第24話「ヒダカアローズ」
谷田ノリヒサ 少佐
「!!」
思わず、声にならない声をあげてしまう。
『しまった』と心のなかで呻く。
思っていたよりも状況は悪い。
本当のコアは外側の偽物の部分に完全に覆われている状態だ。
「ありがとう。」
協力してくれたナイエにお礼を言う。
「にしても大変なことになったわ……」
「気のせいか妙に顔が赤いが体調は大丈夫か?」
「大丈夫。気のせいよ。きっと」
「分かった」
ナイエから一旦離れて目をつぶる。
どうするか。
それは簡単だ。
だれかがハヤブサの指向性シールドの援護を受けてコアに突入すればいい。
ただ、生還は期せない。
クラックゥのコアが破壊されてから本体が破壊されるまでの時間差は約1秒。
破壊されたコアの破片は辺りに飛び散る。
密閉された空間であるクラックゥの内側で破壊すれば、間違いなく内部に突入した人間にコアの破片が大量に降り注ぐ。シールドでは防ぎきれないくらいに。
その結果は目に見えている。
良くても怪我で坂東まで飛行できない。
最悪、その場で大量の出血による失血死かショック死。
生還は期せない。
これは作戦なんかではない。
ただの自殺だ。
それが戦争だと言えばそれまでだが、自分としては受け入れられない。
全員で生きて帰りたい。
もちろん、それに固執することで作戦に失敗する、あるいはさらに多くの犠牲を出すことになるのは知っている。
だが、この仲間を、失いたくない。
もちろん、何も失わずに先に進むことはできない。
だが、ここに留まることによって失われるものもある。
後ろに退くときも然りだ。
ならば、なるべく前に進むべきだろう。
雌伏し、失われるものを減らすために退くべきときもある。
だが、いまは進むべきときだ。というより、退く道は封じられている。
目を開き、周囲で休憩をとっている他のメンバーを見回す。
ハヤブサ、フタコ、レイコ、ライコ、ショウコ、シデンコ、ヒエンコ、そしてナイエ。
全員が自分と歳がいくばくもかわらない10代の少女だ。
そして、自分と違って彼女らには帰りを待つ家族がいる。
誰かが犠牲にならねばならないならば、犠牲にする人間はもう決まっている。
「よし、全員注目!!」
そういって手を打ち鳴らすと全員が談笑をやめ、こちらを見る。
美唄ナイエ 大尉
「!?」
思わず声になってない声をあげてしまう。
ノリヒサの固有魔法の超視力との合わせ技が写し出した本物のコアは外側のコアに完全に包まれていた。
「ありがとう」
「にしても大変なことになったわ……」
「気のせいか顔が妙に赤いが体調は大丈夫か?」
「大丈夫、気のせいよ、きっと」
「分かった」
恥ずかしさと危機感からノリヒサと目を合わせられない。
ノリヒサが離れるとおもわずへたりこんでしまう。
かなり状況はまずい。
今の状態でコアを破壊するには誰かがハヤブサの指向性シールドで援護を受けて偽物のコアに突入。
内部にある本物のコアに至近距離から攻撃を行って破壊という流れになるだろう。
ただ、それでは必ず突入した誰かが死ぬ。
良くて全身にコアの破片をうけて大怪我。結果、コアを破壊した後に空中に投げ出されて軟着陸できずに死亡。あるいは坂東まで飛行できずに以下省略。
最悪、その場で即死かショック死。
救いを求める気分でノリヒサのほうを見るとノリヒサは目を閉じ、眉間にシワを寄せて熟考モードになっている。
ノリヒサも何か打開策を考えているようだ。
あの状態のノリヒサに話しかけてもノリヒサは答えないのは分かっている。それに、自分が下手に一緒に考えて邪魔をするより、作戦立案に秀でたノリヒサが考えた方がいい結果になるだろう。
(どうするかね……)
目尻をぐりぐりと揉みながら考える。
もし、誰かが犠牲にならねばならないならどうするか。
それは決まっている。
自分が犠牲になる。
7年前、クラックゥにすべてを――家族、ふるさと、家、友達、先輩、後輩、そして他愛ない平和な毎日を――失ったあのときから死ぬならクラックゥの巣を破壊してからにしようと思っていた。
