第32話:騎士団長の通い妻(?)生活と勘違いの恋
最強の剣『時雨』を譲渡してから数日。 工房『小さな巨人』には、ある異変が起きていた。
カランコロン♪
「おはよう、ガルネット。今日も来たよ」
朝一番。 爽やかな笑顔と共に現れたのは、キラキラしたオーラを背負った騎士団長、アルヴィスだった。 彼は手土産の高級菓子折り(王都限定スイーツ)をカウンターに置き、熱っぽい瞳でわしを見つめた。
「昨夜も眠れなかったんだ。君の……あの『肌触り』が忘れられなくて」
「ブフッ!!」
お茶を飲んでいたミヤとリナが、盛大に噴き出した。 わしは眉間のシワを深くして、ため息をついた。
「……アルヴィスよ。主語を言え、主語を。『時雨』の切れ味のことじゃろ?」
「ああ、すまない。あまりに素晴らしくて、つい言葉足らずになってしまった」
アルヴィスは悪びれもせず、腰の剣を愛おしそうに撫でた。 そう、こやつはただの「剣バカ」になってしまったのだ。 『時雨』は繊細すぎるため、毎日の微調整(魔力チューニング)が必要なのだが、それをいいことに彼は毎日通いつめている。
「見てくれ、ガルネット。昨日、訓練で少し刃が曇った気がするんだ。……君の手で、優しく直してくれないか?」
「……へいへい。貸してみろ」
わしは剣を受け取り、カウンター越しにメンテナンスを始めた。
***
その様子を、物陰からリナとミヤが覗き見ていた。
「……ねえ、リナちゃん。どう思う?」 「間違いありませんわ。あれは『恋』です!」
リナが断言した。
「見てください、あのアルヴィス様の瞳! 親方を見る目がトロットロですわよ! それに毎日手土産を持ってくるなんて、求愛行動そのものです!」
「ええ~? でも相手は親方だよ? 中身お爺ちゃん……じゃなくて、12歳だよ?」 「年齢も種族も関係ありませんわ! あの『身分違いの恋』こそ燃えるのです! 騎士団長と天才幼女職人……うふふ、小説のネタになりますわ!」
リナは完全に妄想の世界に入っていた。 そこへ、バードが通りかかる。
「ん? 何の話だ?」 「しっ! バード先生、静かに! 今、愛の告白が始まるかもしれませんのよ!」
3人は息を潜めて聞き耳を立てた。
――カウンター――
わしはルーペで刀身を覗き込んでいた。
「ふむ……少し重心がズレておるな。アルヴィス、お主、また無理な体勢で振ったな?」 「ああ……君の言う通りだ。夢中になってしまってね。……君と一体になれた気がして、制御が効かなかった」
(※訳:剣との一体感が高すぎて、つい振りすぎた)
「まったく、乱暴に扱うなと言ったじゃろ。……ほれ、ここをこうして……」 「あっ……すごいな。君が触れるだけで、熱くなるのがわかるよ」
(※訳:ガルネットが魔力を込めると、ヒヒイロカネが反応して熱を持つ)
「……ふぅ。これでよし。満足か?」 「ああ、最高だ。ありがとう、ガルネット。君なしでは、もう生きていけない体になってしまったようだ」
(※訳:この剣がないと戦えない)
――物陰――
「「「キャアアアアアアアッ!!!」」」
ミヤ、リナ、そしてバードまでもが顔を覆って悶絶した。
「聞いた!? 『一体になれた』って! 『熱くなる』って!」 「『君なしでは生きていけない』! プロポーズですわ! 結婚式はいつですの!?」 「すげぇ……。大将、いつの間にそんな大人の関係に……」
誤解が光速で加速していく。
***
メンテナンス終了後。 アルヴィスは満足げに剣を納め、帰り支度を始めた。
「それじゃあ、また明日も来るよ」 「明日は休みじゃ。来るな」 「えっ……そんな殺生な。一日でも君(の剣)に触れられないなんて、耐えられない」
アルヴィスが子犬のような目で訴えてくる。 面倒くさい男だ。イケメンでなければ殴っているところだ。
「わかったわかった! わしが出向いてやるから! 店に来るな、営業妨害じゃ!」 「本当かい!? 嬉しいよ! じゃあ、明日の夜、僕の部屋で待ってるね!」
アルヴィスは爽やかに手を振り、キラキラと去っていった。 わしはやれやれと肩をすくめ、振り返った。
「……ん? なんじゃお主ら、その生温かい目は」
そこには、ニヤニヤと笑う3人が立っていた。
「隅に置けないねぇ親方! 明日の夜、部屋で待ってるってさ!」 「花嫁修業なら任せてくださいまし! まずはドレス選びからですわね!」 「大将……お祝い、何がいいか?」
「……は?」
わしはポカンとした。 こいつら、何を言っているんだ?
「違う! 剣じゃ! あやつは剣の話をしておるんじゃ!」 「はいはい、照れ隠しですね!」 「わかりますわ、その気持ち。初恋は甘酸っぱいですものね!」
「だーかーらー!! 違うと言っておろうがぁぁッ!!」
わしの絶叫が工房に響き渡った。 結局、誤解が解けるまでには数日を要し、それまでの間、わしはリナから「勝負下着」を勧められ続け、ミヤからは「玉の輿お祝い金」を無心され続ける地獄を味わうことになった。
最強の剣は、最強のトラブルメーカーでもあったようだ。




