落ち込んでるのは、君のほう。
「近づいてきたのは、君のほう。―過保護すぎる幼馴染は溺愛中―」シリーズ第18弾です。(短編シリーズ)
王都防衛騎士団所属のノインと、村娘オルガ。
二人の人生に寄り添う形で進んでいく恋の物語を描いています。
※本編の時間軸は「成果を見せるのは、君のほう。」の後の話です。
「……ガ」
肘をテーブルについたまま、組んだ手を額につけていたオルガは「ん?」とそちらを見る。
「オルガ!」
「…………ノイン」
あれ?
気づいて部屋の中を見回す。
すでに夕方になっている。
「あ、ごめん。夕飯……いや、ん?」
なんでここに。
(あれ?)
焦っているノインが肩で息をしてから、長く、安堵の息を吐いた。
「灯りがついていないので、なにかあったかと……」
「……ごめん」
沈んだ声に、ノインが心配そうな顔をしながら、慌てて外套を脱いだ。
「今日の夕飯は俺が用意しますから、そのまま……」
ノインの視線が動き、テーブルの上に置いてある物に気づいて怪訝そうにした。
明らかに上質そうな、淡い色の小さな布。ハーブティーだろうか、茶葉がある。甘いことが予想できる保存菓子。
「…………マクレガー家の令嬢が来たんですね? なにか言われたんですか」
「……私、とんでもないことを知ったのかもしれない」
神妙な声に、ノインが少しだけ目を細める。
「ふつうは、キスしたりとか、べたべた触ることないんだって! 私とノイン、おかしいのかもしれない!」
どうしよう!
*
夕飯の支度は後回しにしたらしいノインは、土産として置いてあったハーブティーをさっさと淹れ、オルガと自分の前に置くと椅子に腰掛けた。
落ち込みがすごいオルガは、「いいにおい」とぼんやり洩らしている。
「それで? なにを言われたんですか?」
「……私ね、すぐ気を失うでしょ」
まったく視線を合わせないまま、オルガはゆらゆらと揺れるお茶の表面を目で追う。
「それは」
「それでね、貴族はどうなんだろうって気になっちゃって……訊いてみたんだ」
「…………」
なんか小さな舌打ちが聞こえた気がするが、オルガはまったく気づきもせずに続けた。
「初夜って儀式なんだって……」
「……」
「教本があって、教育係が教えるのが普通みたいで、全部脱がないし、キスしたりしないんだって……」
「オルガ」
「平民みたいに、肌着一枚じゃなくて、もっと着てるって……というか、服脱がないものなんだって……脱いでも、下穿きとか、薄い夜着を着たまま……」
「なにも泣かなくても……」
「だって!」
顔をあげて、ノインを見る。
「全部脱ぐのは、はしたないって……! そんなの特殊な人だけって言ってたよ!?」
「…………はあ」
「でもノインは脱がせるでしょ!? 愛妾とかがするんですわよって、うっ」
再び落ち込んで、オルガは「フフ」と低く笑う。
「段取りがあるんだって。むだに触らないし、ノインみたいに確認しないんだって」
「……俺のこと言ったんですか?」
オルガはゆるく首を横に振った。
「なんか、ノインがやってるのと違うから……訊いただけ」
「…………」
「そもそも練習とかしないって言ってた……」
「なるほど」
なにが「なるほど」なんだろうか。
「ほかに何を聞きました?」
「振る舞いとか、恥をかく行為とか、不安とか痛いのとかへの心構え……」
「それで?」
「いや、まぁ……村でも聞いたことあるから……。夫に任せろとか、耐えてれば終わるとか、我慢しろ、とか」
「具体的になにをするか知らないのに?」
そう言われて、うぅ、とうめいた。
「だって誰も教えてくれないから、正解がわからないよ……」
言うことは恥。言葉にすることも恥。
ぼやかすことでしか、伝わってこない。
ノインはオルガをしばらく見つめてから席を立ち、どこかに行ってしまう。
やっぱり、ちゃんとできない私が悪い。
呆れたかな。やっぱりもういいって思ったかな。
(知りたがりで、余計なことばっかり考えて……)
ことん、と目の前になにか置かれる。
「?」
なんだろう、と見ていたら、次々に物が置かれた。
コルク栓で封じられた小さなガラス瓶と、かぶせ蓋の陶器の壺と……素焼きの小瓶?
「ん?」
「説明しますね」
いつの間にか戻ってきていたノインが、最初の物を指差す。
「医療用に調節された植物油です」
「あぶら?」
油がなぜ?