なら、今が死に時だろう。
ここにいる自分以外の全員――シデンコやショウコは扶桑にいる親戚がいるし、他のメンバーは父親や母親が生きているだろう――はみんな帰りを待つ家族がいる。
自分にはいない。
自分なら死んでも悲しむ人はいないだろう。
他のメンバーは自分が死んでも悲しまないだろう。
航空機動歩兵として空を飛ぶ限り、自分が死ぬことや、目の前で仲間が死ぬことは覚悟できているはずだ。仲間が死んだ経験は、何度もある。
ならば、自分が死んでも問題はない。
ノリヒサがなにか、誰も死ななくて済むような作戦を考えつかなかったら、自分が突撃する。
「よし、全員注目!!」
そう腹を括ったのと同時にノリヒサが手を打ち鳴らした。
国分ライコ 中尉
「よし、全員注目!!」
ノリヒサが手を打ち鳴らす。
「おっと。」
レイコと話すのをいったんやめ、顔をノリヒサの方に向ける。
「コアを破壊するための作戦を発表する。……まず、概要説明だ。一名が山口一曹の指向性シールドによる援護をうけてコアに突入。内部にある本物のコアを破壊する。その他のメンバーは敵襲に備えて指向性シールドを展開していよ山口一曹を護衛。護衛の指揮は美唄大尉。そして…」
そこでノリヒサはいったん言葉を切った。
「そして、コアには自分が突入する」
「ほ、ほぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ノリヒサが突入することを言ったとたん、ナイエがものすごい音量で叫んだ。
耳鳴りがするぐらいに。
「びっ……美唄大尉!?」
ノリヒサは耳を押さえながら目を白黒させている。
ナイエが叫んだりノリヒサが目を白黒させたりなんか珍しいことが連続している。
「あのね!!死ぬわよ!!そんなことしたら!!」
「ああ、分かっている。覚悟のうえだ」
ナイエの言葉にノリヒサはどこか哀しそうな顔をしてうなずく。
クラックゥはコアが破壊されてから本体が破壊されるまでのタイムラグは平均1.21秒。
体当たり攻撃が余り推奨されていないのは、このタイムラグのせいでクラックゥの内部という閉鎖空間でコアの破片を至近距離から大量に受けてしまうためなのだ。
クラックゥの巣にもそれが適用できるとしたら――
突入した人間がどうなるかは言うまでもない。
クラックゥの巣のコアはおそらく、下手なクラックゥより大きいだろう。
つまり、ノリヒサは死ぬ覚悟だ。
「なら私が行く!!死ぬのは私が死ぬ!!」
「いやこういうときは自分だ!!」
「私が行く!!」
「こういう作戦しか思いつかなかったのは私だ!!その責任は私にある!!」
「あなたは帰りを待つ家族はいるでしょう!!なら私がいく!!」
「それはそっちもだろう!!自分が行く!!」
「なに!!私が行く!!死ぬのは私だけでいい!!私が死ぬ!!私なら」
ノリヒサとナイエがものすごい勢いで怒鳴りあいだした。しかも論点は完全にどちらが死ぬかだ。
「二人ともおちついて…」
「自分が突撃する!!」
「私が行く!!あなたは報告して!!美唄大尉はクラックゥに撃墜されましたと!!」
ヒエンコが仲介に入ろうとしたらノリヒサとナイエに怒鳴られた。
ノリヒサとナイエの目が完全に据わっている。
その目にはだ冷徹な理性とそれが導きだした結果があるだけだ。
ただ、二人ともどこか悲壮感がある。
二人とも死ぬ気だ。
普段から二人とも出世や名誉には興味がない。ノリヒサに至っては勲章を断ったうえに田舎の部隊に転属したぐらいだ。
二人とも死んで英雄になりたがるタイプではない。
どちらも現状を把握したうえでの合理的な判断の結果を主張しているように見える。
もしかしたら何か、どうしてもそうしたい理由があるのかも知れないが。
「私が逝く!!」
「逝くのは自分だ!!おまえみたいなエースを無駄に死なせるわけにはいかん!!」
「あなたも十分エースよ!!半年で20機撃墜の時点で!!私が逝く!!優秀な指揮官で空戦に長けたあなたとだったら私が逝ったほうが人材の喪失の被害は少ない!!」
