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第20話「間隙の都市」



@北海道共和国U109歩兵団基地―沖合

12月1日北海道標準時刻1830時

〈こちらヒーロー(救難隊のコールサイン)リーダーだ。定時報告を求む〉

〈こちらヒーロー1、要救助者は確認できず〉

〈こちらヒーロー2、要救助者は確認できず〉

〈こちらヒーロー3、要救助者は確認できず〉

〈こちらエスコート1、要救助者は確認できず〉

〈こちらエスコート2、要救助者は確認できず〉

〈こちらヒーロー16、要救助者は確認できず〉

〈こちらヒーロー17、要救助者は確認できず〉

〈こちらヒーロー18だ。要救助者の機体のものと思われる垂直尾翼を発見。マーキングは南九州空軍(九州連邦共和国桜島学園臨時政府航空軍)のものと日本軍(日本連合軍)のものが併記。部隊は日本連合軍第109歩兵団と南九州空軍の第10歩兵団のもの。アローズ基地、確認求む〉

〈こちらアローズ基地、浦幌三等軍曹。それは当基地所属の国分ライコ中尉のものと思われる〉

〈こちらヒーローリーダー。捜索区域を変更。尾翼が発見された地点を起点に捜索を行う〉

〈ヒーロー1、了解〉

〈ヒーロー2、了解〉

〈ヒーロー3、了解〉

〈エスコート1、了解〉

〈エスコート2、了解〉

〈ヒーロー16、了解〉

〈ヒーロー17、了解〉

〈ヒーロー18、了解〉




@東北合衆国宮城州名取市閖上(ゆりあげ)―防空壕内

12月1日北海道標準時刻1756時(列島標準時刻1726時)


谷田ノリヒサ 少佐


「「いただきます」」

 「いただきます」を全員で唱え、レーションのパックを開ける。

 同封されている味付け用の食塩をふりかけ、レーションにかじりつく。

 塩辛い涙にも似た味が口のなかに広がる。

 全員、飛行鞄を外し、今は非常時用の魔力増幅器を身に付けているだけである。おかげで背中が軽い。

 東北での戦いを終わらせられるかもしれない。その可能性に対して未練を捨てられなかった。

「はぁ……」

 不十分な情報を基に作戦を開始させ、その結果作戦の失敗、味方への被害をもたらした自分への嫌悪感で気が重くなる。

 しかも場の雰囲気はかなり重い。

 作戦が失敗したからだ。

 それがさらに自己嫌悪を引き立てる。

「…デブリーフィングを始める」

 重すぎる雰囲気のなかで立ち上がり、デブリーフィングの開始を宣言すると、防空壕の暗がりの中、白熱電球の明滅する光に照らされ、妙に光ったメンバーの目が一斉にこちらを向く。

