第1話「転属の基地」
@北海道共和国日高沖―坂東帝国軍海上戦闘部(坂東海軍)第1艦隊所属改御嶽級巡洋艦1番艦「御嶽」甲板上
日本列島暦1155年7月3日北海道標準時刻0600時
「おい、ありゃあ航空機動歩兵じゃないか?」
甲板でワッチをしていた水兵が空を見上げ、傍らのニキビ面の同僚をつつく。
「だろうな。鳥にしちゃあ速すぎるし、なにより――ここは奴らの勢力圏のすぐそばだ」
つつかれた同僚も空を見上げ、台詞の後半は声を小さくして答える。
奴ら――クラックゥは約20年前、列島歴1135年2月1日に扶桑国新潟県に突如姿を現した。
そして、人類に対する攻撃を始めた。
ありとあらゆる生物に死をもたらす瘴気を吐き出し圧倒的な戦力でたちまち新潟県を支配した。
その圧倒的な力の前に人類のありとあらゆる兵器は、まともに対抗できなかった。
派遣された国連軍のF-117が拠点に攻撃を仕掛けようとして迎撃され、撃墜された。「ステルス技術」はクラックゥに対しては無意味だった。
新潟めがけて同時刻に着弾するように発射された無数のICBMはことごとく迎撃された。クラックゥの光波攻撃、「ビーム」は世界のどんな国の対空防衛システムよりも強力だった。
当時、世界最強の機動力を持つとされたソ連のSu-27「フランカー」すらクラックゥの機動力に追随できなかった。クラックゥの機動力は人類の戦闘機を遙かに上回るものだった。
ありとあらゆるミサイルはクラックゥをロックオンできなかった。――空気摩擦による熱でもロックオンできるAIM-9Lサイドワインダーも、レーダーに映った相手を追いかけるタイプも。
国連軍のM1エイブラムズが100メートル――戦車戦では至近距離だ――から放った劣化ウラン弾はクラックゥを撃破できず、逆にクラックゥは5000メートル以上先からM1の正面装甲――もっとも装甲が厚い部分――を貫いた。
そんな絶望的な戦況の中、誕生したのが機動歩兵だった。
第13番染色体にあるとある遺伝子、いわゆる「魔法因子」の発現により「魔力」といわれる特殊エネルギーを操ることができる人間――それはなぜか7~20歳の少女たちに限られた――が魔力を増幅する装置を装備して戦う。
そして、魔力は人類が保有する数少ないクラックゥに有効な対抗手段であった。
ある者は魔力を使って推進力を得る空戦兵器「飛行鞄(Flying Unit)」を背負って孤独の空を舞い、ある者は魔力を使って地を駆ける陸戦兵器「走行椅子(Ground Unit)」を装備して不毛の地を駆け抜ける。
クラックゥの出現から20年がたち、各地に出現したその超大型拠点、「巣」によって世界が分断され、日本列島の各国が日本連合を結成した今も彼女らは人類の最後の希望、人類が人類であるための最後の砦であり続けている。
「いやはや、早朝から訓練か……大変だね」
ニキビ面の水兵はそれだけつぶやくとついでといわんばかりに空を仰ぐ。
彼が見上げた空には灰色の雲が広がり始めていた。
「眠い……」
そのころ、「御嶽」の上空を二人の航空機動歩兵が飛んでいた。
片方は青いジャージにセミロングの髪で、角ばった機関銃を構え、その斜め後ろ、2番機位置にいるもう一方の少女は髪をツインにまとめ、ベルト給弾方式に改造したブルパックタイプの重突撃銃を構えている。
角ばった機関銃を構えているのは九州連邦共和国桜島学園臨時政府航空軍第10歩兵団所属、現在は日本連合軍北海道方面軍第3航空集団第109歩兵団「ヒダカアローズ」に出向中の国分ライコ中尉。重突撃銃を構えているのは東北合衆国解放軍所属でやはりヒダカアローズに出向している仙石レイコ中尉。
「にしてもなんでこんな時間帯に護衛なんか……ぶつぶつ」
〈んなこといったってしょうがないでしょ……ふぁ〉
文句たらたらのライコをその斜め後ろを飛ぶ僚機のレイコがヘッドセットに搭載された通信機越しになだめつつあくびをする。レイコも眠いようだ。
〈それにあなた、昨日ゲームを日付が変わるまでやっていたでしょう?〉
「うぐ……そ、そういえばとうとう補充員が来るらしいね!」
レイコにおもいっきり事実を言い当てられたライコはあわてて話題を逸らす。