「いやそっちのほうがトータルでは優れている!!」
「いやトータルで良い人間よりあなたみたいにずば抜けて高い作戦立案能力を有する人間のほうが貴重よ!!」
「作戦が立案できても書類が書けなくては意味がない!!事務能力も大事だ!!」
「根本的に作戦を思いつかなかったら書類が書けても意味がない!!」
「自分が着任する前はうまくやってきたのだろう!!1155年上半期の被害は軽症含めてゼロじゃないか!!」
「なんかお互いに誉めあっているだけでは…」
ヒエンコがぼそりとつぶやく。
「…シュール」
ショウコがデザートイーグルを持って周囲を見回しながらつぶやく。
「少佐とナイエさんがあんなに感情を露にするのってまれなのでは…」
「確かに」
ハヤブサの言葉に坂東52式超電磁機関銃を持って周囲に敵がいないか辺りを見回していたフタコが頷く。
たしかに的を射ている。
「どういうことなの…」
シデンコは呆れてものが言えないようだ。「どういうことなの…」と言ってはいるが。
「というか他の人が突撃するという選択肢は…?私とか。」
「この様子じゃないだろうな…」
レイコの言葉に肩をすくめながら答える。
あの様子ではその選択肢は頭から抜け落ちているか初めから考えていないかのどちらかだろう。
「私が死ぬ!!この唐変木!!」
「なんだと!!この貧乳!!」
今度はノリヒサとナイエの悪口の言い合いなった。
ノリヒサとナイエが悪口を言い合う光景というのはかなりシュールだ。
というか論点がずれまくっている。
「このムッツリ突撃男!!」
「なんだと!!この黒髪ロング!!」
「この朴念仁!!私が突撃する!!」
すると、ノリヒサが右手でナイエの胸ぐらを掴んだ。
ナイエがノリヒサの右手だけで持ち上げられる。
「いや!!自分が逝く!!美唄大尉は帰投の指揮だ!!」
そう言ってノリヒサがナイエに向かってどなりつける。
「これは上官命令だ!!」
ノリヒサがナイエに向かってこの半年間、一度も口にしなかった言葉を叩きつける。
するとナイエは無言で首を振り、小さくつぶやいた。
「私が、突撃する。名誉とか、そんなの、関係ない」
その口調は、どこか、自分自身に言い聞かせるようだった。
「いや、自分が突撃する…これは、命令だ」
首を振ってからノリヒサはナイエの胸ぐらから手を離す。
それから、集まっているメンバーを見回してから口を開いた。
「こんな作戦しか思いつかなかったのは、自分だ。それに、私は少佐だ。今ここにいる人間のなかでは最も階級が高い。つまり責任者だ。責任者は責任をとるためにいる。作戦の責任は自分のものだ。だから、自分が突撃する」
それはどう見ても詭弁だった。
「しょ、少佐…」
「り、陸戦型クラックゥの大部隊を確認!!こちらに向かってきています!!」
ハヤブサの言葉を遮るかのようにフタコが叫んだ。
「状況開始だ!!異論は認めん!!山口一曹!!援護しろ!!美唄大尉!!後は任せた!!」
ノリヒサが一気に離陸し、魔法粒子がきらきらと光った。まるでノリヒサの覚悟のように。
「あっ!!少佐!!」
ハヤブサがあわてて指向性シールドをノリヒサの前に展開する。
「全員!!国分中尉を半径5メートルの円形で囲む。山口一曹は国分中尉の脇から突入を援護」
ナイエが指示を出すと全員が自分を中心として円をつくり、外側に向かってそれぞれの武器を構えた。
谷田ノリヒサ 少佐
目の前にシールドが展開される。
表面になにも表示されていないシールドが2枚重なる。
クラックゥのコアがぐんぐんと迫る。
ガギン!!
シールドがコアの表面に食い込み、火花が散り、急に止まったせいで体に強烈なGがかかり関節が悲鳴をあげる。
ヘッドセットの有機モニターに『警告:エンジン過剰出力。過魔力によるエンジン損傷のおそれあり。』という表示が現れる。
その表示を眺めながらふと考える。
……本当に、これでよかったのだろうか?
もっと、いい策はなかったのだろうか?
