06
「ただいま」
家に帰ると、そこは戦場でした。
「……何やってんの? 母さん」
「あら、秋野。おかえりなさい。あのね、来週お父さんと買い物行くの。どの服がいいと思う?」
当たり前だが並べられていたのは死体ではなく洋服だ。女物の衣服。自分の箪笥の中から引っ張り出してきたのだろうそれを、何故か母はリビングに広げている。自分の部屋でやればいいのに。
小さな疑問だが、まあいいや、と結局は放り出す。最近はよく笑うようになった母の横を通り過ぎ、台所へと向かった。
弁当箱を流しに置いて、汚れを落としやすいよう中に水を張っておく。洗うのは後で、あの服の山を片付けた後にでも母がやってくれるだろう。昔は俺がやっていたけれど。
今は幸福なのだろうと思う。自分は間違いなく幸福なんだと考える。
つけっぱなしで放置されていたテレビからは、七時のニュースが流れていた。どこそこの国でテロがあったと、どこそこの地域で災害に遭って避難している住民たちの様子だと、どこそこの国で貧困が深刻になっているのだと、同じ日本の中でも、どこかの誰かは今とても不幸な目にあっているのだと。
母がそれを見ていないことを確認してから、画面を消した。同じように、床に広げっぱなしになっている新聞も、名前もろくに聞いたことのない芸能人の離婚報道だとかどうでもいい面を上にして畳む。
一度部屋に戻り父が帰ってきた頃に夕食だと呼ばれた。嫌いなメニューが出た。ここは現代日本の一般家庭で、それを食べなくても明日死ぬわけではなかったけれど残すことはしなかった。美味しいはずの料理も、吐き気を堪えながら食べる。
俺がこんなことを考えながら食事をしていると考えたらこれを作ってくれた母は泣くのだろうか。オムレツの中の挽き肉が、元はどの豚のどの部位だったのかも知らずに俺は生きている。
「ご馳走様」
そして、また自分を葬る夢を見た。
ざくざくと、否、そんな大層な音もしないほど地道に土を掘っていた。今日とも昨日ともつかぬ夢は長かった。墓穴を掘り死体を墓穴に落とし、土を被せてそれを埋めた。
掘り終わったところで、死体を墓穴の底に沈める。相変わらず光景は葬式ではなく、殺人犯の死体遺棄現場だった。妙な話だ。殺すのも自分、殺されるのも自分。
墓穴に自分を横たえる。墓穴は人一人がちょうど埋められるくらいの深さ、むしろ浅さというべきで、月光の下で眠る自分の顔がよく見えた。
外傷らしきものはなく、腐っているわけでもなく、けれど顔が今現在のものなのでもちろん老衰でもない。何で死んだのかわからない、安らかな寝顔のような死に顔だと思った。
死に対する憧れがあるんだ。
そしてできれば、美しく死にたい。もがき苦しんで死ぬなんて、そんな死体なんてまっぴらだ。美術の道を志す者として、それはなけなしのプライドだった。
涼しげな風が吹いている。揺らされて木の葉は擦れ合い、涼しげな音を立てていた。暗いような明るいような月の夜に、それは当然のように映えた。
一掴みずつ放られた土が、少しずつその死体を隠していく。全て覆い終えるまで、途方もない時間がかかりそうなスピードだった。
それでも確実に死体は隠されていく。安らかな眠りと言う名の死に落ちて行く。その内にここには、ただ地面を掘り返した後だけが残るだろう。墓標など、いらない。
そこまで考えたところで、死体となった自分を埋葬する側の「俺」は――何か、とても苦しい、辛いことを堪えるような顔をしていることに気づいた。