第22話「爆撃の都市」
国分ライコ 中尉
「上空に爆撃型クラックゥ!!こちらに向かって降下してきています!!」
「トンネルに逃げ込め!!」
ノリヒサはそう叫ぶと、地面を蹴り、同時に飛行鞄のアフターバーナーを吹かし、線路に沿って猛スピードですぐ先にある駅に向かって――正確にはその先にある地下鉄のトンネルの入り口へと向かっていく。
ナイエとハヤブサ、ヒエンコが一瞬遅れてそれに追従する。
雲を切り裂いてクラックゥが現れる。
細長い胴体に前進可変翼。
爆撃型クラックゥだ。
瞬間的に、時間が引き延ばされ、全ての動きがスローモーションになる。
シデンコが第2の能力の瞬発力を発動させ、トンネルに向かって猛スピードで逃げる。
一瞬遅れてショウコも追従。
トンネルに向かって2筋のアフターバーナーの航跡が去っていく。
空を見ると爆撃型はそのままこちらに降下してくる。
降下角度45度。高度2500。速度300。
こちらを舐めきっているのか、それとも気がついていないのか、速度を上げないで接近してきている。
クラックゥの下部が開く。
そこから何かがパラパラと落ち、こちらに向かってきているのがス ローモーションで見える。
「爆弾が投下された!!急いでトンネルに退避!!総員、トンネルに退避ー!!」
ノリヒサの叫びで我に返る。
地面をありったけの力で蹴り、アフターバーナーを吹かす。
さらに、エンジン出力を最大に。
SAKURA-14Cに搭載された3機の鉈航空機MF28魔導エンジンが咆哮し、350kgの推力で体に強いGがかかり、一気に速度が上がる。
駅のホームを柱やベンチ、『富沢』と書かれた駅名標などの障害物をよけながら突っ切る。
ホームを抜けると、体勢を立て直し、約600メートル先のトンネルの入り口へと急ぐ。
「がっ…!!」
至近距離で爆弾が爆発。
爆風に煽られバランスを崩しかけるがぎりぎりのところでバランスを立て直す。
「しまった…!!」
ヘッドセットの有機ディスプレイに『警告:中央エンジン停止、左右エンジン出力最大90%まで低下』という赤い文字がおどっている。
後ろを振り返りってエンジンの状態を確認したいがそうもいかない。
そのまま真っ直ぐに地下鉄のトンネルに突っ込む。
「ストーップ!!」
その直前に入り口に立っていたノリヒサが手を交差させたのを見て、あわてて体を起こし、足を突きだし、エンジンの出力を下げる。
車輪を出すとすぐに速度が下がり、コンクリート製の地面に車輪が着地する。
「テッカリ点けて」
前方からヘッドランプを点けたノリヒサがやってくる。
ヘッドランプをつける。
ヘッドランプの明かりに照らされて暗闇にノリヒサと、その後ろに停まっている地下鉄の車両が浮かび上がった。
さらに顔を動かすとハヤブサとショウコもいた。
ふと暖かい風を感じてトンネルの出口のほうを振り向く。
トンネルの外は爆発で真っ赤になっている。
その光でトンネルの壁が赤く照らされている。
その光に照らされたハヤブサとショウコが一瞬、全身血まみれに見えてぎょっとする。
爆風はトンネル内にも吹き込み、入り口から少し離れたここでも頬に熱風を感じる。
「そちらに飛び込んだメンバーは?こちらは沼田大尉、国分中尉、山口一曹だ」
「こちらは遠軽中尉と仙石中尉、日本橋大尉の3人」
ノリヒサは支柱を介して隣接している隣のトンネルにいるナイエとトンネルの中に逃げ込んだメンバーの確認をする。
「ということは久留米少尉がまだか……」
「ふぅ…」
ノリヒサの言葉に思わず壁に手をつく。
ふとノリヒサの方を振り向く。
すると、テッカリの光に照らされたノリヒサに意外なことが起きていた。
ノリヒサの目から、透明な光るものが一粒落ちた。
それが次々と落ちていく。
「え…」
