





丁度その瞬間、


「ユウ様!」


俺は、名前を呼ばれて慌てて振り返った。

そこには俺の方に駆けてくる例の黒髪の騎士がいた。


(すげぇ……はじめて声を聞いた。)


どうでもイイことに感動する。


「ユウ様。勝手に動くなと目で合図をしたでしょう!あなたは何をしているのです!」


黒髪の騎士は滅茶苦茶怒っていた。

……どうやら彼が広場でアディの元に行く前に俺を睨み付けたのは、そこで待っていろという彼なりのアイコンタクトだったらしい。


(そんなもん、わかるわけないだろう?)


彼と俺との間にそんな高度な意思疎通ができるはずがない。

何せ声も今はじめて聞いたくらいの仲なのだ。


なのに黒髪の騎士は、俺の行動がいかに無分別で、周囲に迷惑をかけて、しかも国王陛下をもの凄く心配させているかを、懇々と俺に言い聞かせた。


なんとアディは王都の全軍を動かして俺を捜索しようとしているらしい。


過保護にも程があると思う。



「さあ、一刻も早く戻りますよ。」


俺の手をガッシと掴んで黒髪の騎士が道路を戻り出す。

無口でクールだとばかり思っていた男の、思いもよらぬ饒舌さと熱い行動に面食らいながらも俺は後に続く。




獣人の女の子は、いつの間にか姿を消していた。


まあ、城へは無事戻れそうだから、別にいいんだけれど……。




俺は、自分が今知った真実をどうするべきかを考え込みながら、騎士に引っ張られていったのだった。


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