「こっちは軟膏です」
「……私にくれたのと似てる」
「炎症予防や、傷ができた時の保護の役目をします。
君に渡したものと違って、抗炎症を強め、粘膜にも使用できる配合にしてあります」
「?」
「最後のは、薬草水です」
「???」
「殺菌効果のあるローズマリーが少しと、鎮静効果のあるカモミールが入っているものです」
さっぱりわからないままのオルガは、視線をノインに遣る。
「痛いのは、準備不足がおもな原因なんです」
「じゅんび……?」
「俺の職業は?」
突然の質問に驚きつつ、オルガは「騎士」と小さく呟く。
「騎士は基礎的な医療知識があります。
出血の止め方、傷の洗浄、感染を防ぐ処置、薬草の基礎知識が叩き込まれますから」
「…………」
「俺は魔物の討伐にも行くので、それを実践することもあります。これらは実際の怪我にも使うものです。
当然ながら俺は君とは違う性別なので、多少の知識しかないですけど」
つまり、これは。
「これらを使わなくて済むなら、それでいいんです」
「…………ノイン」
「なんですか?」
「お、男の人なのに、なんで、そんな」
「? わからないから、全部準備するものでは」
ひゅっと、オルガの喉が鳴る。
(えっ)
なんだか、すごいこと言わなかった?
どう見ても、いま、目の前にあるものは隠してあったものだ。
(見せるつもりがなかったってこと……?)
痛いことはしない、と、確かに言っていた。
急に全身が熱くなって、顔が真っ赤に染まる。
「少しは安心しましたか?」
「わ、わからなくても、大丈夫……?」
「大丈夫です。他人ではなく、俺たちのことだけ考えればいいんですから」
そうだろうか。
でも、そうかもしれない。
オルガはそっと、ハーブティーを口に運んだ。ちょっと、安心する。
「ど、どうやって使うのかわからないけど、ノインが知ってるならいっか」
「使い方も説明しましょうか?」
「い、今はいいかな!」
ちょっとさすがに、恥ずかしい。
ノインは椅子に腰掛け、微笑んだ。
その笑顔は、ちょっと……。
(心臓に、悪い、な)
両手で杯を持ったまま、うまくノインを見れなくてもじもじしてしまった。
すべての不安がなくなったわけではないが、安心感がかなりある。
(安心……)
もしかして、それが一番大切なのかもしれない。
知っている幼馴染であっても、不安で怖いことには変わりはない……けど。
ランプを消した時に、怖くなったことを思い返した。
(ノインにしがみついたけど……、ノインがいたら、こわくなくなった……かも)
「の、ノインは、すっごく考えてるんだね?」
「当然です。男の持ってる知識は、適当すぎて当てにならないので」
てきとう?
「え? だって、夫に任せたらなんとかなるんじゃないの?」
「? なりませんよ」
そんなはっきり!
ガーン、とショックを受けているオルガに気づかず、ノインは思案顔だ。
「貴族の男なら優しいとか思ってますか?」
「……ま、まあ、平民よりは、えっと、イメージとして」
「いえ、俺は全員下手くそだと思ってます」
はっきり言った……。
「貴族が教えられるのは目的を遂行するための流れなので、相手の感情に寄りそう必要はないから適当です」
「てきとう……」
真面目な顔で言ってる……。
「手順しか教えられてないこともありますが、淡々としてる感じですね」
「…………どこかで見たの?」
「教本くらいは目を通しました」
どこでそんなの……!
ぎょっとしていたが、ノインは平然として続ける。
「一切参考にならないので、クソだなって思いました」
「…………」
前から思っていたが、ノインはちょっと、はっきり言い過ぎだ。
「騎士団の中にも下世話な話題が好きな連中はいるので、参考になるかもしれないと話だけは聞きましたが、クソでした」
「そ、そうなんだ……」
強めの言葉を使っている自覚はあるらしく、「言葉が悪くてすみません」と謝罪された。
相当、頭にきたらしい。
「参考にならなかったの?」
「はい……」
落ち込んじゃった……。
「俺は実践で医療知識も使うので、ほかの騎士より知っていることは多いんです。
感情の昂ぶりだけでなんとかなるわけないですし、思い上がりがひどくて」
「おもいあがり?」
「…………痛い、ってどういうイメージですか?」
突然なんなんだと不思議になるが、オルガはうーんと悩んだ。
「ズキッ、とか、一瞬で終わる感じ? あとは、ズキズキ、とか」
「違います」
違うの!?
「正確に言うと、摩擦と炎症ですから、ヒリヒリですね」
意外な擬音に、オルガは目を丸くした。
「あとは不快感、異物感。体の緊張が原因だと思います」
お医者様みたいなこと言ってる……。
(ひ、ヒリヒリなら、そんなに身構えなくてもいいかも……)
あれ?
(……軟膏とか、えっ)
つい、テーブルの上にある軟膏に目がいってしまった。
「あと……筋肉痛ですか」
「筋肉痛!?」
筋肉を使うことってあるの!?
それはそれで気になるが。
(さっきから摩擦って言ってるけど、よく意味がわからないんだけど訊いてもいいのかな)
どうしよう……。
「とはいえ、全部俺の推測なので……できるだけ準備はしています」
「あ、ありがとう」
自分より真剣に考えてくれていることに、オルガは素直に感動した。
相変わらずよくはわからないが、ここまでしてくれているのだし、緊張も不安も消えはしないだろうが、安心感がとてつもなくある。
今なら、いいかも。よし。
「あ、あの、ね」
「はい」
「今度から脱がなくてもいいってことかな?」
だよね?