 その中で、包帯の白さが妙に暗がりから浮き上がって見える。

 幸い、犠牲者は出なかった。

 ただ、フタコが右腕を骨折し、ヒエンコが左足を骨折。

 ライコは右肩を脱臼。

 それ以外のメンバーも打撲などのケガをしていて無傷な者はいない。自分も、足を打撲したし、何ヵ所か切り傷や擦り傷ができた。

 この状態で戦闘を行うのは不可能だ。

 しかも、ハヤブサの報告によるとコアは100メートルから30ミリが直撃してもなんの影響もないときている。

「まず、今回の作戦は……失敗した。明朝0800時、坂東に向かって飛行を開始する」

 途中でクラックゥと遭遇したら空戦は避け、逃げに徹するしかないだろう。

「繰り返す、坂東までを敵中突破する」

 その結論をもう一度口に出す。 そのとき、右腕を吊ったフタコが口を開いた。

「あのコアは真下にビームを撃てない。そして、衝突したとき、シールドに表面が削られた」




国分ライコ 中尉


「あのコアは真下にビームを撃てない。そして、衝突したとき、シールドに表面が削られた」

 フタコがそれを口に出したとき、ノリヒサは彼にしては珍しくぽかんとした顔をした。

「ほぇ?」

 ノリヒサの間抜けな声が防空壕の中で妙に大きく響いた。

 全員が沈黙しているため、遠くでクラックゥがおそらく自分達をあぶり出すために行っている爆撃の音がかすかに響く。

「そ、それは本当のことなの?久留米少尉?」

「あ、はい。確かにこの目で見ました。ナイエさん」

 たまらずにフタコに尋ねると、フタコは間髪を入れずに頷きかえしてきた。

「………………」

 それを見たノリヒサは急にぐるぐると半径50センチ程度の円を描くように同じ場所を回り始めた。

「………………日本橋大尉!!」

 ぐるぐると同じ場所を回り続けていたノリヒサが無言でレーションを咀嚼していたヒエンコに呼び掛ける。

「はい~。なんでしょうか少佐~」

 微妙に間延びした口調でヒエンコがそれに応じる。

「クラックゥの高射砲の場所がわかるか?」

「あ、大体なら。ちょっち待ってください」

 ノリヒサの無茶ぶりに対してヒエンコがデジタルカメラを取りだし、カチカチとなにやら操作を始めた。

「通常タイプはここと、ここと、ここと、ここの4箇所です」

 ヒエンコはノリヒサが広げた地図(途中で拾ったものである)を電球の真下に持ってくると、地図上の4箇所を示した。

「意外に数が少ないんだな…」

 ノリヒサはその4箇所を順番に指で叩きながらなにやら考えているようだ。

「ただ、実弾高射砲型が大量に配備されています。見たところ、コアを中心とした半径2キロの円上に無数に設置されているようです。あと、ビームの弾幕が激しく感じたのは、高射砲の速射性がかなり向上したためのようです」

 ヒエンコはくるりと地図の上に細い指先で仙台駅を中心とした円を描いた。

 ノリヒサが順番に指で叩いた点もその円上にある。

「で、問題なのはこの先です。少佐、この画像を見てください」

 ヒエンコがデジタルカメラのモニターをノリヒサに向けた。

「む……」

 すると、ノリヒサの表情が一気に渋くなったのが白熱電球の灯りの下でも見えた。

 横からモニターをのぞきこむと、そこには教材のビデオや画像で見たことがある特徴的な形のクラックゥの上部がはっきりと写っている。

 この部隊の記録係としての務めを果たしている。しかも、結構な腕だ。

「1000ミリ級実弾高射砲型クラックゥです。確認できたものだけでも10基はありました。他には460ミリ級と改200ミリ級、改88ミリ級なども少なく見積もって各50門づつ。また、改150ミリ級に酷似した口径不明のものが10基弱。これは毎分60発近い速射性能があります」

 迎撃部隊から偵察部隊に転属になっても困らないレベルでの詳細な報告をするヒエンコ。

「1000ミリ級が10基に150ミリ級の新型、しかも速射性に優れたのが10基か…」

 その報告にノリヒサの眉間に大量のシワが寄る。

 1000ミリ級実弾兵器高射型は推定口径1000ミリ、推定最大射高25000m、推定毎分10発の射撃速度を持つ現在までに確認された実弾兵器高射型として最大の口径を持つ。

 初めて確認されたのは1148年で、拠点などの防空に用いられ、弾丸は他の実弾兵器高砲型と同様、近接信管は確認されておらず、時限信管と思われる方式で、一定距離飛翔すると消滅する。

 1000ミリ級といえば、人類が保有したことのないクラスの超々大型砲だ。そんなものが直撃、いや、近くで炸裂しただけでもシールドでは防ぎきれないダメージを受けるだろう。

「ただ、近未来予測による“勘”ではコアを破壊せずに坂東に向かって飛行した場合かなりの高確率で撃墜されます。ただし、真っ正直(・ ・ ・ ・)からコアを破壊に向かった場合コアに到達できるのは数名のみですが。もちろん、低高度から侵入した場合、あるいは陸路で接近した場合もです」