指向性シールドを展開して援護している山口一曹――いや、ハヤブサは祭り好きで調子に乗りすぎるきらいがあるが、根は真面目で優しい。かなり坂東にいる枕崎に似ている。兄妹だと言われたら信じてしまいそうだ。
もしかしたら、ハヤブサは帰還した後に悩むかもしれない。
彼女が第2の能力を発動させなかったらこの作戦は成立しなかったのだ。
つまり、自分が死ぬのに彼女は間接的に手を貸したとも言えるのだ。
もしかしたら、今、彼女に人の命をかけた重すぎる無理強いををしているのかもしれない。
ガン!!
その疑念を打ち破るため、エンジンの出力を最大にし、アフターバーナーを吹かす。
2機の海星重工 マ49魔導ターボファンエンジンが咆哮し、推力が2倍になる。
その結果、シールドがどんどんコアに食い込んでいく。
ついに、体の半分がコアに食い込んだ。
「いっけぇぇぇぇぇ!!49式!!」
紅い空間で叫ぶと、マ49の出力が一気に上がった。
ががががががががががが!!
めきょめきょめきょめきょ!!
ぞりぞりぞりぞり!!
めりめりめりめりめりめり!!
破砕音と何かが引き裂かれる音のハーモニーのなかを突き進んでいく。
目の前に展開された二重のシールドがコアの偽物の部分を破砕し、火花を散らせていく。
有機モニターに表示された時速は60キロ弱。
内部に侵入して2分ほど経ったが、まだ本物のコアが見えない。
すると、唐突に開けた空間に出た。
同時にハヤブサの指向性シールドも消える。
目の前には大きく、紅いコア。
形は正20面体で、六角形の一辺は50メートル弱。
いまいる空間は目の前のコアと外側の偽物のコアの隙間のようだ。
高さは10メートル以上あるが、周りが紅いせいか閉塞感がかなりある。
有機モニターと顔の間に指をいれ、眼鏡を持ち上げる。
固有魔法の超視力が発動する。
コアの表面を舐めるように確認するが、透視するときの“揺らぎ”がない。
間違いない、これが本物のコアだ。
49式機関砲の安全装置を解除し、銃口を本物のコアに向ける。
いつもの癖で空対空照準器をのぞきこむ。
この機関砲の引き金を引けば、自分もすぐに死ぬ。
逡巡は、一瞬もない。
その一瞬以下の間にさまざまなことと人の顔が脳裏に浮かぶ。
孤児院のあった街がクラックゥに襲われたとき。
ゲリラ時代。
アシカガ作戦。
魔力の発現。
ヒダカアローズへの配属。
ハヤブサ、フタコ、ヒエンコ、ライコ、レイコ、イチコ、シデンコ、ショウコ、ナイエ。
さようなら。
49式機関砲の引き金を引く。
ドドドドドドドドドドッ!!
25×110ミリ弾が10発、コアに叩き込まれ、同数の薬莢が吐き出される。
思わず目をぎゅっと閉じる。
次の瞬間、網膜の奥まで赤くなった。
美唄ナイエ 大尉
「HK21A片方貸してください!!」
ヒエンコに声をかけられて、止まっていた自分の時間が動き出した。
気がつくとノリヒサがいない。
なにやら集中しているらしいハヤブサ以外のメンバーはライコを中心にした円周上にそれぞれの武器を構えて周囲を油断なく見回している。
「あれ?谷田少佐は?」
シリングを外し、片方のHK21Aをヒエンコに渡しながら訊ねる。
「え……突撃しましたよ、コアに……」
気まずそうにヒエンコは目をそらして口をほとんど動かさずにつぶやいた。
だが、そのつぶやきははっきり聞こえた。
「え」
思わず息を漏らしてしまう。
「えええ」
それは、すぐにとめどめなく漏れだす。
「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」
一気に肺のなかの空気を全て吐き出してしまう。
「ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ、ぜぃ」
だが、肺のなかの空気を全て吐き出した反動で新しい空気が肺を満たし、頭が冴えていく。
