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第11話「迷いの基地」



@北海道共和国U109歩兵団基地―作戦準備室

10月2日北海道標準時刻1930時


国分ライコ 中尉


 ノリヒサが作戦準備室に入ってきた。

「敵は南09地区に出現、低空侵入特化型1機です。自分と遠軽中尉、沼田大尉が基地に待機。それ以外は全員出撃。指揮は美唄大尉」

 いつもと変わらぬやや間の抜けた口調で出撃メンバーを発表するノリヒサ。この出撃割りは事前に決められていたローテーション表の通りだ。

 つまり、いつもと同じ定期的な襲来(定期便)ということだろう。

「「「「「「了解」」」」」」

 作戦準備室のモニターに映し出された地図の1つの動点をノリヒサが示し、その位置を全員が確認してから一斉に敬礼。

「いってくる!!」

 そしてノリヒサが作ったもはや何が入っているのかわからないゼリーのような何かを食べて蒼い顔をしているシデンコの肩を叩き、作戦準備室を飛び出す。

 廊下の反対側の整備室にとびこみ、雨天時用のゴアテックス製のゴアゴアしたレインウェアを羽織る。

 それから整備ユニットにセットされた自機のSAKURA-14Cのベルトで体を固定。

 防音ヘッドフォン、通信機を兼ねたヘッドセットを付ける。

 さらにHMDヘッドマウントディスプレイとバイザーを兼ねた有機モニターに微光増幅式の暗視装置を装着。暗視装置はとりあえず上にはねあげた状態にしておく。

 体の前で固定用のベルトを留めてからモニターを引き出し、タッチして発進準備を始める。

 機体が持ち上げられ、体が浮き上がる。

 『エンジン起動』のボタンを押し、エンジンを起動。

 飛行鞄が低く震動し、3機の鉈航空機MF28魔導エンジンに命が吹き込まれる。

 モニターに表示されるタービンの回転数が上がっていく。

 回転数が規定を越えると、画面に表示されている『発進』のボタンを押す。

 飛行鞄が整備ユニットから解放される。

 同時に、暗視装置を下げ、電源をON。有機モニターに暗視装置を通した整備室の映像が表示される。

〈発進!!〉

 ナイエの掛け声で発進する。

 発進エリアに二列縦隊に並び、前にいるヒエンコのFFU15c-aのアフターバーナーの青い焔を睨ながら発進。暗視装置はある一定以上の強さの光はカットするので問題はない。

 整備室を出ると体を起こし、一気に高度1000メートルまで垂直に上昇する。



@北海道共和国U109歩兵団基地―管制室

10月2日北海道標準時刻1953時


遠軽シデンコ 中尉


「はぁ……」

 パイプの所々に錆の浮いたパイプ椅子の背もたれに体重をかけるとそれに抗議するように椅子のフレームがぎしぎしと軋んだ音をたてる。

 ノリヒサのつくった食べ物(のような何か)を食べた結果、体調が悪くなったので出撃のローテーションを代わってもらった。

 まだ頭がずきずきと痛む。ノリヒサの作った食べ物(のような何か)は絶対にBC兵器に分類していいと思う。というかだれか分類してくれ。いや自分でするわ。

 ショウコは隣ですやすやと寝息をたてて眠っている。

 で、家庭でできるBC兵器を実践した張本人のノリヒサはレーダー画像が表示されたモニターを食い入るように見つめている。

〈こちらかんなぎ、接敵、交戦開始(エンゲージ)

 ナイエが交戦開始を宣言する。

 通信がいったん切れ、十数秒間、ホワイトノイズが管制室を支配する。

〈こちらかんなぎ、目標の撃墜を確認〉

「了解。では、帰投せよ」

 撃墜を報告したナイエの報告にモニターから顔を上げ、簡潔に答えるノリヒサ。

 レーダーに写った機影やナイエたちが持っているIFF発信機の位置情報から推測するに、大した機動性を持たない(もちろん、航空機動歩兵と比較してのものなので人類の保有する戦闘機と同等以上の機動性だが)中型クラックゥは四方八方からの集中砲火を受け、ナイエたちが接敵してから10秒とたたず、たいした回避機動もとれずに撃墜されたようだ。