〈そいうえばそうね……確か変わった名前の人だったっけ?〉
「そうそう、谷田ノリヒサ……だったはず。階級は少佐だから隊長になるんだろうね」
〈にしてもなんか聞いたことあるような名前よね……〉
「それもニュースで……」とかなんとかつぶやいているレイコを完全に無視してライコはあくびをし、小さくつぶやいた。
「やっぱり眠い……」
@北海道共和国日高沖―坂東帝国軍海上戦闘部横須賀級揚陸艦3番艦「川崎」飛行甲板
7月3日北海道標準時刻0620時
「ふう……」
坂東帝国軍航空戦闘部(坂東空軍)所属の谷田ノリヒサ少佐は小さいトランクを持って甲板に出るとつぶやいた。
谷田ノリヒサの兵種は航空機動歩兵である。
しかし、谷田の外見は明らかに男子のそれである。事実、彼は男である。
しかし魔力が行使でき、航空機動歩兵として空を飛べる。
もともと坂東帝国軍の士官であった彼は自らが発案し、数ヶ月ほど前に行われた大規模な作戦において撃墜され、その時に突然魔力が発現したのである。
原因は不明。だが、さまざまな理由から軍の上層部に煙たがられていた彼は上層部によって航空機動歩兵に兵種を変更され、北海道にある日本連合軍のあまり重要でない部隊に出向することになっている。
つまり、体のいい左遷だ。
もっとも、谷田はたいして出世や昇進に興味はないのでそれに対して何も感じていない。
そして、谷田がわざわざこの時間帯に甲板に出てきたのはその部隊が駐留する基地に移動するためである。
配属先は実戦部隊。
谷田にとってその事実はそれ以上でもそれ以下でもなく、それに対して何も感じていない。
ただ敵に向かい、敵を倒す。死のリスクもある。
そして、谷田にとって新たな配属先はそういう程度のイメージしかない。
ノリヒサは自分が乗るべきヘリが甲板の端にいることに気づくと、傍らに置いていた小さなトランクを持ち、そちらへとゆっくり歩いていった。
ヘリが離陸したのはそれから5分後のことだった。
@北海道共和国U109歩兵団(日本連合軍第109歩兵団)基地―屋上
7月3日北海道標準時刻0704時
長い黒髪で灰色の詰襟、灰色のタイトスカートの少女が小島を無理矢理拡張し、その上いっぱいに造られたU109歩兵団基地の3階建ての本部棟の屋上で手すりにもたれかかり、南の方を眺めていた。
海からの風が彼女の長い黒髪を揺らす。
彼女は北海道共和国空軍第2歩兵団第25中隊所属で、日本連合軍第109歩兵団隊長の美唄ナイエ特等大尉。
「あ、来た来た」
彼女は日本連合軍第109歩兵団と近くの浦河基地所属の日本連合軍第108歩兵団が共同で連絡機として使用しているHUH20が現れたのを認めると、制服の乱れを素早く直し、本部棟の中に消えていく。
本部棟の管制室で通信下士官の浦幌三等軍曹が着陸しようとするヘリと交信を始める頃にはナイエは滑走路のヘリスポットの脇に立っていた。
(男の航空機動歩兵ねぇ……)
ゆっくりと着陸を始める2重反転ローターのHUH20を眺めながらナイエはぼんやりとその中に乗っているであろう航空機動歩兵に思いを馳せる。
日本で――もしかしたら世界で唯一の男の「魔女」。
どんな人物なのだろう。
彼が航空機動歩兵になったのは数ヶ月ほど前で、その前は部隊の指揮官をやっていたという。
その間、士官学校の入学から5年――少尉任官からたった3年半程度で少尉から少佐、実に3階級も昇進している。
機動歩兵はわりあい昇進が早いが、普通の士官はそこまで早く昇進しない。
そんな普通士官なのに機動歩兵並――それどころか機動歩兵より早い昇進をしているということは相当に部隊指揮官として優秀なのだろう。
そしてそんな優秀な人材がこんな田舎の日本連合軍のたいして有名でない部隊――たいがい、さほど優秀でない航空機動歩兵が派遣される――に出向することになった事情も気になる。できれば本人に聞いてみたい。
ナイエがそんなことを考えているうちにHUH20はガスタービンエンジンの轟音を響かせながら海に突きだした滑走路上のヘリスポットに着陸した。
側面のドアが開き、中からその航空機動歩兵は出てきた。