と、尋ねると、ノインが無言だった。
「? ノイン?」
「いえ、脱がせます」
「なんで!?」
「見たいからです」
なに言ってるの!?
「だ、だって、脱がないものだって……」
「貴族のことなんて知ったことではないです」
「ええっ!?」
少しは恥ずかしくなくなると思ったのに!
「特殊って聞いたよ!?」
「俺は君のことを全部知りたいから、いいんです」
……………………な、なんて?
持っていた杯を落としそうになって、慌てた。
「わ、わたっ、私のこと、全部!?」
「? 当然では? 俺は君のことが好きなんですよ」
すっごい真面目な顔で言ってる……。
(恥ずかしいって思ってる私が変なの……?)
「じ、じゃあ、肌着一枚だけでもいい……?」
せめて。
「? 脱がせると言っていますが」
ぐっ! 絶対に全裸にする気だ……!
「み、見ても面白くないでしょ!?」
「面白いとは思ったことないです。興奮はします」
こっ!?
(え……? いや、だって)
見つめる先のノインは、とてもではないが、興奮状態になるとは思えない。
思い返しても、穏やかに微笑みはするが……こうふん?
悩んでしまうが、ノインが引く気がないのはわかった。
「れ、練習は……」
「続けます」
即答された!
「い、嫌ってわけじゃないよ?」
「君が気を失うのは、どこだか考えましたか?」
ん?
オルガは視線を動かし、首を傾げた。
「えーっと……」
どこだろう?
「触るのはどうですか?」
「…………は、恥ずかしいけど、大丈夫」
「キスは?」
「……だ、大丈夫」
「その先は?」
先?
そういえばそこから先があまり……。
「………………」
あれ?
「情報が一気にきて、混乱するんです」
「じょ、情報?」
そうなんだ、と思うが、やはりよくわからない。
「わかった。れ、練習続けるね」
「はい」
あまりにも真剣なので、オルガは決意する。
(ノインがこんなに真剣なんだから、私も頑張らないと……!)
「け、けっこう安心したから練習しなくてもいいかなって思ったんだけど、やっぱりしたほうがいいみたいだね」
「そもそも俺が不足がちなので」
んん?
「ノインが?」
「はい。俺が足りません」
そんな馬鹿な。
ノインは微笑んで続けた。
「君にもっと触りたいし、キスしたいし、いやらしいことしたいので」
「………………」
そ、そっか……。
**
遅くなってしまったが、夕飯を二人でとる。
結局またノインが食事の支度をしてしまった。
目の前に並んでいる夕飯を眺め、手を伸ばす。
妻は夫を支えるもので、従うもの。
でも。
(私とノインだけの、正解……か)
見つけるべきは、そこかもしれない。
とはいえ。
(やっぱり私が作るより美味しい……)
豪勢なものでは、決してない。
話題を振らなければノインは大人しく食事をとっているので、オルガはうーんと悩んでしまった。
(寒そうって言われちゃったけど、たくさん着る貴族とはそもそも違うし、ノインは譲る気はないみたいだし)
クララはいい人だとは思うが、すぐ興奮状態になるのでちょっと苦手だ。
置いていった土産は、ノインが片づけてしまった。
(そういえば、最初にクララさんが来た時、過剰に反応してたっけ)
あそこで、匂いに敏感だと気づいたわけだが。
騎士団に行った時も、気にしていたことを思い出す。
「き」
ぴた、っと動きを一瞬止める。
ノインの全神経が、こっちに向いたということだ。
そしてまた、彼は食事を再開する。
(練習の時も、待ってって言うと、一回絶対に止まるんだよね)
「?」
不思議そうに、視線だけ向けてくる。言いかけてやめたから、待ってる。
「今日は、一緒にお風呂に入ろうとか言わないんだね」
「……窓を開けて、空気を入れ替えていたのでは?」
鋭い!
(目もいいし、耳もいいけど……)
ただ、いいだけじゃない気はしていた。
常になにかに集中していて、異変がないかと探っているとでもいうか。
「一緒に入っていいならそうしますが」
「えっ、と……」
できれば先に湯を使って欲しいが、頑として譲らないし……。
でも、一緒はちょっと……。
どうしよう、と迷うと、ノインが小さく「くくく」と笑っていることに気づいた。
「わ、わざと言ったでしょ!」
「ふふっ、あとでキスさせてください。上書きできれば、それでいいので」
「上書き?」
薄く笑うので、気になってしまう。
「俺と君以外の匂いは苦手なので」
「???」
やっぱり、よくわからないなとオルガは不思議になった。
*****
後日。
ノインは少しばかり顔をしかめる。
この国に出没する魔物の体液は、乾くとベタついて臭う。
体液だけではなく、返り血や泥まみれのノインは使った剣や道具を洗い、小さく息を吐いた。
雨季の今は、魔物が活性化する。
空はしばらく、曇りそうだ。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
続きを読みたいと思っていただけたら、さらに嬉しいです。




