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第42話:始祖魔獣ヴォルグリフ

氷結都市ニブルヘイム。  かつて栄華を極めたであろう古代の都は、永遠の氷に閉ざされていた。  だが、その静寂は異様だった。  空中で静止した雪。  崩れかけた塔の瓦礫が、地面に落ちる途中で止まっている。  ここでは「時間」そのものが凍りついているのだ。


「……気持ち悪い場所じゃな」  『グラン・フォートレス』の運転席で、わしは身震いした。  物理法則が死んでいる。職人として最も嫌悪する光景だ。


 都市の中心広場。  そこに、そいつはいた。


 ゴオオオオオオオオ……。


 山脈と見紛うほどの巨体。  漆黒の毛並みは夜空のように深く、その一本一本が星の光を吸い込んでいる。  頭部には捻じれた巨大な角。閉ざされた瞼。  ただそこに寝そべっているだけで、周囲の世界が色を失い、灰色モノクロに変わっていく。


 『始祖魔獣ヴォルグリフ』。  時間を喰らう厄災。


「デカいな……! 眷属王たちが可愛く見えるぜ」  バードがハンマーを握る手に力を込める。


「総員、戦闘配置! 先制攻撃じゃ! 奴が目覚める前に最大火力で叩く!」


 わしは要塞の全火器を展開した。  雷帝バッテリー直結の主砲、腐食溶解弾、高圧水流カッター。  全ての武装を一斉発射する。


「撃てぇぇぇッ!!」


 ドガガガガガガガッ!!!


 数千の弾雨とビームが、ヴォルグリフの巨体に吸い込まれる。  着弾。  轟音と共に、凄まじい爆煙が上がった――はずだった。


 シーン……。


 爆音が、唐突に消えた。  煙も上がらない。光も消えた。  着弾したはずの弾丸が、空中でピタリと止まり、砂のように崩れ去っていく。


「な……!? 攻撃が消えた!?」  ミヤが絶句する。


 その時。  ヴォルグリフの巨大な瞼が、ゆっくりと開かれた。  そこにあったのは瞳ではない。渦巻く「虚無」だった。


 『……五カマシイ』


 声ではない。脳髄を直接揺らす振動。  ヴォルグリフが小さく息を吐いた。


 ヒュォォォォ……。


 黒い吐息が、要塞に向かって流れてくる。  わしは直感的に叫んだ。


「回避ッ!!」  わしはハンドルを無理やり切り、要塞を横転させる勢いで回避した。  吐息が要塞の右側面を掠める。  その瞬間。


 バキバキバキバキッ!!


 接触した装甲板が、一瞬で錆びつき、風化し、ボロボロの塵となって崩れ落ちた。  物理的な破壊ではない。  その部分だけ「数億年の時間」が経過し、物質としての寿命を迎えたのだ。


「ひぃっ!? 装甲が消滅したよ!?」 「『時間加速』か……! 触れたら終わりじゃぞ!」


 ヴォルグリフがゆっくりと起き上がる。  その巨体が動くだけで、空間に亀裂が走り、時間が歪む。


『我ガ眠リヲ妨ゲル者ヨ。貴様ラノ時間イノチ、ウマソウダ』


「食われてたまるか! バード、ミヤ、出るぞ!」  バードとミヤが要塞から飛び出す。


「食らえッ! 『海雷の戦鎚』!!」  バードが跳躍し、雷を纏ったハンマーを振り下ろす。


「そこだッ! 『双牙・風神』!!」  ミヤが超高速で背後に回り込み、短剣を突き立てる。


 二人の最強の一撃が、ヴォルグリフの肌に触れる寸前。


 カチッ。


 世界が止まった。  いや、巻き戻った。


 次の瞬間、バードとミヤは攻撃する前の位置に戻っていた。  ハンマーを振り上げた姿勢のまま、空中に浮いている。


「え……? あれ? 今、叩いたはずなのに?」 「なんでここに戻ってるの!?」


『無駄ダ』


 ヴォルグリフが鼻を鳴らす。


『我ニハ「結果」ハ届カヌ。「過程」ハ消エ去ル。  全テノ攻撃ハ、当タル前ニ「無カッタコト」ニナル』


 時間逆行。因果律の改竄。  攻撃が当たるという「未来」を喰らい、攻撃しなかったという「過去」に引き戻す。  最強の防御であり、最強の拒絶。


「そんな……どうやって倒せばいいんですの!?」  リナが絶望の声を上げる。


 わしは歯噛みした。  物理法則の敗北だ。  質量も、速度も、エネルギーも、時間の前では無力。  奴はルールそのものを支配している。


「……だが、一つだけ例外があるはずだ」


 静かな声が響いた。  アルヴィスだ。  彼は『封魔の鞘』に手をかけ、ゆっくりと前に歩み出た。


「奴が時間を操作できるなら……その操作が追いつかないほどの『速さ』で斬ればいい」


『ホウ? 人間風情ガ、我ノ時間ヲ超エルト?』


 ヴォルグリフが嘲笑うように見下ろす。  アルヴィスは腰を落とし、抜刀の構えを取った。


「見せてやる。  ガルネットが鍛えたこの剣は、時空すらも抵抗フリクションゼロで滑り抜ける!」


 アルヴィスの全身から、膨大な魔力が立ち昇る。  これが最後の切り札。  物理わしら魔法ヴォルグリフの、概念戦争の始まりだ。

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