その姿を見た時、ナイエは一瞬自分の目を疑った。
どこかうすぼんやりとした顔。古風な黒縁の丸眼鏡の奥に光る目も、どこを見ているのかいまいち分からない。
ヘリのローターが生み出すすさまじいダウンウォッシュに煽られているが、髪は一見してあまり手入れをしていないことが判る。
控え目に言っても優秀そうでない雰囲気。18歳のはずなのにくたびれた中年のような雰囲気を醸し出している。
だが、間違いないようだ。彼の肩には少佐の階級章が光り、胸にはいくつかのリボン・バーがついている。
ということは、彼が谷田ノリヒサ少佐だろう。
彼は小さな――生活の場を移すにしては本当に小さなトランクを持っている。どうやら私物は少ないらしい。
整備兵たちが彼の飛行鞄が固定された整備ユニットをヘリから降ろし、格納庫にしまうとHUH20は上昇して、基地の上空で旋回をしてから東へと飛び去っていった。
その轟音が消えた頃、軍に5年いるだけあって彼は見事な空軍式の敬礼をし、名乗った。
「坂東帝国軍航空戦闘部第117師団第11分隊所属、谷田ノリヒサ少佐、日本連合軍北海道方面軍第3航空集団第109歩兵団『ヒダカアローズ』に着任しました」
@北海道共和国U109歩兵団基地―本部棟廊下
7月3日北海道標準時刻1031時
「……とまあ、基地の案内はこれで終わりです。書類関係の引き継ぎは午後までにやっておきますが、それでよろしいでしょうか?」
谷田は最後に残った管制室を案内し終えた美唄特等大尉が引き継ぎの確認をすると、それに大きくうなずく。
「ええ、そこまでやっていただき、ありがとうございます……それにしても変わった構造の基地ですね」
谷田は書類仕事は苦手なのでその厚意に甘えつつ、基地を見た率直な感想を述べる。
日本連合軍北海道方面軍日高基地。略号、U109歩兵団基地。
乙型航空基地に分類され、駐留するのは第109歩兵団及びそれに付随する整備班、通信員のみ。
事前に読んだ書類ではそうなっていた。
事実、規模はそれに見合ったものであった。
しかし、構造は一風変わったものであった。
もともとは小島か岩であったものを埋め立てて拡張したであろう島の面積いっぱいに基地の本部棟と航空機動歩兵が居住する第1居住棟、倉庫、小さなグラウンドが設けられ、滑走路はそこから突堤のように東側の海に突きだしている。整備兵らが寝起きする第2居住棟は橋で結ばれた対岸に建っている。
格納庫は本部棟の内部にあり、射撃場とPX代わりの自販機コーナーはその地下、本部棟の屋上に航空管制室がある。
どこが特に変わっているというのではなく、全体的に変わった構造をしているのである。
「えぇ、もともとその場しのぎの丙型基地だったのを東北の――」
ジリリリリリリッ!!
谷田の先を歩く美唄特等大尉が説明するのを遮るように基地全体にサイレンが鳴り響いた。
「敵襲のサイレンです!!作戦準備室に急ぎましょう!!」
美唄特等大尉がそれまでのゆっくりした歩調を止め、駆け足で作戦準備室に急ぐ。
谷田も駆け足でそれを追った。
「全機発進!?谷田少佐も!?」
〈はい、上層部(日本連合軍北海道方面軍司令部)が全機発進し、坂東海軍の艦隊の援護をせよと〉
(上層部はなに考えてるのよ……)
ナイエは上層部のどう考えても現場のことを理解してない命令に頭痛すら覚えながら壁に内線電話を戻す。
「敵は中型3機。現在、坂東艦隊に接近しています。全機発進し、これを撃墜せよとのことです」
ナイエはどうしようもない上層部のことは諦め(そもそも、上意下達を基本とする軍隊には末端組織に拒否権はないも同然である)、メンバーのほうに向きなおり、簡単な状況説明をする。
データリンクを介して送られていくる敵の位置などの情報は壁のモニターに表示されている。
現在、坂東艦隊に接近しつつある敵編隊は100以上。
旗艦を勤める揚陸艦「川崎」から発進した航空機動歩兵が迎撃に向かい、RMCS(電探・誘導弾統合システム)を搭載した護衛の御嶽級や改御嶽級、江戸川級巡洋艦もミサイルで迎撃を行うだろう。
