物語のはじまり。別名、不幸のはじまり
チート能力っていきなり手に入れても使い方ふつうわかんないよね。使いこなすにはそれなりの鍛錬とか経験とか必要だよね? という疑問から生まれた話です。
半覚醒状態、ともいえばいいのだろうか。
眠すぎて目があかないし、体も動かせない、というより動かす気力すらない状態で、再び眠りにつこうとしたその時、突如周囲が眩い光に包まれた。
何事かとたまげて目をあけると同時に、能天気な声が響き渡る。
『おめでとーございます!! 厳正な抽選の結果、見事あなた方五人が招待されることに決定いたしました!』
背には白い六枚羽、後光のせいか眩しすぎて顔がよくわからない、線が細いがしかし長身な人型の存在が、何故かハンドベルを派手に鳴らしながら浮いていた。
なんだこの生き物、そしてどこだここ。
事態がさっぱり呑み込めていない当人たちを無視し、それはご機嫌で話を続ける。
『さて!今回皆様が訪れるのは試練の世界ヴァルデル。あなた方にはここで、スキルと職と称号をコンプリートしていただきます!
勿論試練の世界なので死の危険は常にあなた方と隣り合わせです。しかぁし!ご安心ください。
あなた方は死んでもすぐに復活できます。歳もとりません。そして、課されたミッションをクリアしないかぎり元の世界にも帰れません!』
何かさらりと、ものすごく重要なことを言われてる気がする。
「お、おいちょっ…」
横から誰かの声が聞こえたが、目の前の翼の生えたソレは、その遮りをきれいに無視した。
『ああ、当然ミッションクリアの暁には、相応のプレゼントもご用意してございます。それでは皆様、存分にご堪能くださいませ~っ!』
突然足元に穴があいた、と気づいた瞬間には落下した。
何が起こったのかさっぱりわからないまま、全員落ちていった。
気が付けばどこぞの村の教会の前に5人で折り重なって倒れていた挙句、全員何故か本来の自分の名前だけを思い出せないという最悪な状態で現状を確認することと相成った。
この時の騒ぎは敢えて描写しないが、当事者五人も混乱していたが、突然人が現れたので、教会の神父も村人も驚いて右往左往した。
話し合った結果、以下の三点が確認された。
1.ここは間違いなく日本ではない。
2.全員日本人。(ただし名前だけが何故か思い出せないので、各自その場で適当な名を名乗った)
3.直前の夢の人物(?)のいうことを信じるなら、課されたミッションとやらをクリアしなければ日本に帰れない。
「…ミッションて何なんだよ」
年齢26歳、性別男、昨日彼女に求婚して断られたばかりのサラリーマン。中肉中背の標準体型に、是と言って特徴の掴めない顔立ちをしている。身なりはパジャマなのでなんともいえないが、ちゃんとした格好をすればそれなりに実直そうな印象をうける人物である。
名前が思い出せないので、現在タケルと名乗っている彼のつぶやきに応じたのは、その横に座っていた青年であった。
「あれじゃね? 確か『スキルと職と称号をコンプリートしていただきます』とか言ってた気がする」
19歳、性別男。昨日彼女の一人に浮気がばれて顔面を殴られたとかで右頬が赤くはれて唇が切れて紫になっている大学生。長身痩躯、嫌味なほどすらりとした手足とか、殴られた痕こそ痛々しいが、それがなければ村中の女を虜にしそうなほどには麗しい東洋美形で、同時にやたらと色気を垂れ流しているあたり、四股五股くらい平気でやっていそうな印象である、彼女哀れ。
現在ハルトと名乗っている彼は、まだ傷が疼くのか、時々しかめ面で右頬を撫でている。
「なんといいますか、一昔前のRPG的雰囲気がそこかしこに漂ってるんですが、VRMMOってこんな感じなんでしょうかねぇ?」
未だ現実を受け入れたくない雰囲気満々なのは、年齢30歳、昨日会社が突然倒産したという不運な失業者。タケルと似たような体格をしているが、特徴的なのはその細目。目じりが垂れているため、妙に情けない印象を与える。
現在シュウと名乗っている彼は、五人の中で一番年上なのだが、何故だか一番頼りなさげに見えてしょうがない。
「まさしくそんな感じかしらね。アイテムボックスやステータスウィンドウとか開けられるとか、一体なんの冗談かと思ったわ」