あまりに意外すぎるノリヒサの姿にその場にいたハヤブサとショウコも絶句している。
ノリヒサは声こそあげなかったが、――泣いていた。
ノリヒサは地面に膝をつき、顔を手で覆って泣いている。
おそらく、ノリヒサはフタコがほぼ確実に死んでいることが分かっているのだろう。
そんな状態がしばらく続いたが、突然、トンネルの入り口で爆発。
その炎のなかから人間の形をしたものが飛び出す。
その僅かに炎を纏った人形はトンネルに入ったところでバランスを崩し、トンネルの壁に激突。
シールドとコンクリートがこすれあい、火花が散る。
その人形は魔法粒子の青い光とオレンジ色の火花を撒き散らしながらハヤブサの真上をそのまま通過し、さらに、少し先に止まっていた地下鉄の車両の正面のガラスを豪快に突き破り、さらに客室と運転席を仕切る壁の窓を突き破って客室に飛び込んだ。
「なにがあったの!?」
「久留米少尉が停止していた地下鉄車両に突っ込んだ!!ヒエンコは先頭車両にいる模様!!火傷のおそれあり!!仙石中尉を派遣してくれ!!」
「わかった。仙石中尉を向かわせる」
「頼んだ!!」
ノリヒサは平行しているトンネルにいるナイエと会話を交わすと、列車の正面にある非常口から車両に乗り込もうとして……飛行鞄の主翼が引っ掛かった。
「しまった…」
列車からいったん降り、ノリヒサは器用に主翼を根元から折り畳む。
ノリヒサの使っている49式艦上戦闘鞄22型は艦上機として使うために主翼を根元から折り畳めるのだ。
もちろん、着艦時に使うためのアレスティングフックやカタパルト発艦をするために降着装置も頑丈にできている。
ノリヒサに続いて、身をよじりながら車内に入る。
けっこう格好悪いが、SAKURA-14シリーズは艦載は考えられていないので主翼を折り畳むことができないため、こうせざるを得ないのだ。
普段なら垂直尾翼を壊してしまう危険があるのだが、今は垂直尾翼がどこかにいってしまってないので問題はない。
「うわぁ…」
ガラスが飛び散った運転室から客室に入ると、ノリヒサのテッカリの光のなかでフタコが頭から血を流してうつぶせに倒れていた。背中の飛行鞄も主翼が半分吹き飛んでいる。
いや、頭からだけではない。右腕からも出血している。
骨折した右腕にギブスがわりに巻かれている包帯も赤く染まっている。
さらに、ビニール製の床にも傷口からあふれた血が溜まり、テッカリの光を不気味にぬらぬらと反射している。
北九州空軍の士官用制服もあちこちが破れ、そこから傷がのぞいている。
「フタコ!!大丈夫か?」
ノリヒサの問いかけにヒエンコは答えない。
意識がないようだ。
ノリヒサは素早くフタコから飛行鞄を外し、仰向けに。
そして顎を持ち上げて気道確保。
ノリヒサはこういったことには慣れているのか、さらにフタコの手首に指を当てて脈を確かめたり胸の上下を見てフタコの呼吸があるかを確かめている。
「よし、呼吸はある」
ノリヒサは頷くとフタコの制服のボタンを上から1つづつ外しはじめた。
制服の上着を脱がすとさらにYシャツのボタンを外し始める。
「…え?」
ハヤブサの呆けたような声を無視してノリヒサはフタコのYシャツを脱がすとさらにスカートも脱がせる。
完全にフタコは下着だけになり、普段は制服に隠されてわからないが意外に大きい胸が見えるようになる。
ノリヒサはフタコが下着だけになると立ち上がり、フタコの全身を確認しはじめる。
どうやらフタコの怪我の有無を確かめているらしい。
一目でわかるくらいフタコの怪我はひどい。
あちこちに打撲傷や内出血がある。そしてその傷は服からのぞいていた腕だけでなく、胴体にもたくさんある。
見たところ20は下らないだろう。
しかも、フタコの意外に豊かな胸を覆うブラには赤い染みができている。顔は額の傷からあふれた血でまるで安っぽいゾンビのように血塗れになっている。
