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第17話「休暇の基地」



@北海道共和国胆振県苫小牧―北海道鉄道株式会社苫小牧駅1番ホーム

10月17日北海道標準時刻0907時


谷田ノリヒサ 少佐


「ふぅ……」

 基地の最寄り駅まで車で10分、さらにクラックゥが現れた後に実用化された蓄電池式の電車(Battery Train)に2時間30分揺られて雪化粧をした風力発電用の風車が目立つ苫小牧に到着した。

 今日、休暇をとって苫小牧までやって来たのは第2の能力の訓練をするのに、固有魔法のトレーニング法についての本を探すためである。

 ただ本を探すだけならインターネット経由で買えばいいのだが、中身を見て確認するのだとやはり実際に本屋で中身を確認するのが手っ取り早いというナイエの意見で苫小牧の本屋で探すことになったわけである。

「んんー!!」

 白いシャツに赤いスカートといういつもと変わらない服装のナイエが伸びをする。

「っと帰りの列車は…」

 帰りの列車の時刻をホームにある時刻表で確認する。

「12時22分の日高幌別行きか16時54分の日高幌別行きね。」

 どこからか取り出したメモ帳に列車の時刻をメモするナイエ。

「本当に列車が少ないな…」

 時刻表を眺め、ふと呟く。

 6時代、7時代、9時代、11時代、13時代、17時代、20時代は列車がなく、終列車は21時28分、始発は5時50分、1日で発車する列車は約10本だ。

 そのうち8時3分と10時17分、12時22分、16時54分、18時18分、21時28分の6本は基地の最寄り駅まで行くが、残りの4本は行かないようだ。

「まぁ、基地がかなり田舎のほうにあるから」

「確かに人家は周りにないね」

「なにしろ過去にエンジントラブルで近くの浦河国道に不時着したことがあるけど、その時何の問題にもならないで基地から救助が来るまで誰も通らなかったくらいだもの」

「そりゃまた…坂東じゃあ無理な芸当だ」

 そんなこと坂東でやったら始末書をあとでたっぷり書かなければならなくなるだろう。間違いなくおとがめなしはありえない。

 そもそも道路の交通量が多い坂東では道路に不時着ができるかすら怪しい。空襲警報発令中だと乗り捨てられた車も多いだろうし。

「まぁ、最寄りのコンビニまで100キロ近く離れているもの。さてと、本を探しにいきますか」

 このまま話を続けていては時間を浪費してしまうと判断したらしく、ナイエがバックから本屋の位置を書いたメモを取り出しながら階段のほうに歩いていく。



@北海道共和国胆振県苫小牧―北海道鉄道株式会社苫小牧駅

10月17日北海道標準時刻1221時


美唄ナイエ 大尉


「さぁて昼飯昼飯」

 ノリヒサが大きくLのマークの入ったロッテハンバーガーの紙袋を開ける。

 フライドポテトの香りがボックスシートに広がる。

「おぉ…」

 そのいかにもおいしそうな香りにノリヒサが顔を綻ばせる。

プルルルルル!!

《1番線、ドアが閉まります。》

 パシュー

 ガッチャン

「どわっ!!」

 ノリヒサが列車が発車したときの衝撃でバランスを崩し、椅子から腰を浮かせ、頭突きをしてくる。

 ノリヒサの頭がぶつかった衝撃で目の前に火花が散る。

「っ!ごめん!!」

 ノリヒサが謝ってくる。

 いつの間にか、ノリヒサは席に戻っていた。

 おもわず、ノリヒサの顔をまじまじと見てしまう。

 一瞬、ノリヒサもまじまじと見つめ返してきたが、ノリヒサが顔を赤くして目をそらす。

 そのままノリヒサは窓の外を眺めはじめる。

 はからずもノリヒサの横顔を眺める格好になる。

「孤児院か…」

 ノリヒサが小さく呟いた。

 ノリヒサの横顔が一瞬、懐かしそうな表情になる。

 そしてすぐに、その表情がどこかさみしそうな、達観したようなものに変わる。

 何かを喪ったことがある者がそのものを思い出したときに浮かべる、一種の諦めのような、しかし、諦めきれていない表情。

 ノリヒサの目は、どこか遠くを見ている。

 (もしかして……彼も……?)

 その表情に、シデンコが時折、楽しそうな中学生や小学生を見たときに浮かべる表情を思い出す。

 あの、地獄のような日。

 一瞬にしてすべてが失われた日。

 なにもかもを、奪い去った日。

 帰るべき場所を、失った日。

 圧倒的な力が、自分の故郷を蹂躙した日。

 その日を境に、自分の世界は180度変わった。

 昔は戦いたくなかった。魔女だからといって、戦いたくなかった。軍のスカウトも断り続けていた。

 しかし、圧倒的な力に対抗する力を渇望するようになった。

 幸い、自分にはその力――魔力があった。

 だから軍のスカウトを受け、航空機動歩兵になった。そして、今の自分、北海道共和国空軍大尉、美唄ナイエになったのだ。

 もしかしたら、あのような日を彼も経験しているのかもしれない。

 こんなとき、なんて言葉をかければいいのだろう?