しかし、「川崎」飛行隊所属の航空機動歩兵はあまり多くないし、乗っているであろう航空戦闘部所属の航空機動歩兵は出撃できない。なぜなら、彼女らは狭く、移動する船に着陸するための教育を受けていないし、船への着陸は「制御された墜落」と言われるほで難しい。少なくとも、ぶっつけ本番でできるものではない。
RMCSは自艦のセミアクティヴ・フェイズド・アレイ・レーダーとデータリンクで敵を探知し、自艦あるいは他のRMCS搭載艦のイルミネーター素子でミサイルの終末誘導を行うため、飽和攻撃に弱いという欠点がある。
しかも、ミサイルの大半は途中で撃墜されるなどして目標に命中するのはあまり多くない。
これが人間対人間の戦いならそのような飽和攻撃は現実的ではないだろうが、何しろ相手は人ではない、クラックゥである。
現に100個以上の編隊、機数にして300以上が坂東艦隊に向かっているのである。
「特等大尉?特等大尉?」
「はわっ!?」
気がつくと、谷田少佐が作戦準備室の入り口でこちらを心配そうに見ている。
いつの間にか他のメンバーがいなくなっている。
「美唄特等大尉、体調でも悪いのか?」
「い、いや、なんでもないわ」
どうやらいつの間にか考え込んでしまっていたらしい。
ナイエは軽く頭を左右に振って頭を切り替える。
出撃し、敵を倒す。
いつもの出撃と一緒だ。
「ちょっと考え事をしていたので」
ナイエは谷田に適当な言い訳をしつつ、作戦準備室を飛び出し、向かいの整備室に駆け込む。
整備ユニットに固定された自機のHK21-3Aの外部に異常がないかを目視で素早く確認、ベルトに腕を通し、長さを調節して体を固定。
整備ユニットのサイドテーブルのように張り出した部分にある液晶にタッチ、魔導エンジンを始動。
――左右ともにタービン回転数、上昇中
――魔力増幅装置、正常に稼働中。増幅率、500%
――左右ともに魔力供給、問題なし
異常がないことを確認しつつ、武装を装備していく。
主武装としてドイツのヘッケルコッホ社製の汎用機関銃、HK21Aが2挺、近距離用武装としてカッターナイフ、副武装としてHK USPを装備する。
ナイエは三点シリングで飛行鞄のベルトと結んだ2挺のHK21Aを持ち、予備弾倉と医療キットが入ったポーチ、USPのホルスターを腰に巻き、4本のカッターナイフはすぐに出せるようにベルトに挟む。
次に通信機を内蔵したヘッドセットを着け、喉頭式マイクを喉に着ける。
戦闘機でいうHMDの役割とバイザーの役割を兼ねる薄水色がかかり、透明で薄い有機モニターを下ろすと、準備完了だ。
〈全機、発進準備ヨロシ〉
〈風向、3時から9時、風速1ノット!!〉
整備班長と管制室から報告。
ほぼ無風状態。天気は晴れ。最適のコンディションだ。
しかし、谷田少佐から発進許可がでない。
「……谷田少佐?発進許可を」
〈あ、そうか自分が出すのか……全機、発進!〉
谷田少佐が発進許可を出す。
まず谷田少佐が整備ユニットのロックを解除、整備室の大きく開いた入り口と直結した滑走路で加速し始める。
谷田が離陸すると次はナイエだ。
エンジンをアイドル状態にしたまま整備ユニットのロックを解除。
HK21-3Aが整備ユニットから解放される。
整備室の入り口から内部に引かれたオレンジ色の点線の右側に移動。
ナイエは扶桑国軍航空部第104航空隊所属の日本橋ヒエンコ大尉が左斜め後ろにいることを確認。
「ヒエンコ、発進準備は大丈夫?」
〈大丈夫だ、問題ない〉
ヒエンコは指を立て、異常なしを伝える。
「発進!」
体を前に傾ける。
ナイエはベルトに取り付けられたスロットルをMAXに叩き込み、エンジンの出力を最大に。
加速。
やや薄暗い整備室から明るい外に飛び出す。
有機モニターに表示された速度の値がぐんぐんと増す。
――時速50キロ
体を起こせばHK21-3Aはこの速度でも離陸できるが、まだ離陸せずに加速する。
――時速60キロ
滑走路の3分の1をすぎる。
――時速70キロ
離陸。
車輪から伝わっていた振動が消え、ふわりと体が舞い上がる。
体を起こし、エンジン出力を最大にしたまま空に駆けあがるように上昇。
それと平行してスイッチを操作し、車輪を格納。
さらに上昇しつつ、旋回。
