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第7話:臆病者と氷の盾

工房『小さな巨人』が開業して数日。  客足は――正直、鈍かった。  場所がスラム街に近い廃村という立地の悪さもあるが、何より「幼女が経営する武器屋」などという怪しい店に、まともな冒険者は寄り付かないのだ。


「……暇じゃ」


 わしはカウンターで頬杖をついた。  リナは暇つぶしにバードの義手に「可愛い花の彫刻」を彫ろうとして、全力で逃げ回られている。


 その時、カランコロンとドアベルが鳴った。


「お待たせー! カモ……じゃなくて、お客様を連れてきたよ!」


 ミヤが勢いよく入ってくる。  その後ろに、おどおどとした様子の若い男が立っていた。  安っぽい革鎧に、手入れの行き届いていない長剣。  いかにも「駆け出し」といった風情の冒険者だ。


「い、いらっしゃいませ……?」


 男――ハンスは、店内にいるのが「幼女(店主)」「エルフ(装飾)」「隻腕の巨漢(用心棒)」という異色すぎるメンツであることに引いているようだ。


「ミヤ、こやつが客か?」 「そうだよ親方! ギルドの前で『装備が壊れたけど金がない』って泣いてたから、拾ってきたの!」


 ミヤがニカッと笑う。完全に弱みにつけ込んだ顔だ。  ハンスは涙目で訴えてきた。


「あ、あの……俺、もう冒険者辞めようかと思ってて……。ゴブリンが怖くて、剣を振る手が震えちゃうんです。盾を構えても、衝撃で吹っ飛ばされるし……」


「ふむ。つまり『敵に近づきたくない』『攻撃を受けたくない』『でも倒したい』というわけか」


「は、はい。情けない話ですが……」


 ハンスが恥ずかしそうに俯く。  だが、わしはニヤリと笑った。


「良い心がけじゃ。臆病さは武器になる。死にたくないという執着こそが、生存率を上げるんじゃよ」 「え?」 「命知らずの馬鹿より、慎重な臆病者の方が良い客だ。――よし、任せろ。お主のために特別な防具を見繕ってやる」


 わしは作業場へ向かった。  炉の火を強め、手元にあった鉄板と、先日ダンジョンで採掘した『氷結石』のかけらを取り出す。


(お主の悩みは『敵の攻撃を受ける恐怖』じゃ。なら、受けた瞬間に敵を無力化すればいい)


 カンッ、カンッ、カンッ!


 わしは鉄板を叩き出し、小型の円盾バックラーへと成形していく。  そして、その表面にタガネで複雑な幾何学模様――ルーン文字を刻み込む。


 刻むのは『吸熱イサ』のルーン。  そして『拡散ケナズ』の反転術式。


 リナが横から顔を出す。


「あら親方、また随分と無愛想な盾ですわね。氷のような青い塗装をして、真ん中に雪の結晶のエンブレムを入れるのはどうかしら?」 「許可する。ただし5分でやれ。客を待たせるな」 「5分!? 私の美学への挑戦ですの!?」


          ***


 10分後。  完成した盾を手に、わしはハンスの前に戻った。


「これじゃ。『絶対零度のバックラー』」


「は、はあ……。綺麗な盾ですけど、随分小さいですね。これでゴブリンの棍棒を防げるんですか?」


 ハンスが不安そうに盾を見る。  リナの塗装のおかげで見た目は美しいが、物理的な防御面積は小さい。


「論より証拠じゃ。店の裏に来い。実演デモンストレーションしてやる」


 店の裏庭。  わしはバードに木剣を持たせ、ハンスに盾を構えさせた。


「いいかハンス。バードが本気で打ち込んでくる。お主はただ、その盾で受け止めればいい」 「ええっ!? この大男が本気で!? 死にますよ俺!?」 「死なん。盾の真ん中で受けろ。それだけ考えろ」


 ハンスはガタガタと震えながら盾を構えた。  バードが慈悲のない眼光で木剣を振りかぶる。


「いくぞ、新人! 歯ぁ食いしばれッ!」


 ブンッ!  剛腕から繰り出される一撃。まともに食らえば骨が砕ける威力だ。


「ひ、ひぃぃぃッ!」


 ハンスは悲鳴を上げながら、反射的に盾を突き出した。


 ガギィッ!!


 木剣と盾が激突する。  その瞬間だった。


 キィィィィィン……!


 空気が凍るような高い音が響き、盾の中心から青白い冷気が爆発した。


「な……ッ!?」


 驚いたのはバードだった。  木剣が盾に触れた瞬間、そこから急速に霜が広がり、一瞬で剣全体が凍りついたのだ。  それだけではない。バードの手元まで冷気が走り、驚いて剣を取り落とす。


 カシャアンッ!


 地面に落ちた木剣は、まるでガラス細工のように粉々に砕け散った。


「……え?」


 ハンスは無傷だった。  衝撃が来なかったわけではない。だが、盾が衝撃エネルギーを熱変換して吸収し、そのエネルギーを使って相手を凍らせたのだ。


「これが『吸熱』のルーンじゃ」


 わしは解説する。


「この盾は、受けた衝撃(運動エネルギー)を瞬時に『熱エネルギーの吸収』に変換する。つまり、殴られれば殴られるほど、相手の武器は熱を奪われて脆くなり、凍りつく」 「す、すげぇ……! 俺、何もしてないのに相手の武器が勝手に!」


「うむ。これなら敵の攻撃を受けるのが怖くなくなるじゃろう? むしろ『かかってこい』と思えるはずじゃ」


 ハンスの目が輝き出した。  先程までの怯えきった表情はない。  自分が「強者」になれるイメージが湧いたのだ。


「買います! これ下さい!!」


「まいどありー! 特別価格、金貨5枚ね!」


 ミヤがすかさず契約書を突き出す。  相場よりかなり高いが、命には代えられない。ハンスは震える手で財布の中身をすべて出し、足りない分は「出世払いで!」と叫んで契約書にサインした。


 帰り際、ハンスは新品の盾を抱きしめながら、何度も頭を下げていった。


「ありがとうございます! 俺、もう少し頑張ってみます!」


 その背中を見送りながら、わしは小さく息を吐いた。


「……やれやれ。あんな便利な道具に頼り切りだと、腕は鈍るぞ」 「いいじゃないですか。あの子、いい笑顔でしたわよ」


 リナが満足げに言う。  ミヤは契約書をヒラヒラさせながら笑った。


「それに、あの子が活躍すれば、良い宣伝になるしね。『あの盾はどこのだ?』って」


「違いない」


 わしはニヤリと笑った。  自分の作った武器が、誰かの運命を変える。  前世でも何度も味わった感覚だが、やはり悪くないものだ。


「さて、初売り上げで今日は宴会じゃ! ミヤ、酒と肉を買ってこい!」 「了解、親方!」


 こうして、工房『小さな巨人』の最初の商品は、一人の臆病な冒険者を救い、その名を少しだけ広めることになったのである。

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