05
「最近の公園ってさ、知ってるか? どこもかしこもプラスチックの遊具なんだぞ」
学ランである俺たちの高校では見慣れないブレザーをきっちりと着込んで、そう、忌々しそうに彼は言った。
月に一度、中学時代の友人と会う約束をしている。
黒沢巧は小学校からの友人で、今は別の高校に通っていた。
待ち合わせ場所の公園のベンチ。隣に腰掛けたので彼の顔は見えない。
視界には正面に建つ遊具が真っ先に目に入った。くすんだピンクと黄緑と黄色の鉄の棒が四角く組み合わされたジャングルジム。小さな公園なので遊具も少ない。後はせいぜい砂場と鉄棒がある程度だ。公園の周りは銀杏や七竈の木に囲われている。
「昔はこんな公園でも十分に楽しかったのにな」
塗装の剥げかけたジャングルジム。錆びた鉄の茶色がどうにも汚らしく、そして懐かしかった。ここは巧曰くの最近の公園にはあたらず、昔ながらの地味で、言ってはなんだがショボい遊具が健在だ。
「今ではどこもかしこも派手なプラスチック製の複合遊具」
巧の言葉に、俺も頷いた。毎日自転車で通る道筋にある公園は一時工事中だったかと思えば、終わった頃にはその様相が、俺たちが遊んでいた頃とは一転していた。
「そう言えばそうだな。なんだかやけにけばけばしい色の、赤とか紫とか」
「ああ。赤とか黄色ならまだまあ……テレビの通販で売ってそうな感じは多少あるとしても、可愛らしいの範疇ですむのに、紫はさすがにびっくりしたな」
「俺たちの頃は、こんなくすんだ色の遊具ばっかりで、何の面白みもない鉄棒とか、登り棒だとか、雲梯とか、ブランコとか、そういうのばっかりだった」
入り組んだ構造であちらこちらから滑り台が出ている複合遊具でなくて、ただ単純な図形を組み合わせただけのそれがむしょうに楽しかったという、子ども時代の不思議。
「今の子どもたちはこんな遊具で遊んでいるのか……時代って変わるんだな」
巧がしみじみと言う。横顔に哀愁を漂わせて、時の流れは速いものだなんて十七歳の台詞ではない。
「俺たちは、言うならセピア色世代? 記憶の中の色彩はどうにも地味で惨め。それに、そもそも遊具なんかいらなかっただろ。木があればとりあえず登っとけ、みたいな」
この公園はまだ古めかしい方だけれど、後何年かすればここも立派に改装されてしまうのだろうか。十年前の自分が遊んだようなくすんだ色の、セピアがかった記憶の中の遊具。今の遊具は赤や黄色や紫が極彩色で並んでいて目に鮮やかだけれど、もしも俺が「公園」と言う言葉を聞いて頭に思い描き、なおかつ絵にまでしたいと思うのはセピア色がかった昔の公園の方だろう。
「ああ。今思えば秋野、お前って昔はアクティヴ通り越してアグレッシブだったよな」
巧がくつくつと笑う。
その笑い声がいつもと少し違うように聞こえて、隣に座る友人を俺はようやく振り向いた。彼とこうして顔を合わせるのは一ヶ月ごとが基本だ。毎日顔を合わせている美耶子や沢崎たちと違って、その間彼がどのようにして過ごしているかはわからない。
中学時代まで一番仲が良かった友達。学校が違うのはもちろん、その他諸々の事情を考慮しても身近で一番気安い関係、そのはずだけれど。
「最近、何かあったのか?」
「いや、別に。いつも通りだけど? いつも通り、つまらなくて楽しくてちょっと苛々することがあって……そのくらいだよ」
横顔が少し、疲れているように見えた。「そういう秋野は?」
「え? 別に何も……」
「その割には、何かここ入ってきた時苛々した顔してたぞ」
「……」
こげ茶の、これも最近の公園では見ないような古びたベンチの背もたれに体を預けて、酔っ払い親父のようなだらしない座り方をして思わず深く息を吐いた。風が涼しくて気持ちよい。でもそれは気候だけ、それを感じる体だけ。
「おいおい。おっさんかお前は。それで?」
「一、この前近所スーパーでぶつかったちっちゃい子から『お姉さん』って言われた。二、英語の中間テストが三十八点かっこ百点満点中、だった。三、部活仲間がコンクールに入賞した」
「一については、髪長いのもあるんだから一度切ってみれば? もしくは潔く諦めろ。二については、いっそ解決方法を俺も教えてほしい」
「同志よ」
「俺は四十点だけどな、八十点満点の」
「点数と言うかその前にまず満点の設定に突っ込みたい」
「うちの学校の先生に言ってくれ。俺が決めたわけじゃねぇ。それで、三つ目だけど」
巧は微苦笑、と言った表情を浮かべる。織香といい彼と言い、俺の周りにはこんな風な表情を浮かべる人間が多いんだな、と今気づいた。
「そんなに落ち込むなよ」
「落ち込んでなんか」
「落ち込んでるだろ? と言うより、落ち込んだり悔しがったりする自分を抑えようとしてる」
「……」
さすがに幼馴染の観察眼は誤魔化せない。なにせ巧は中学まで、ずっと俺の親友「的」ポジションにいた。
高校での友人も大事だけれど、それでも俺にとって、「あの頃」を知っている彼は特別だった。あの頃こそが、俺を誰よりも「俺」たらしめる原因なのだから。
「巧の方は何があったんだよ」
「聞いてもどうしようもないぞ」
「いいから言え」
「成績下がって第一志望に受かりそうにありません」
「……確かに、俺にはどうしようも」
「だから言っただろ?」
「……ごめん」
この場合は全面的に俺が悪い。色々な意味で。
せめてものお詫び代わりに提案する。
「受験終わるまで、会うのやめようか」
どこのカップルの会話だろうと思いつつ、告げた次の瞬間、強く腕を掴まれた。
「秋野。それ、本気なんだな?」
「あ、ああ」
巧の気迫に驚きつつも、自分で言ったことなのだから頷く。三行半を突きつけられたような顔で、彼は深く嘆息した。
「ああ……ついに、か。そりゃあ、いつかこんな話になるんじゃないかとは思ったけど」
「仕方ない。適当に受験して適当に進学する気の俺と違って、お前はちゃんとそれに将来を懸けてるんだから」
「この一時が俺の唯一の安らぎだってのに」
一瞬、お前今の高校にどんだけ友達いないんだとか思ったのは自主規制しておく。
「受験が終わったらまた会おう、巧」
「そうだな……絶対だからな。そのまま顔合わせないのが習慣になって二度と会わなくなるなんて、嫌だからな」
よくありそうなことだけに、笑えなかった。何かに縋るように、巧は言う。
「わかってるよ。俺もだよ」
これも一種のタイム・リミットの結果だろう。誰も逃げられない、いつか来る終わり。渋々と頷く巧に、何度も再会を約束させられた。