基地上空高度1000メートルで待機していた谷田少佐と合流する。
眼下の基地ではナイエの幼なじみで、原隊も同じ沼田ショウコ大尉と、九州連邦共和国桜島学園臨時政府航空軍(南九州空軍)第10歩兵団所属の国分ライコ中尉が離陸するところだった。
@北海道共和国胆振県登別町―沖合50キロ
7月3日北海道標準時刻1040時
〈目標の纖滅を確認〉
谷田少佐が中型クラックゥの撃墜を確認する。
その通信を聞きながらナイエは谷田の実力に舌を巻いていた。
隊を3班に分けそれぞれが1機ずつの中型クラックゥを攻撃するようにする。
そして、間断なく攻撃を各班で加え続ける。
教本通りの理想的なまでの中大型のクラックゥに対する攻撃だった。
教本に書かれた戦法というのはかなりいい戦法であることが多いとナイエは考えている。
なぜなら、いくつもの戦いでその効果が実証された戦法であることが多いからだ。
もちろんそれが通用しない場合もあるが、的確に使うと、確実性が高いぶん効果も大きい。
奇策に頼らず、確実な戦法で敵を攻撃する。
そういう点において谷田は優れた指揮官であるとナイエは谷田の実力を評価する。
しかも、射撃などの腕も悪くない。少なくとも、新人としては花丸クラスだ。
とんでもない距離から撃ち始めたり、無駄弾をやたらと撃って弾切れになる、あるいは攻撃に集中しすぎて他のことに注意がいかなくなるというような新兵が陥りがちな状況に陥らず、十分に引きつけてから的確なところに未来位置を予測して必要最低限の弾丸を叩き込み、常に周囲への警戒を怠らない。恐らく、指揮官としての経験で何をすべきか分かっているのだろう。そして、胆力がある。
ナイエは場合によっては谷田のバックアップに手間をとられるかもしれないと思っていたが、これならその必要もないようだ。
ナイエがそんなことを考えていると、違和感がうなじから頭にかけあがった。
数は5つ。小さい。
自分たちより下方にそれはいる。
特に根拠があるわけではない、――ただの「勘」だ。
〈何かが……いる〉
その「勘」が告げていることを口に出そうとしたとき、誰かがつぶやくのが聞こえた。
〈何かがいる!おそらく下方!クラックゥが5機ほど!〉
谷田が叫ぶ。
それも、自分の勘と一致した内容を。
〈どうしたんです!?〉
扶桑国軍航空部第104航空隊所属の山口ハヤブサ一等軍曹が戸惑ったように叫ぶ。
〈いや……ただの、勘だ〉
それに対する谷田の反応に自分の中で衝撃が走った。
彼も「勘」を持っている。何十、何百という戦場を生き延びてきた兵士――いや、戦士が持つ「勘」を。
坂東では、前線での指揮を受け持っていたのかもしれない。
だとしたら、そこで、しかも、自分とあまり変わらない年齢で、機動歩兵でもないのに少佐まで昇進したことになる。
だとしたら掛け値なしに優秀で、強い。
ナイエが第一印象や基地を案内しているときの反応から作った谷田のイメージは「現場ではなく、後方の会議室からの指揮が得意そうで、運動が苦手であまり戦力にならなそうな人」だったが、これは「現場主義の優秀な指揮官で、戦闘能力も高い人」というものに書き換えるべきかもしれない。
〈美唄特等大尉、周囲を確認してくれ!〉
「了解」
谷田の要請に従い、自分の固有魔法、「全方位三次元探査・広域探査」を発動させる。
脳内に半径数10キロ以上の詳細な状況が流れ込む。
目を閉じ、自分たちの周囲にいる敵を探す。
(……いた)
すぐに敵を見つける。
自分たちから1キロ北上した場所を5機の小型のクラックゥ――おそらく、戦闘機型だ――が亜音速で西に向かっている。
高度は――10メートル以下。
そちらを見るが、有機モニターにはターゲットボックスが表示されない。
「目標確認。5機が1キロ北を亜音速で西に。ターゲットボックスは表示されず。艦隊はまだ探知してないものと思われます」
〈了解。迎撃に向かう〉
「了解」
〈〈了解〉〉
谷田を先頭にした逆V字型の隊形に変え、針路を北にとる。
もちろん、坂東艦隊への報告も忘れずに。
@北海道共和国U109歩兵団基地―谷田自室
7月3日北海道標準時刻2205時