どうしようもない。
ノリヒサは突撃した。
ここで自分が突撃するのは無駄だ。
そして陸戦型クラックゥが接近してきている。
なら迎撃するまでだ。
まだ時間の余裕はある。
固有魔法の三次元空間把握は調子が悪いため、こういった建物が密集した場所では普通、役に立たない。
だが、さっきの爆発のおかげで周囲の建物が崩れたり穴があいたりしてそれなりの距離まで見える。
「バリケードを作るわ。そのなかで防戦を行う」
緩んできていた飛行鞄のベルトを締め直しながら指示を出す。
こちらには怪我人が何人もいる。
しかもこちらのとりあえずの勝利条件はノリヒサが巣のコアを破壊するまで持ちこたえればよいので、防戦に徹する。
しかも周囲には崩壊したビルの残骸が転がっていてそれを運べる力を持った人間が何人もいる。
これならバリケードを作ってそのなかから攻撃したほうが良いだろう。
死ぬのはもう少し先のばしせざるを得ないようだ。
「ショウコ、武器はある?」
「……調達済み」
ショウコに聞くと、ショウコは妙に見慣れた筒を見せてきた。
「えっと…なに?」
「……久留米さんから調達した。M72 LAW」
「なるほどね。バックファイヤには気をつけて」
M72は単発使い捨ての対戦車ロケットランチャーだが、ショウコの第2の能力は「無限弾薬」だから問題ないだろう。
ハヤブサはコアに突入したノリヒサを指向性シールドで援護するという重要な役割を担っているので直接戦わせるわけにはいかない。
「ナイエも手伝って!!」
「分かった!!」
ヒエンコに呼ばれ、あわててバリケードをつくるのに参加する。
やがて崩れかかったビルの角から丸っこい陸戦小型クラックゥが現れる。
「全員、状況開始!!」
指示を出すと全員が武器を構え、一斉に引き金を引いた。
同時にクラックゥも実弾兵器を発射し始める。
が、実弾兵器はバリケードのコンクリートとシールドに弾かれ、こちらに被害を与えない。
陸戦小型クラックゥの搭載した実弾兵器は人類の兵器だと37ミリ短砲身カノン砲ぐらいの威力だ。
その程度ならシールドで弾くことができる。
陸戦小型クラックゥの表面に白い煙が上がる。
丸っこいいかにも弾を弾きそうな装甲も魔力を帯びた弾の前にはたいした意味はない。
次の瞬間にはコアを破壊され、崩壊する。
完全にクラックゥが崩壊する前にさらに陸戦小型クラックゥが現れる。
「……どいて」
ショウコがバリケードから身をのりだし、チューブを伸ばしたM72を構える。
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
バシュ!!
10発以上が機関銃のような速度で立て続けに放たれ、クラックゥにめり込んだところで66ミリHEAT弾の信管が次々と作動。高熱のガスがクラックゥのコアを破壊する。
そのクラックゥの残骸を乗り越えてやってきたクラックゥが前触れもなく崩壊した。
次の瞬間、視界を白い光が塗りつぶした。
国分ライコ 中尉
「?」
気がつくと、体が宙に浮いていた。
足元にはどこかの都市が広がっている。
体がぐんぐんと下降し、気がつくとブロック塀に挟まれたどこかの住宅街の道路にいた。
「わははは、谷田先輩、それはないでしょ~」
「…本当の話だ。あ、枕崎!!」
すると、角から楽しそうにしゃべるノリヒサとハヤブサが出てきた。
「(*´∀`)ノ」
さらに、ノリヒサから枕崎と呼ばれた青年が近くの家の門から出てくる。
「顔文字で挨拶しないでください…」
「(;>_<;)」
「顔文字で謝るのも以下省略」
「(・∀・)ノ」
ハヤブサが呆れていると、枕崎の出てきた家の隣の家の門から出てきたのは……自分だった。
「国分先輩もやめてください…それ」
もしやと思い、ハヤブサの前に立つとハヤブサは何事もなかったかのようにすり抜けた。
(…幽霊のようなものか?)
