第35話:腐敗の森と、最強の空気清浄機
移動工房要塞『グラン・フォートレス』は、西の荒野を爆走していた。 だが、目的地に近づくにつれ、空はどす黒く濁り、周囲の植生は異様な紫色に変色していった。
「……見えてきたぞ」
運転席のわしが声を上げる。 目の前に広がっていたのは、濃密な紫色の霧に覆われた巨大な森。 『腐敗の森』。 最初の眷属王が支配する領域だ。
「うわぁ……毒々しいね」 助手席のミヤが鼻をつまむ。 「窓を閉めていても、なんか臭ってくる気がするよ」
「アルヴィス、外の様子はどうじゃ?」 「最悪だ。私の探知魔法が警告音を上げっぱなしだ。 あの霧は猛毒の瘴気だ。吸い込めば数秒で肺が腐り、皮膚がただれる。普通の人間なら、足を踏み入れた瞬間に死ぬだろう」
アルヴィスが険しい顔でモニターを睨む。 眷属王を守る鉄壁の防御、それがこの「環境そのもの」というわけか。
「リナ、お主の浄化魔法でどうにかならんか?」 「無理ですわ。範囲が広すぎます。私の魔力タンクが3分で空になりますわよ」
手詰まりに見える状況。 だが、わしはニヤリと笑った。
「ふっふっふ。安心せい。 こんなこともあろうかと、王都であの『白銀の貴公子』ジュリアスに作ってやったマントの技術を、この要塞に応用しておいたのじゃ!」
わしはコンソールの赤いボタン――『潔癖モード』スイッチを押した。
「起動! 『超広域・絶対空気清浄結界』!!」
ブフォォォォォォォォッ!!!
要塞の屋根に取り付けられた巨大なファンが唸りを上げた。 同時に、車体全体に刻まれた『浄化』と『拒絶』のルーンが眩い光を放つ。
その瞬間。 要塞を中心に、半径50メートルの空間から、紫色の霧が暴力的な勢いで弾き飛ばされた。
「おおーっ! 霧が晴れた!」 「すごい! 空気が……空気が美味しいですわ! まるで高原の朝です!」
要塞の周囲だけ、ぽっかりとクリーンな空間が生まれ、陽の光すら差し込んでいる。 毒素はおろか、花粉やハウスダストすら許さない、ジュリアスお墨付きの完全無菌空間だ。
「全速前進! このまま森を突き抜けるぞ!」
『グラン・フォートレス』が森へ突入した。
***
森の中は地獄だった。 腐った木々が並び、地面はヘドロの沼。 だが、わしたちの要塞が通る場所だけは、強力な浄化結界によってヘドロが乾燥し、清浄な道へと変わっていく。
「快適じゃのう」 「親方、見て! 魔物が!」
霧の中から、腐敗したゾンビ狼や、ドロドロの幽霊たちが襲いかかってきた。 だが、彼らが結界の範囲に入った瞬間――。
ジュワッ!
「ギャアアアアッ!?」
聖なる浄化の光を浴びて、魔物たちは悲鳴を上げながら消滅(成仏)していった。
「あらあら、武器を使うまでもありませんわね」 「この結界、アンデッドには特効(猛毒)だねぇ」
要塞は無敵の掃除機のように進んでいく。 しかし、森の深部に差し掛かった時、異変が起きた。
ズズズズズ……ッ!
地面が揺れ、巨大な植物の根が、槍のように突き出してきた。 要塞の結界を物理的な質量で破ろうとしているのだ。
「植物なら浄化は効かんか! バード、迎撃じゃ!」 「おう!」
要塞の上部ハッチが開き、バードが顔を出した。 彼は車載機銃――ではなく、巨大なチェーンソーを取り付けた『伐採アーム』を操作する。
「邪魔だァッ!!」
ギュイイイイイイイッ!!
轟音と共に、迫りくる巨大な根が切断され、チップとなって飛び散る。 バードは楽しそうに森を切り開いていく。
「こっちも来るぞ! アルヴィス!」 「任せろ!」
アルヴィスが側面ハッチから飛び出した。 結界内なら、瘴気の影響はない。 彼は『時雨』を抜き放ち、襲いかかる蔦の群れに向かって走った。
ヒュッ、ヒュッ。
赤い閃光が走るたび、鋼鉄より硬いはずの魔界植物が、音もなくバラバラに崩れ落ちる。 圧倒的だ。 毒も、物理攻撃も、この要塞と最強の護衛たちの前では無力。
「はっはっは! どうじゃ眷属王! 悔しかったら出てこい!」
わしはマイクを使って森全体に挑発した。 すると、それに応えるように、森の最奥から空気が震えるほどの咆哮が轟いた。
グォォォォォォォォォッ……!!
要塞のモニターに、巨大な熱源反応が表示される。
「出たな……ボスのお出ましじゃ」
前方の霧が渦を巻き、巨大な影が姿を現した。 それは、全身が腐った木と骨で構成された、巨大な竜のような姿をしていた。 第一の眷属王――『腐竜』。
「デカいな……要塞と同じくらいのサイズがあるぞ」 バードが冷や汗を流す。
「上等じゃ。この『グラン・フォートレス』の初陣、派手に飾ってやるわ!」
わしはハンドルを強く握りしめた。 空気清浄機の次は、害虫駆除の時間だ。