ベッドに仰向けに倒れこむ。
バネが縮み、元の長さに戻ろうとして、その反動で谷田の体がベッドの上で跳ねる。
「よっと」
谷田は体を起こし、ベッドに腰掛けて窓の外を眺める。
窓の外には海が広がっている。
自分が失うものはない。
自分にあるのは作戦の立案能力、そして魔力だけだ。
谷田が部屋を見回すと、備え付けの机とクローゼットが目に入る。
そして持ってきたトランクが一つ、机の横に置いてある。
その上に1葉の写真。
写真には30人前後の子供――歳は、幼稚園にはいるかはいらないかぐらいから高校の卒業を目前にしていそうなぐらいまでと多彩だ――と穏やかに微笑む1組の夫婦が写っている。
日付は――1144年5月1日。
谷田はそれを無視して机に置いた書類をとるために立ち上がる。
部屋の電気を点け、再びベッドに腰掛けて書類に目を通し始める。
書類はこの部隊に所属する航空機動歩兵のパーソナルデータだ。
少し前まで行われていた歓迎会のときなどに全員から自己紹介は受けていたが、やはり各人のプロフィールを知っておくべきだと思い、データを印刷したのだ。
この部隊に所属している航空機動歩兵は自分も含めて10人。
自分がここに来たときに基地を案内してくれた長い黒髪の少女は美唄ナイエ。
階級は特等大尉、原隊は北海道共和国空軍第2歩兵団で、撃墜数は56。
中距離から近距離の戦闘を得意とする。
何事にもおおらか――というよりは大ざっぱそうなオーラを放っていたのは遠軽シデンコ。
階級は中尉、原隊は同じく北海道共和国空軍第2歩兵団で撃墜数58。
中距離から近接戦闘を得意とし、クラックゥの編隊に突っ込んで撃墜する戦法を得意とする。
歓迎会のときも始終無言で、首の振り方のみで意志を告げていたのは沼田ショウコ。
階級は大尉、原隊は以下同文で撃墜数は68。
使用武器のM134ミニガンの毎分3000発の発射速度を生かして弾幕を張り、中距離以下の速攻制圧を得意とし、一気に多数の敵を相手とすることも可能。
18歳にもかかわらず小学校高学年にも見える日本橋ヒエンコは扶桑国軍第104航空隊所属の大尉で撃墜数67。
こちらは主に遠距離からバレッタM82を使った狙撃を得意とするが、使用機体が優秀な格闘戦性能を有するFFU15だけあって中距離以下での格闘戦も比較的得意。
やや茶色がかった短髪で巨乳の山口ハヤブサは扶桑国軍第104航空隊所属で階級は一等飛行軍曹、撃墜数は40。
坂東40式対装甲ライフルでの急降下攻撃、一撃離脱を得意とするという。
その一方、非常に大きい坂東40式対装甲ライフルを装備しているが使用機体のFFU15はエンジンの出力が低く、坂東40式対装甲ライフルの3メートル近い長さのせいもあって格闘戦はあまり得意ではないようだ。
微妙に谷田に対してつんけんした態度だったのは仙石レイコ。
東北合衆国解放軍第2航空歩兵団の中尉で撃墜数は38。
近距離の格闘戦を得意とするらしい。
やや金色がかかった変わった髪の色と、色素が不足している感じの肌で全体的に不思議な人物という印象だった江戸川イチコは坂東帝国軍航空戦闘部第117師団所属で階級は少尉。どうやら8月の終わりぐらいまでいるらしい。
得意な戦法は装備する9連装ロケットランチャーでの速攻制圧。
比較的冷静で落ち着いた印象だったのは久留米フタコ。北九州臨時政府……正式には九州連邦共和国志賀島臨時政府の航空軍第5歩兵団の少尉で撃墜数29。
超電磁機関銃を使用し、中距離の射撃の他に固有魔法の魔力噴射を利用した援護も行うという。
青いジャージで髪はセミロングとあまり特徴のない国分ライコは南九州臨時政府……正式には九州連邦共和国桜島学園臨時政府の航空軍第10歩兵団の中尉で、撃墜数は34。
固有魔法は念動力だが、ほかのものに干渉できるほど強い魔力はないため、自身に干渉して変態機動をするという。主に中距離以下での格闘戦を得意とするという。
「そろそろ寝るか……」
谷田は各人のプロフィールに目を通し終えたので寝ることにする。
谷田はベットに横たわると、すぐに眠りに落ちた。
夢は見なかった。
この話だけ3人称です。2話からは1人称になります