どうやらハヤブサやノリヒサ、もう一人の自分には自分が感知できないようだ。
特にやることがあるというわけではないのでノリヒサやハヤブサ達の後をつけていくことにする。
「やぁ」
すると、シデンコが近くのブロック塀を乗り越えて現れた。
「……本が読みづらい。」
シデンコの後からショウコが本を読みながら現れる。
「おはようございます。」
さらに、レイコが近くの家の屋根の上から挨拶をしてくる。
スカートだが、そのしたにブルマをはいているためパンツは見えないのがミソだ。
そして、腰のベルトにつけられたホルスターとマガジンポーチがチャームポイント。
「おはようでぐっもーにんですー」
レイコが屋根から降りてくる間に、弓を持ち、矢を背中の容器に入れたヒエンコが生垣のなかから現れた。
さっきからまともな場所から出てきた人が少ない。
「おはようー」
続いてナイエがアパートの窓からロープを使って降りてくる。
ヒダカアローズの面々が揃ったかたちだ。
そこでふと気がついた。
全員がなにかの制服を着ている。
ノリヒサと枕崎は学ラン。
他のメンバーはセーラー服だ。
ほどなくして、目の前に建物が見えてくる。
中央に円柱状の建物、その左右に四角い建物がついている。
ノリヒサ達が門をくぐる。
門の脇には『笑坂学園』と書かれたプレートがついている。
「おまえは、この世界に行きたいか?」
突然、頭のなかに声が響いた。
思わず立ち止まる。
「おまえは、この世界に行きたいか?この世界にはクラックゥもいないし、生命の危機にさらされることもない。仲間もいる」
さらに、たたみかけるようにその声は言葉を続ける。
「望むなら、すぐにでもこの世界に移動させるぞ」
脇をセーラー服の一団が通りすぎ、桜の花びらが舞う。
今さら気がついたが、どうやら春のようだ。
「繰り返す、この世界に行け。生命の危機もない、銃を持って戦うこともない、平和そのものだ」
頭のなかに響く声は繰り返す。
「平和だぞ。おまえの望む平和だ。戦う必要もない。悪いことは言わない、この世界に行け」
「だが断る」
その声に対してきっぱりと断る。
「何故だ?平和だぞ。おまえが渇望している平和だぞ。友達や親戚が爆撃で死ぬこともない。辛い過去もなくなるぞ。」
「断る。過去も……自分の一部だ。」
頭のなかに響く声に対して否定を重ねる。
あの過去。
自分の親友が、被弾したヘリから投げ出され、地面に叩きつけられ、ただの肉塊になる瞬間。
目に焼きつき、いまだに時折、夢に見る光景。
そして、九州の巣の出現から故郷を守りきれなかったことへの後悔、無力感、喪失感。
圧倒的な力に対する恐怖、先の見えない未来への不安。
しかし、それも自分の一部だ。それがなかったら、今の自分にはならない。
だから、きっぱりと断った。
「過去も自分の一部だ。だから、断る」
次の瞬間、周りの桜が舞い散る光景にヒビが入った。
そして、砕け散った。
気がつくと、コンクリートでつくった即席バリケードのなかで地面に突き立てられた鉄骨に寄りかかって座っていた。
そして、頭上のコアが消えていた。
@???
12月2日北海道標準時刻0855時
???
「これは間に合ったというべきか間に合わなかったと言うべきか…」
虚空に表示されたモニターの前で、金髪の少女が頭を抱えていた。
「C-システムはうっかり自動行動モードにすると解除に時間がかかるからなぁ…はぁ」
少女の前のモニターには第109歩兵団のメンバー全員の名前が書かれ、その横には『りふゅーざる』と赤い文字で書かれている。
「こりゃもう1回交渉の場を設けなきゃなぁ…どうやって再結成させるか…」
金髪の少女はぶつぶつと呟きながら顔を上げ、虚空に表示されたモニターにもう1度目を通して顔色を変えた。
第109歩兵団の隊員の名前の横におのおのの状態が書かれている、そのうち、谷田ノリヒサの横に書かれた状態が『だいいんぐ』に変化していた。
金髪の少女の前の何もない空間にキーボードが出現し、金髪の少女は猛スピードで100文字以上あるパスワードを打ち込み、管理者権限を発動させてC-システムに介入、強制的に谷田ノリヒサに治療を行わせる。
エラーが発生。
モニターに『わーにんぐ:エネルギーポータルが付近にありません』と表示される。