〈こちらかんなぎ、了解した……ちょっと待って〉

 それにのんびりとした口調で応答していたナイエの口調が急に怪訝なものとなる。

〈前方に機影を確認。高度は………零、距離500。これをA(アルファ)1とします〉

 その報告を受けたノリヒサはあいかわらずのぼんやりとした表情を全く変えずに彼の腰掛けた椅子の前の机の上のモニターに目を走らせた。

「こちら赤の1、基地のレーダー及びレーダーサイトからの探知結果では船影を確認できず。そちらでのA1の確認を求む」 

〈了解。全員、今の隊列を維持しつつA1に向かって降下〉

〈〈〈〈〈了解〉〉〉〉〉

 ナイエの指示に、メンバーがほぼ同時に返事をする。

 少しの間、再びホワイトノイズが部屋を支配する。

〈こちらかんなぎ。A1を視認……中型程度の漁船と思われます。明かりも点いていません。色は不明。マーキングの類いも確認できず〉

「漁船?妙だな……」

 ノリヒサは怪訝そうに首をひねる。確かに、おかしい。

 ナイエたちが飛んでいる地域はクラックゥが定期的に襲来していてとても(りょう)ができる状況ではないはずだ。

 事実、ナイエ達がクラックゥを殲滅した場所からたいして離れていない。

「遠軽中尉、これをどう思う?」

 すると、ノリヒサが唐突に振り向いて自分に意見を求めてきた。

 ノリヒサが階級を付けて聞いてくるのは真面目に意見を求めているときだ。

「難民船かそこら…ではないですね。漂流船では?」

 しかし、特に思いつかない。

 なので結局、平凡な意見に落ち着いた。

「難民船か、あり得るな!!難民船か!!聞こえるか?A1は難民船の可能性あり。繰り返す、A1は難民船の可能性あり。分遣隊を派遣し、内部を探索、生存者がいないか確認せよ!!」

 ところが、ノリヒサは『難民船』というワードに過剰なほどに反応し、やたらと大声で指示を出し始めた。

〈…りょ、了解。分遣隊を結成し、探索を開始する〉

 感情の起伏に乏しいノリヒサが突然、激しい反応を示したことに通信の向こう側のナイエも驚いたらしく、ややびっくりしたような声で返答してくる。



@北海道共和国U109歩兵団基地沖合―約100キロ

10月2日北海道標準時刻1953時


美唄ナイエ 大尉


「分遣隊は仙石中尉と日本橋大尉です。二人とも、身に危険を感じたり無線が繋がらなくなったらすぐに引き返してきてください。これは命令です」

〈了解〉〈了解です〉

 分遣隊の二人に念を押すと、二人ともしっかりと頷いた。

 結局、「ぜひ自分を!!」と立候補するレイコと、ベテランのヒエンコを組ませることにした。クラックゥに支配された自分の故郷からどうにかして生き延びるために脱出してきた人間がいるかもしれないと知ってレイコが救出に向かおうとする気持ちは痛いほど理解できる。それにヒエンコならいざというときにはレイコを引っ張っても脱出するだろう。

〈探索を開始します〉

 ヒエンコが冷静に報告をしながら船の内部に入っていく。




日本橋ヒエンコ 大尉


「妙だな…」

 漁船の中に入ると四方八方から違和感に襲われた。

 10年近く航空機動歩兵として戦い続けてきたことにより蓄積された経験から導きだされる直感。

 それが機械の数値では表せない異常を感じとっている。

「誰かいませんかー!!誰かー!!」

 斜め後ろでレイコは声を張り上げて生存者がいないかを確認している。

 しかし、その声はむなしく周囲に吸い込まれるだけで、不気味なほどに何の反応も返ってこない。

 ホルスターからベレッタP×4stormを抜き、安全装置を解除。スライドを後退させて射撃可能な状態にする。メインウェポンの扶桑45式対物狙撃銃は船の中では邪魔になるのでナイエに預けてある。

「何かいるかもしれん、レイコ、念のために拳銃を出しとけ」

「了解」

 レイコにも拳銃を出させ、周囲を警戒しながらさらに奥へと向かう。



@北海道共和国U109歩兵団基地―隊長執務室

10月2日北海道標準時刻2104時


美唄ナイエ 大尉


「…で、日本橋大尉、あの不明船はどうだった?」

「そうですねぇ……怖かったですよ」

「怖かった?」

 ヒエンコの答えにノリヒサが怪訝そうに聞き返した。

 不明船内部の捜索を終え、帰投後のデブリーフィングも終了したところで、ヒエンコと共に執務室に呼び出された。

 話題はやはり不明船のことである。

 それにしてもヒエンコが「怖い」と言うとは珍しい。

 ヒエンコは109歩兵団でも最もベテランの隊員で、かれこれ10年近く航空機動歩兵として戦ってきている。その分実戦経験が豊富である。

 だからヒエンコは普段から「怖い」という抽象的な言葉ではなく、「雲の形がおかしい」や、「何かの気配がする」というような具体的な言葉で異常を伝えてくる。言うなれば、自分の恐怖がどこから来ているのかを把握しているのだ。

「何と言うか…クラックゥに始終監視されていて、こちらがどう動くかを試されているようでした」

「クラックゥに?」

「はい。戦場で雲に隠れていたクラックゥに奇襲される直前のような感じでした」

「むぅ…」

 ヒエンコの言葉にノリヒサは眉間に皺を寄せて黙りこんでしまった。

「これは細かい報告書が必要ね。明日にも作成してもらえるかしら?」

 ただ、詳細な報告書が必要だろう。だからヒエンコに頼むことにする。

「じゃあ明日に作成します。退室してよろしいですか?」

 ヒエンコは立ち上がり、退室。

「……もしかしたらクラックゥの戦術が変わっているのかもしれないな」

 その姿がドアの向こうに消えてから、ノリヒサはぽつりと呟いた。


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