はじまり
昼間の日射しがまぶしい。
久しぶりに日中に戸外に立って、俺はパチパチと目をしばたたかせた。
何しろ普段のこんな時間は、平日なら大学の研究室にこもっているし、休日なら寝ている。
(何で来ちゃったんだろうな。)
俺は心の内でボヤいた。
ボーッとしている俺を急ぎ足のオバサンがカツカツと足音高く追い越して行く。俺にしてみれば、何をそんなに急いでいるんだよって感じだけど、向こうにしてみれば何をぼんやりしてるんだ!って思うんだろうな。
駅前のこの広場は、この辺に住む奴らの待ち合わせ場所で、他の奴らもみんな人待ち顔で時計を気にしている。
のんびりしているのは俺くらいだ。
モチロン俺だって此処にいるからには待ち合わせの相手がいるんだけど…
(本当に来るかどうかわからないしな。)
何せ実際には一度も会ったことの無い相手だ。
いわゆるネットでしか知らない奴で…
(まあ出会い系サイトとかいうのとは違うから変な心配は要らないけど。)
だいたい俺は男で相手も男だ。
残念ながらそんな事では一切無い。
俺に彼女なんかいたことないし…
俺は、自分がこんな似合わない場所で待ち合わせする破目になった経緯を思い起こした。
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大学卒業時に就職できず、大学院に行って2年。
いよいよなにがなんでも就職しなきゃならなくなった俺 、坂上 由24歳は、俺的には人生最大のピンチって感じの毎日を送っていた。
何しろ、親からは、毎日のように電話がきて
「どうするつもりだ?」
「ちゃんと考えているの?」
てなセリフを耳タコ状態で聞かされているし、大学の教授からも
「早く決めろよ。」
と急かされている。
俺だって就職できるんならしたいよ!!
早く決めたいに決まっている!!
それが出来ないのが、今時の学生だろう!?
そりゃもちろん要領よくチャッチャと決める奴だっているさ。
俺の姉貴がいい例だ。
優良企業にさっさと内定もらって、大学最後の年を遊びまくった姉貴を見ている両親が、俺にうるさく言うのもわかる。
だけどよ!
俺はそんなに器用じゃないんだよ!!
っていうかそんな奴なら大学卒業時に就職してるって!!
姉いわく、ダサくってキモい俺がにっちもさっちもいかなくなって、多少引きこもり気味になったのは仕方のないことだと思う…
まあ、引きこもりったって、毎日大学には行くし、(でなきゃ修了できねえ。)買い物にも出かけてる。
1人暮らしで生きてくためには食べたりなんだりの外との最低限の接触は必要だから、俺のは本当の意味では引きこもりとはいえないんだろうが、気持ち的には俺は引きこもっていた。
つまり、現実逃避のネット三昧ってやつさ。
毎晩遅くまでパソコンにかじりついて、時間の許す限り、あちこちのサイトを渡り歩く。
ネトゲもそこそこはまったけど 、そればっかりじゃ飽きるんだよな。
゛それ゛を見つけたのは、そんないつもの日々の1日だった。
【民の好感度が上がりません。 アディグラファ・ロダ・マーティ 男 25~29歳】
「何だ?ゲームの攻略相談か?」
そこは、[よろず相談サイト]っていう名前のサイトだった。
よろずってあるくらいだから、ほんと、いろんな相談事が載っている。
わりと深刻な人生相談から今日の夕飯何にしよう?みたいな、俺的には、好きにしろよ!てな相談まで。
しかもわりとみんな真面目にそれに答えているんだ。
夕飯相談にさえも、家族構成や好みを聞いて、それならこんなのどうですか?なんて答えが返っている。
荒らしみたいなのも無くて、そこは、結構俺のお気に入りのサイトだった。
だから俺はそのゲーム攻略相談に、真面目に答える事にした。
(しかし、何だ?この名前。ゲーム上の名前なんだろうけど…)
厨二病かよ?
まあいいけどと思いながら質問の答えを入力する。
多分、国家育成シミュレーションゲームのどれかだ。
好感度が上がらないってことは、ある程度に人口が増えて、でも生活に不満があるってことだから…
【上下水道の整備とかやってますか? ユウ 男 20~24歳】
なんのひねりもない俺のネット上の名前。
ユウなんていう奴は何処にでもいるから気にせず使っている。
ほんとありふれた名前だよな。
まあ、読めもしないようなおかしな名前をつけられるよりはましだけど…
そんな事を考えていたら早速返信がきた。
【上下水道って何ですか? アディグラファ・ロダ・マーティ 男 25~29歳】
「え~っ!?何だよそれっ!?」
こいつ、厨二じゃない!それどころか絶対小学生だ!!
小学生風情が国家育成シミュレーションゲームなんかに手をだして、どうにもならずに相談しているんだ。
俺は天を仰いだ。(もちろん見えるのはアパートの天井だけど。)
「何やってんだ、こいつ。」
分不相応のゲームなんかやってんじゃねぇよ。しかも25~29歳だなんて年齢詐称もいいとこだ。
しかし、乗り掛かった船だ。降りる訳にもいかないだろう。
仕方なく俺は、上下水道の概念。何故それが必要か、そして構造なんかを懇切丁寧に説明してやった。
俺は大学で都市工学を専攻している。こういった説明ははっきり言って得意分野だ。得意過ぎて、とうとうと語ったあげく女の子に逃げられた経験だって持っている。(涙…)
アディ何とかは、ものすごく感激して、何度も礼を言って落ちていった。
俺とアディ(もうアディでいいや。)の関係はこうして始まった。