 わからない。

 こういうときにかけるべき言葉を今まで何回もかけられてきたはずなのにわからない。



 どうすればいいのだろう?



@北海道共和国U109歩兵団基地―娯楽室

10月17日北海道標準時刻1305時


国分ライコ 中尉


「坂カニ、北海道ではいつやるんだろーライコ~」

「公式では来年の1月。まあ坂東☆ハイスクールの2期だし」

「というか坂東☆カーニバル☆ハイスクールのカーニバルって何だよ…」

「…謝肉祭」

「いやショウコ、そうじゃなくて…」

「\アッキビーン/だね」

「はぁい、没収ですよ」

 娯楽室でシデンコたちとのんびりと雑談をする。ナイエとノリヒサは訓練狂と言えるレベルで訓練好きだが、それ以外のメンバーはそれほどではないのだ。

「にしても少佐とナイエさんが自ら休暇をとるとはね~」

 緑茶を飲みながらのんびりと話しているのはヒエンコである。

「ゆっくりしていってね!!」

 あえてネタを放り込む。

 その拍子に空の青が目に飛び込んでくる。もちろん比喩的な意味で。比喩的な意味じゃなかったらどうなるのか。それは予測がつかない。おそらく目の色が蒼くなる。実は予測はできてたりする。じゃあさっきのは何だったんだ。

 それはともあれ6ヶ月前のナイエは悲壮感がとても強く、今よりも訓練狂だった。

 (……谷田少佐が着任してきてからだな………ナイエさんが変わったのは)

 そこまで考え、ショウコが淹れてくれた紅茶を飲む。ほどよい苦味がちょうどよい。

「そういえば、シデンコさんも前と変わりましたよね」

「あひょうっ?」

 ハヤブサにいきなり自分の名前を呼ばれてシデンコが3センチくらい垂直に飛び上がる。垂直に飛び上がるのはなかなかに難しい。ただそれだけ。ばーちかるじゃんぴんぐ。

「だから、シデンコさんも前と変わりましたよね」

 年下なのに自分のものより遥かに大きい胸を揺らしながらハヤブサがシデンコに聞く。

「そうか?」

 きょとんとしたようにシデンコが聞き返す。そういえばシデンコがきょとんとした顔というのも珍しい。

 今日は珍しいものが多い。

「そうですよ。前より温かくなったというか冷たさが抜けたというかなんというか………」

 ハヤブサはなにやらぶつぶつと「枕崎少尉だったら『人間大革命だぁぁぁぁぁ!』とかいって周りに『黙ってください。近隣の部隊に迷惑です』とか『…枕崎、叫ばないでくれ。頼むから』とかいわれるシチュエーションになりそうだけど……ぶつぶつぶつぶつ(長すぎて地上波では放映できません)」といった感じになってなにやらループに入り込んでいる。

「…………全体的に明るくなっている。こうなったのは谷田少佐の着任してから」

 緑茶の急須をしまい、お茶うけに梅干しを持ってきたショウコがぽつりとつぶやく。

 ショウコは最近までほとんどしゃべらなかったが、最近、ときおり喋るようになってきた。でもお茶うけに梅干しはどうかと思う。

「うん、谷田少佐からはきっとAT粒子が放出されているんだよ。きっと」

 こんどはフタコがわかりずらいことをいいだした。

「で、何のことだ?はぁい、Akibi Teacher粒子じゃないですよね。前代未聞ですよ。」

「?」

 シデンコが謎の言葉を発する。このネタなんのネタ知らないネタ~。

 …いやごめんなさい、『坂東☆ハイスクール』ネタです。きっと。聞いたことあるし。秋火先生ってあのマヨラーな先生か。

「明るい占拠………いやなんでもない。明るく楽しく粒子よ」

 うん、フタコのせりふの前半はなにも聞こえなかった。明るい選挙なんて聞いていないからな。からな。

「納得」

 というわけでとりあえず後半部分に納得する。

 しかしフタコは微妙に間違っている。むしろ少佐は明るく楽しくすると同時に過去を直視させる何かを出しているような気がする。

 あくまで気がするだけだが。



@北海道共和国―北海道鉄道株式会社日高本線835D車内

10月17日北海道標準時刻1304時


谷田ノリヒサ 少佐


「ふぅ………」

 小さくため息をつく。

 ナイエが疲れたのか寄り掛かりながら小さな寝息をたてている。

「なぜ戦うのだろうか……」

 ナイエを見ているとなんだか心が和んでくると同時にどうしようもなくどぎまぎしてしまう。

 また、こんなに無防備な姿を見ていると普段の凛々しくも朗らかな、でも隙のないナイエと同一人物なのかわからなくなる。

 鉄道の単調なレールの響き、昼食で満たされた腹が眠気を誘う。

 (疲れたか………な……)

 そのまま眠りに引き込まれてしまった。


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