「むむむむむ…」

 ヒエンコの報告にノリヒサの眉間にさらに大量のシワが寄る。

 つまり、どっちを選んでも隊員の大半は死ぬ。

 しばらく眉間にシワを寄せたままノリヒサは地図を見つめたようにしながら固まった。




谷田ノリヒサ 少佐


「むむむむむ…」

 ヒエンコの言葉は正に絶望的な物だった。

 ヒエンコの「近未来予想」は時が先になればなるほど不確定性が高くなり、当たらなくなる。現状で信頼し得るレベルの予測が出来るのは数秒後までぐらいだ。

 ヒエンコもそれを知っているから、よっぽどのことでない限り予測の結果を口には出さない。

 だが、ヒエンコが口に出したということは、ヒエンコがそれがかなり不確定性の低い、つまりそうなる可能性が高いと解ったものだということだ。

 どうするか。

 巣の近くのクラックゥの防空網は低空付近が盲点のようだ。

 そこをどうにか上手く衝くべきだろう。

 極端な低高度からコアに接近し、真下から魔力を直接ぶつけるか?

 いや、ヒエンコの言葉もそれも考慮したものだ。

 いっそのこと高度がゼロ以下の場所を飛べれば楽なのだが。

 高度がゼロ以下ということは地下だ。流石に航空機動歩兵といえども、地下は飛べない。この戦術は駄目だろう。

 クラックゥの巣のコアは旧仙台駅上空にある。交通の要衝だから周囲には建物が多いはずだ。それをうまく盾にすれば。

 いや、駄目だ。ビルは今の爆撃や接近した時の反撃でかなり破壊されている可能性が高い。それに盾になるかも怪しい。

 自分が最も得意な戦法はゲリラ戦法だと思っている。なぜなら、自分にはゲリラ戦法に関しては他の戦術よりも付き合いが長いからだ。

 そして、機動歩兵はゲリラ的な戦い方に向いている。

 どうにかしてこちら側の得意なフィールドに引き込めるか。そこにかかっている。

 ゲリラの最大の強みは、その機動力、フットワークの軽さだ。

 神出鬼没こそがゲリラの真髄である。

 重要な拠点や制圧目標、あるいは支援する部隊の弱いところに気付かれずに接近して叩く。それをどう行うか。

 クラックゥの爆撃が近付いてきたのか、低い震動が少しずつ大きくなってきているが、ここは地下にある防空壕だからよっぽど運が悪くないかぎり死ぬまい。

 地下?防空壕?

 地下でも充分な長さのある空間があれば航空機動歩兵も飛べるはずだ。

 地下の空間なら発見されないのではないか?少なくとも、地上よりは発見されにくいはずだ。

 防空壕、地下貯水地、地下駐車場。どれも充分な長さがないし、連続してない。それづたいにコアに接近できるかも怪しい。できれば、鉄道や道路ができるくらいの連続した空間ができればいい。だとしたら、地下道路か、地下鉄、地下通路だ。

 地図に目を走らすと、白熱電球の灯りに照らされた地図上で、「仙台市営地下鉄」の文字が仙台の郊外から中心地へと伸び、仙台駅を通っている。これを使えば、コア直下に出れるだろう。

 地下鉄のトンネルが崩れていたら?

 その可能性は低いだろう。地下は爆撃やクラックゥの攻撃には抗甚性が高く、生き残っている可能性が大きい。

 だとしたら、だとしたら。

「日本橋大尉、地下鉄を利用してコアに接近した場合は?」

「それは、……っく、くぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 ヒエンコに地下鉄を利用して侵入した場合の成功する可能性を聞くと、突然ヒエンコが頭を押さえて苦悶の声をあげ、のたうちだした。

「だ、大丈夫!?」

「そんな頭痛で大丈夫ですか!?」

 ヒエンコの小さな体がのたうち始めたのを見たナイエとライコがあわててヒエンコに駆け寄り、他のメンバーも不安そうにそれを見つめる。

「だっ…大丈夫だ、問題ない。一番良い予測を…頼む」

 ヒエンコはしばらくのたうっていたが、すぐに立ち上がった。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。ただ、頭に大量の情報が流れ込むような気分になっただけです」

 ヒエンコはそう言って大きく頷いた後、目を見開いた。

「少佐…最高です。その作戦です!!」

 ヒエンコはまるで興奮したかのように顔を紅潮させ、早口にまくし立て始めた。

「近未来予想ではかなりの高確率で安全にコアに到達できると出てます!!そうですよ!!低空が駄目なら地下に潜り込めばいいんですよ!!地下万歳ですよ!!総統閣下が地下壕に隠れたのは正しい選択だったんですよ!!」

