閑話:鉄槌の幼女の秘密(スペック)
工房『小さな巨人』の朝は早い。 装飾担当として加入したリナは、寝ぼけ眼をこすりながら作業場へと顔を出した。
「ふわぁ……朝から賑やかですわね。何事ですの?」
ズゥゥゥゥン……! ズゥゥゥゥン……!
朝の静寂を切り裂くような、重低音が響いている。 それはまるで、巨人がこん棒で地面を殴りつけているかのような、腹に響く衝撃音だった。
「ああ、リナちゃん。おはよう。親方が朝の仕込みをしてるんだよ」
経営担当のミヤが、朝食の準備をしながら平然と言った。 リナは音の発生源を見て、目を疑った。
「……はい?」
そこにいたのは、身長130センチほどの金髪の美幼女――ガルネットだった。 彼女は、自分の身長ほどもある巨大な金槌を振り上げ、真っ赤に焼けた鉄塊を叩いていたのだ。
「ふんッ……! せいッ……!」
ガルネットがハンマーを振るうたびに、火花が散り、鋼鉄が飴細工のように形を変えていく。
「ちょ、ちょっと待ってください! 物理法則が仕事をしてませんわ!」
リナは慌てて駆け寄った。
「親方! 貴女、呪いで『筋力ゼロ』じゃありませんでしたの!? なんでそんな鉄塊みたいなハンマーを振り回せるんですの!?」
ガルネットは手を止め、額の汗を拭いながらニヤリと笑った。
「ああ、これか? 持ってみるか?」
彼女は巨大なハンマーを、ひょいとリナに手渡した。
「えっ? ああ、はい。……って、軽ッ!?」
リナは拍子抜けした。 見た目は数百キロありそうなハンマーが、まるで羽毛のように軽かったのだ。発泡スチロールで出来ているのかと思うほどに。
「な、んですのこれ? おもちゃ?」
「いいや、本物じゃ。そこにある鉄屑を叩いてみろ」
言われるがまま、リナは軽いハンマーを鉄屑に向かって振り下ろした。
ドゴォォォォォン!!
「きゃあッ!?」
凄まじい衝撃と共に、地面が陥没した。 叩かれた鉄屑はペシャンコに潰れ、リナは反動で尻餅をついた。
「な、な、な……!? 振る時は軽いのに、当たった瞬間だけ山のように重く……!?」
「それが『可変質量のルーン』じゃ」
ガルネットは得意げに解説を始めた。
「このハンマーには、古代ルーン文字の『羽』と『山』が刻まれておる。 振り上げる動作の時は『重力軽減』が働き、振り下ろす加速(G)を検知すると一瞬で『重力100倍』に切り替わるんじゃ」
「……はあ!?」
「わしの腕力は小枝レベルじゃが、ハンマーの位置エネルギーさえ確保できれば、あとは重力が勝手に仕事をしてくれる。わしはただ、軌道をコントロールしてやるだけでいい」
リナは開いた口が塞がらなかった。 筋力がないなら、道具の方を魔改造すればいい。 発想が完全にマッドサイエンティストのそれである。
「それに、ただ叩いているわけではないぞ」
ガルネットは再びハンマーを握ると、今度はコン、コン、と優しく鉄を叩いた。
「鉄の分子にも『リズム』がある。無理やりねじ伏せるのではなく、鉄が『あ、そっちに曲がりたいのね』と納得する瞬間に、最小限の衝撃を与えるんじゃ。これを『共鳴鍛造』と言う」
「きょうめい……?」
「うむ。呼吸と一緒じゃ。吐く息に合わせて叩けば、赤子の力でも鋼鉄は曲がる。逆に、タイミングを外せばドラゴンの力でも折れる。鍛冶とは力技ではない、対話なんじゃよ」
そう語る幼女の背後には、かつて「鍛冶の神」と呼ばれたドワーフの幻影が見えるようだった。
「……呆れましたわ。貴女、本当に12歳ですの?」
「中身は212歳じゃと言ったろう」
ガルネットは再び炉に向き直る。
「さて、お主が起きたということは仕事の時間じゃ。リナ、今日はこの短剣の『鞘』を作れ。ミヤは、市場で『サラマンダーの油』を仕入れてこい」
「はいはい、人使いが荒いねえ親方は」 「ふふ、まあ良いでしょう。最高の素材があるなら、私も腕の振るい甲斐がありますわ」
火花が散り、槌音が響く。 か弱い幼女の腕が、世界最強の武器を生み出していく。 その矛盾こそが、この工房『小さな巨人』の最大の武器なのかもしれない。