右手に巻いている包帯が赤く染まっているのは額からの出血と胴体からの出血のせいで、どうやら右手は無事なようだ。
ただ、左腕にやや大きい金属片が刺さって出血している。
しかも、テッカリの光だけでは確認できない範囲もある。
見たところ火傷はしていないようだが、間違いなく重症だ。
「久留米少尉!!応答せよ!!フタコ!!」
ノリヒサはフタコの止血点を押さえながら必死で呼びかけている。
「フタコの様子は!?」
「心臓と肺は無事。呼吸はしている。ただ、意識がなく、額、右腕、右足と胸から出血、体のあちこちに打撲と内出血。数は腹側だけで10以上。左腕部に金属片が突き刺さって出血」
レイコが緊急医療キットを持って列車の運転室から現れる。
どうやら緊急医療キットを用意するのに時間がかかったらしい。
ノリヒサは緊急医療キットを受けとると、フタコの左腕の破片を抜き取り、素早く止血し、包帯を巻いた。
その間にレイコがヘッドセットを外し、膝立ちになって目を閉じる。
そしてフタコの傷だらけの体に両手をかざす。
レイコが治癒魔法を行使したことにより周囲に散布された魔法粒子の青い光が辺りを照らす。
ノリヒサがヘッドランプの灯りを点ける。
魔法粒子が放つ青い光とノリヒサのヘッドランプのLEDがフタコの傷口を照らす。
みるみるうちにフタコの傷がふさがっていき、内出血も消えていくいく。
と、突然そのペースが落ち、青い光も弱くなった。
「……これ以上は、厳しいです」
「わかった。ありがとう。中尉」
「んん…」
「お、意識を取り戻した。あまりしゃべらないほうがいい。さっき血を吐いてた」
「あ、わかりました。…でも服は着させてください。なのであっちを向いてください。パンツじゃないから恥ずかしくないとか関係ないです。というかパンツです」
「ん、了解した」
フタコの真っ当すぎる要求にノリヒサも真っ当に答え、ヘッドランプの光が車両の外側を照らす。
ノリヒサは非常口から素早く出ていった。
谷田ノリヒサ 少佐
泣いてしまった。
あの時の――もう泣かない、もう護るべきものを持たないという誓いを破ってしまった。
別に破ったからといってどういうことはないのだが、自分にとってショックだったのはフタコ――久留米少尉がほぼ確実に死んでいるという結論が自分の中で出たとき、自然に涙が出てきたことだった。
涙が出るのは悔しい時、悲しい時、たまに嬉しい時、とにかく感情に大きな変化があった時である。ということは知識としては知っている。知っているだけだ。あとは目にごみが入った時。これは砂埃が舞うような戦場ではちょくちょく経験したことがあるが、泣くと形容できるほどは出ない。
昔――10年以上前は確かにそういう時に泣いたことはある。はずだ。
だが、涙が出てきた時、まず感じたのは戸惑いだった。
自分は悲しいとも感じてなかったし悔しいとも思わなかった、嬉しいという発想は全くもってなかった。ただ、この戦力が著しく制限され、怪我人も抱えた状態では1名の喪失でも痛い。ただそう思っただけだった。
しかし泣いたことは事実だ。
「少佐、全員、車両から脱出し終えました」
いつのまにかライコ達が自分の前に整列していた。正確には、5つのテッカリの灯りが見えるだけだが。
左から順に自分のテッカリで顔を照らしていくと、順に久留米少尉、仙石中尉、国分中尉、沼田大尉の顔が浮かび上がった。
「久留米少尉、怪我は大丈夫か?」
「大丈夫です、問題ありません」
フタコの声とともに一番左側のテッカリの灯りが大きく上下に揺れる。
「よし、まずは隣のトンネルに移動、合流後、進軍を開始する」
「了解!!」
5つの頼もしい声を受けてから、隣のトンネルに移動し始める、