年齢は秘密、性別はオンナ(?)、職業秘密というその御仁は、筋肉隆々というごつい印象が激しい身長190cm近いオネエだった。着ていたのがピンク色のレースフリフリなネグリジェのため、周囲の人間に視覚的大ダメージを与えているのだが、当人は全く気にしていない。
何故かナターシャと名乗ったが、誰もつっこまなかった。つっこんだら命がない気がしたからだ。この中で一番戦闘力が高いのはこの御仁だと思われる。
「JOB欄が『初心者』になってますね。他人のステータスとアイテムボックスはみれない仕様っぽいですが…それよりも私、なんで眼鏡ないのにこんなにクリアに世界が見えているのか…」
年齢16歳、性別女。高校二年生。女子高校生…というわりには化粧っ気が欠片もなく、手入れもしているようには見えない。特に太ってもいないが痩せてもいない、どちらかというと小柄で、胸もまあなくはないがあるわけでもない地味で平凡な小娘、といった印象だ。
シュリと名乗った彼女は、もともと近視だったらしいが、何故か今は眼鏡無用な視力になっているらしい。半袖Tシャツに短パンというある意味刺激的な格好のはずなのだが、全員食指は全く動かない模様。色気は皆無であるらしい。
「とりあえず、衣食住の確保が先決かなあ。いつまでもこんな恰好じゃ問題ありだろう」
ナターシャから視線を外しつつ、ハルトが首を振った。ネグリジェは凶器だ、色んな意味で。と彼は内心思っている。
現状を確認し、とりあえず行動方針を決めたところに、この場を提供してくれた神父がお茶をいれてやってきた。
そして、村の人たちからの善意の古着を譲ってもらって着替えた一行は、職を求めるなら大きな街にいかねばならないこと。ただしその道中はモンスター(?!)が出現して大変危険なので、どうしても行きたいなら、まずこの村で基本的な知識や戦闘の仕方を学んでLVを上げるよう助言を受けた。
「…まんまRPGじゃねぇか」
タケルのつぶやきに、全員が唖然としながら頷いた。
その後に関して。そりゃもう色々あった。ありすぎた。
しかし書くと長くなりすぎるので紆余曲折があった、と、済ませてしまいたいが少しだけ説明する。
最初の頃は5人でつかず離れず旅をし、職を決め、色々と方々を旅していたが、まあ色々あって、時折連絡を取り合うようにして、バラバラで旅をするようになった。
そして、再会した折に、互い修得していないスキルや職(称号はどうやらこれらを得ると勝手に増えていくものらしい)を確認し、ミッションクリアに向けて地道に頑張っていた。
あの謎の翼野郎は、世界の管理者であるらしく、時折姿を表しては助言(?)をして彼らを振り回した。
生きているために怪我もすれば苦痛も普通に感じる。死ぬときの辛さは半端ないが、それでも目が覚めると近場の教会で復活するあたりふざけていた。しかし、彼ら以外の人間は、死んだら二度とよみがえらない。それが普通であるらしい。
彼らはあくまでこの世界にとって異端な存在だった。しかし、何故か拒絶されるどころか、行く先々で協力的に受け入れられた。
それでも、彼らは孤独だった。
彼らは歳をとらない、死なない。どれだけ歳月を重ねても、どれだけスキルを習得し能力値パラメータを上げても、見た目は全く変わらないのだ。
一人だったら気が狂うかもしれない。長く一緒にいすぎると反発することも多いが、彼らにとっては彼らだけが仲間だった。
長い時間をかけて、試行錯誤を繰り返し、隠されている職やスキルを見つけ出した。だが、最後にひとつだけ、どうしても埋まらないスキル欄(とそれに付随する称号)があった。
久々に全員で集まり、お互いの情報を交換したが、やはり全員一つだけスキルが見つからない。
「何なんだろうな、使い魔も手に入れたし、あと一つで帰れるってのによぉ…」
この世界において、彼らは超越者だった。王侯貴族ですら跪く至高の主として君臨しながら、彼らは全員元の世界に戻ることを切望した。正確には…
「米がっっっしょうゆがっっっっ味噌が恋しいんじゃあああああ」
ナターシャが絶叫した。
この世界に落ちて既に百有余年は経過しているにも関わらず、恋しいのは日本食であった。
勿論他にも色々葛藤はあったが、長い時間の中で最終的残ったのがこれである。
食事が不味いというわけでは…工夫次第ではそこまではないのだが、なんというかこの世界には米と大豆がない。代替植物もない。