金髪の少女は別なモニターを右側に出現させ、そのモニターに表示されたトウホクガッシュウコクミヤギシュウセンダイエキ付近の地図をタッチして座標を設定、メニューから『C-システム、エネルギーポータル生成』を選択。サブメニューから『EP-14』を選択し、『EP-14を指定座標に生成しますか?いえす/のー』のいえすをタッチ。
それから正面のモニターにタッチし、強制的に谷田ノリヒサを治療させる。
谷田ノリヒサの状態が『だいいんぐ』から『なうとりーてぃんぐ』に変化する。
(意外に、希望があるかもしれない)
その文字を眺めながら金髪の少女はふと思った。
彼女ら、いや、彼と彼女らは、C-システムが出した懐柔策を迷いもなく拒否したのだ。つまり、彼と彼女らは、そこまでこの世界には絶望していないということだ。一番、絶望していそうだった谷田ノリヒサと、美唄ナイエさえも。
これから、彼と彼女らには、この世界の人類の、この世界の命運を背負わせることになる。多分、彼と彼女らにこの世界を滅亡させるスイッチが託されることもあるだろう。そんなとき、彼と彼女らのリーダーである2人がこの世界に絶望していたら、まずい。
初め、コンタクトを他の『候補』に変えようかと考えた。しかし、それらの『候補』は適性の問題こそクリアしているものの、指揮官に問題があるものも多かった。
なぜなら、どうしても指揮官にかなりの状態把握能力、そして常識を疑う力など、それなりの能力を要求される。そして、その要件を満たしたのはいくつもあった候補のうち、第109歩兵団と、坂東のある部隊のみだった。そして坂東ではどうしても勝手な行動はしづらいということが分かったので、それを『第2候補』にして、第109歩兵団を第1候補にしたのだ。結果的に、それで成功した。
しばらくするとモニターの表示が『治療、レベル1完了。レベル2に移行しますか?いえす/のー』に切り替わった。
金髪の少女は少し迷ってから『のー』をタッチ。強制介入を終了させる。
@坂東帝国茨城県北茨城市高萩駐屯地
12月3日坂東標準時刻0718時
その日、坂東帝国軍高萩駐屯地は異様な気配に包まれていた。
前日――12月2日に突然クラックゥの動きが止み、高萩駐屯地の北、約20キロ程度の地域から先を覆っていた瘴気と電磁嵐が消滅したのだ。
しかも、同様の事態は東北戦線の栃木県側、さらには北海道側の津軽戦線でも発生していた。
突然の事態に12月2日の間ずっととりあえず航空戦闘部(空軍)が偵察機を飛ばし、上層部で会議が行われた結果、クラックゥに何らかのトラブルが発生し、一時的に戦線を後退させた、という結論に至った。
その機会を逃さず反攻作戦を行うこととなり、それの開始が12月3日、BST(坂東標準時刻)0900時となった。
その作戦開始直前のピリピリした駐屯地に、北方から小型の飛行体が複数接近してきていた。
《メーデー、メーデー、こちら日本連合軍北海道方面軍第3航空集団第109歩兵団、ヒダカアローズ。緊急着陸を希望。負傷者複数名、うち1名は意識不明。繰り返す、メーデー、メーデー、こちら日本連合軍――》
その飛行体は友軍機を示すIFFコード、「コード1」を発振しながら救難信号を繰り返し、低空を飛行していた。
すぐに高萩駐屯地に展開していた航空機動歩兵2個分隊約20名が離陸、確認と誘導を兼ねて飛行体に接近する。
数分後にはその飛行体は肉眼及び通信により、第109歩兵団であることが確認され、緊急封鎖されていた滑走路に誘導される。
同時に、野戦病院では対処できない怪我の人間がいることも確認されたため、後方の設備の整った病院に移送するためにCH-47チヌーク輸送ヘリ、坂東帝国軍での制式名称は14式輸送ヘリと衛生兵が滑走路に近い誘導路で待機する。
そんな状況の中、第109歩兵団は順に着陸していき、ヘリに乗せられていった。
日本列島歴1155年12月10日、日本標準時刻1200時、日本連合軍によって正式に東北の巣の壊滅が宣言され、ここに日本列島歴1141年から14年にわたって続いた戦闘が、終了し、東北に平和が戻った。
その歓喜の中、第109歩兵団を初めとする、東北の巣に対抗するため坂東、北海道に展開していた部隊の解散がひっそりと宣言された。