第4話:美意識高い系エルフの憂鬱
案内されたのは、スラム街の一角にある古びたアパートだった。 壁は薄く、隙間風が吹き込むような場所だ。 だが、その部屋の前だけ、なぜかドアが真っ白にペンキで塗られ、洒落たドライフラワーのリースが飾られていた。
「ここだよ。リナの家」
ミヤが躊躇なくドアを叩く。
「リナちゃーん! 生きてるー? 仕事持ってきたよー!」
しばらくの沈黙の後、ドアがギギ……と開いた。 現れたのは、透き通るような白い肌と、長い銀髪を持つ少女だった。 耳が長い。ハーフエルフだ。 整った顔立ちをしているが、目の下には濃いクマがあり、頬はこけている。明らかに栄養失調だ。
「……あら、ミヤさん。ごきげんよう」
彼女――リナは、ボロ布のような服を優雅につまんでカーテシー(挨拶)をした。 ただし、お腹が「きゅるるる~」と盛大に鳴っている。
「あら、はしたない。私の胃袋がアヴァンギャルドな演奏を始めましたわ」
「ただ腹減ってるだけだろ。ほら、差し入れ」
ミヤが残りの乾パンを投げ渡すと、リナは「まあ!」と目を輝かせ、優雅さをかなぐり捨てて貪り食った。 ……美人が台無しである。
「ふぅ……生き返りましたわ。で、仕事とは? 言っておきますが、私の美学に反する仕事(下品な量産品の作成など)はお断りですのよ」
リナは口元を拭い、キリッと表情を戻した。 その視線が、ミヤの隣にいるわし(12歳幼女)に向けられる。
「あら? その可愛らしいお人形さんは?」
「初めましてじゃ、エルフの娘。わしが今回の依頼主じゃ」
わしが一歩前に出ると、リナは目を丸くした。
「……幼女? しかも喋り方がお爺ちゃん? 新しいジャンルの芸術ですの?」
「黙れ。単刀直入に言うぞ。お主に、わしが作った剣の『化粧』を頼みたい」
わしは背負っていた例の「最高傑作(鉄パイプ風の剣)」を取り出し、リナの目の前に突き出した。
「これじゃ。性能は最高なんじゃが、どうも一般受けしなくてな。お主のセンスで、こいつを売れるようにしてほしい」
リナは優雅な仕草で眼鏡を取り出し、わしの剣をじっと見つめた。 その目が、スッと細められる。
1秒。 2秒。 3秒後。
「――ギャアアアアアアアアッ!!!」
リナは悲鳴を上げ、両手で目を覆ってその場に蹲まった。
「目が! 私の汚れない瞳がァッ! なんですかその汚らしい鉄の棒は! 金属に対する冒涜ですわ! 美しくない! 存在が罪です!」
「なっ……!?」
わしは絶句した。 そこまで言うか。
「よく見ろ! この無駄のないフォルム! 機能美という言葉を知らんのか!」
「機能美!? 寝言は寝て言ってくださいまし! 研磨もされていない表面、色の悪い革紐、あまつさえ鍔すらついていない野蛮な構造! こんなの剣じゃありません、ただの凶器ですわ!」
「武器なんだから凶器でいいじゃろがい!」
「美しくない凶器はただの暴力! 美しい凶器こそが芸術なのです!」
リナは立ち上がると、わしの手から剣をひったくった。
「貸してごらんなさい! ああもう、見ていられませんわ! この私が、この可哀想な鉄屑に『魂』を吹き込んであげます!」
彼女は部屋の奥から道具箱を引きずり出した。 そこには繊細な彫刻刀や、色とりどりの塗料、様々な種類の革が整然と並べられていた。
リナの目つきが変わる。 先程までのヒステリックな様子は消え、職人の目に変わった。
「……ふん、いい度胸ね」
わしは腕を組んで見守ることにした。 口先だけの小娘か、それとも本物か。お手並み拝見といこうじゃないか。
リナの作業は早かった。 まず、わしが適当に巻いた魔獣の皮を剥ぎ取る。 代わりに、鮮やかな藍色に染められたエイの皮を取り出し、滑り止めの「菱巻き」を施していく。その手際は流れるように美しい。
「……何この金属、硬っ!?」
鍔を取り付けるための溝を掘ろうとして、リナが声を上げた。 彫刻刀が弾かれたのだ。
「当たり前じゃ。ミスリルとオリハルコンの合金を、特殊な熱処理で硬化させてある。生半可な道具じゃ傷一つつかんぞ」
「……なるほど。ただの鉄屑かと思いましたが、中身は一級品というわけですか」
リナはニヤリと笑った。 その顔は、難解なパズルを前にした子供のようだった。
「燃えてきましたわ。素材が良いなら、尚更見た目で損をしているのが許せません。……私の全技術で、この子を『王宮の舞踏会』に出しても恥ずかしくない姿にしてあげます!」
そこからのリナは凄まじかった。 特殊な溶解液で表面の酸化膜だけを溶かし、幾何学模様の「ダマスカス紋様」を浮かび上がらせる。 真鍮の板を叩き出し、優美な曲線を描く鍔を作成。 さらに鞘までも、端材を使って一瞬で作り上げた。
一時間後。
「……完成ですわ」
リナが荒い息を吐きながら、その剣を掲げた。
わしは息を呑んだ。 そこにあったのは、もはや鉄パイプではない。 刀身の波紋が妖艶な光を放ち、藍色の柄と金の鍔がコントラストを成す、正真正銘の『名剣』だった。
「……認めるしかないのう」
わしは剣を受け取った。 見た目だけではない。 鍔の重さで重心が手元に寄り、以前より遥かに扱いやすくなっている。 彼女は見た目を整える過程で、武器としてのバランスまでも最適化してみせたのだ。
「お主、やるな」
「ふふん、当然ですわ。私の手にかかれば、ゴミも宝石に変わるのです」
リナはふんぞり返ったが、すぐに「ぐぅ~」と腹の虫が鳴ってうずくまった。
「……で、雇ってくれますの? これだけの仕事をしたのですから、それなりの報酬(ご飯)は頂きますわよ」
わしはミヤと顔を見合わせ、ニヤリと笑った。 性能のわし。 商売のミヤ。 装飾のリナ。 ピースは揃った。
「採用じゃ。今日からお主は、工房『小さな巨人』の専属デザイナーじゃ」
「『小さな巨人』……? まあ、悪くない名前ですわね」
こうして、美意識過剰なハーフエルフが仲間に加わった。 最強の性能と、最高の美しさを兼ね備えた武器。 これが売れないはずがない。
……まあ、この後「用心棒がいないと素材採集に行けない」という新たな問題が発生して、脳筋の男をスカウトしに行くことになるのだが、それはまた別の話である。
(第4話 完)