「なんだそりゃ」

「パンがなければ米を食べればいいんですよ!!」

「マリーアントワネットは日本人かい」

「青函トンネルを使って反攻しかけりゃいいんですよ!!」

「その発想は多分あった」

「チハたんばんじゃいですよ!!」

「坂東☆ハイスクールかい」

「オブイーエクトですよ!!」

「それT-72」

「地下鉄万能説ですよ!!」

「それなんてシムシティ」

 ヒエンコが早口でまくし立てる言葉にライコが素早く突っ込みを入れていく。

 ヒエンコがまくし立てる言葉には若干関係なさそうなことが混じっていたが、つまりは高確率で安全にコアに到達できるということだ。

 なおもまくし立てようとするヒエンコを制し、なるべく全員に聞こえるように宣言した。

「明朝、北海道標準時刻0630時より作戦を行う。これより、その説明を開始する」



@東北合衆国宮城州名取市閖上―防空壕

12月1日北海道標準時刻1945時


谷田ノリヒサ 少佐


 防空壕の壊れた場所から頭を突きだし、外の様子を伺う。

 外は瘴気の雲を無視したかのような星明かりに照らされ、目が慣れると外の様子が見えるようになってくる。空を見上げると、瘴気の雲があるにも関わらず、満天の星空だ。

 30分ほど前まで爆撃型クラックゥがこの周囲を散発的に爆撃していたが、この地域にはいないと判断されたのか、めぼしい建物を破壊しただけで去っていった。建物の少ない郊外だったのが幸いしたのだろう。建物が密集してる地域だったらシェルターが倒壊した建物の下敷きになって閉じ込められる可能性も十分あった。

 視界には爆弾で吹き飛ばされた家や大穴が空いた地面が広がっている。

 かつての故郷――いや、今も故郷はこの状態のままだ。

 11年前、列島歴1144年から、ずっと。

「…っ」

 軽く頭を振り、そのことを頭から追い出す。

「敵影なし。就寝。明朝の起床は0550時」

 就寝を宣言し、白熱電球を消すと飛行鞄に内蔵されていたテントにも寝袋にも、パラシュートにもなる多用途防水布にくるまり、眼鏡を枕元に置く。

 基本的に自分はどんな場所でも、どんな姿勢でも眠れる。そういう訓練を受け、それができなければ眠れない――つまりは生き残れないような任務をしてきたからだ。

 目を閉じる。




美唄ナイエ 大尉


 ノリヒサは就寝を宣言するとすぐに穏やかな寝息をたてだした。

 ぼんやりとした星明かりに照らされたノリヒサは驚くほど無防備で、まるで無邪気な幼子のようだった。

 思わずノリヒサの手を握ってしまう。

 そして、気がついた。

 ノリヒサの手には無数の傷が刻まれている。

 長い間激しい戦闘が行われている地域にいる陸上機動歩兵のそれと似た、陸上で長い間、戦闘に身を置いた人間の手だ。

 自分の記憶が間違ってなければノリヒサはだいたい3年前に士官学校を卒業したはずだ。そして、ノリヒサは航空戦闘部――つまりは空軍の士官だ、

 普通、機動歩兵でない空軍士官は前線では戦わない。ましてや、陸戦を経験することは稀だ。

 それに、ノリヒサの手は3年やそこらでできる手ではない。10年近く戦い続けた人間の手だ。

 どうしてこんな手になったのか、ノリヒサがどんな人生を歩んできたか、自分はそれを知りたい。

 彼のことをもっと知りたい。そう思っている。

 たぶん…これは恋だ。

 自分は、ノリヒサのことが好きだ。

 でも、このことは自分の胸の中にだけしまっておこう。

 ここは戦場、彼は上官で指揮官、自分は部下。

 部隊が生き残るために彼が自分を切り捨てねばならないことも、逆に自分が彼を切り捨てねばならないこともある。指揮官はそういう、非人間的なことも時には必要になるのだ。

 それを躊躇わせてはいけない。一瞬の迷いが、部隊を全滅させることもあるのだから。


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