日本人の血肉は米と大豆でできている。彼らは偏食家ではなかったが、だからこそ決して食べられぬ祖国の味に執着した。
「くっそぉぉ管理人でてこい! 俺たちを日本に帰せよこんちくしょおおおおう!!」
シュウが大理石の机を割った。単に衝動のまま殴りつけた結果がこれだった。
ちなみに、能力値に関してだが、彼らは全員既に全能力上限値であり、余剰ポイントが半端なく貯まっている状態である。
『あ、はい了解しました』
やたらと軽いノリで、頭上に声が響いたと思った瞬間、世界が暗転した。
『全職業全スキル全称号獲得確認いたしました。最後のスキルと称号は、クリア報酬として与えられまーす』
能天気な声で発せられたその内容に、全員が殺気立った。
『最後のスキルは"異世界転移"、称号は"異界の旅人"となりまーす。皆さん、ミッションコンプリートおめでとうございまーっす!』
全員罵詈雑言を声の限りに叫んだが、何故かそれは音にならなかった。
彼らは、落ちて、落ちて、途中で意識が途切れて眠りに落ちた。
そして、朝がきた。
いつもの、普段通りの、ごくごく普通の、しかし待ち望んでいた朝が。
※塚原 徹、26歳の場合※
彼女に求婚して断られた挙句振られた約一か月後、彼女に復縁を望まれたがこれを拒否した。
後で判明したが、彼女は二股をかけていたらしく、向こうに振られたため慌てて塚原の元に戻ってこようとしたらしい。
尚、向こうでつけた名前の由来は、実家で飼っている柴犬だった。
最近は通信教育で資格を取ることが趣味になっている。ネットの某有名巨大掲示板にて、中二病患者の痛い記事を発見し、そのスレ主と連絡を取り合い、本日オフ会にいく予定である。
※御影 和人、19歳の場合※
双子の片割れ、できそこないの弟扱いされつづけたためか、捻くれて女に走っていたが、大学を中退し、超難関の国立大学を目指すことにした。
親には勘当されたが、それまでに貰ったマンションや通帳の名義はそのままのため、バイトしつつ勉強を続けている。
名前の由来はコンプレックスの源たる双子の兄・遥人から。
ネットの某有名巨大掲示板にて以下略。
※高倉 修平、30歳の場合※
勤めていた会社が倒産したものの、失業保険期間中に前より好条件な再就職先を見つけることができた。
正直、前の会社はいわゆるブラック企業という奴であり、高倉は自殺寸前のところまで追いつめられていた。が、死の苦痛というものが半端ないことを、文字通り痛いほど経験したため、既に死ぬ気は欠片もない。
名前の由来は、みたままである。
ネットの以下略。
※那賀 洋介、28歳の場合※
親がとある企業の創業者一族であり、その関係で関係会社にて母方の姓を名乗り修行中。跡取りのプレッシャーに耐えかねて、女装癖に走ったという経緯の持ち主。
女装している時だけすべてのプレッシャーから逃れられた。鏡に映る女装した自分にナターシャと名付けて悦に浸っていた。勿論、この秘密は冥土まで持っていくつもりだった…過去形。
最近は、何故かそれらを特に重荷と感じなくなったため、女装癖も鳴りを潜めている。
現在の悩みは、とあるオフ会に出席するときの格好を、ネタで女装するか真面目くさったスーツにするかと思案中。
※御堂 朱里、16歳の場合※
オタで二次元にしか興味がなく、その上、高校の勉強についていけなくて半ば自棄になりかけていたのだが、最近突如「理解できること」の面白さに目覚め、嬉々として猛勉強中。夏休みの補講は誰よりも早くプリントを終えたのち、図書室で勉強しつつ、わからないところは教師を質問攻めにし、遅れていた勉強を取り戻したというかむしろ追い越した。
料理にも目覚めたようで、母親と共によく台所に立っている。家事もいつの間にか覚えていたので、両親が驚きを通り越して不気味がっている模様。しかし、洗濯機を使わず手でもみ洗いしようとしていたときはさすがに止められたらしい。
毎日が楽しくて仕方ない、といった感じでそれまでの暗いイメージが払拭され、友達もでき始めている。
軽い気持ちで某巨大掲示板に中二病もどきなスレッドを立てた結果、四人ほど釣れたので本日オフ会をする予定。
これがすべてのプロローグ
とりあえず全員、手に入れた"能力値"はフル活用している模様…(主に知力と幸運方面)
そして書きたかった使い魔ネタを入れ忘れたorz