第31話:継承:その刃は時をも斬る
朝日が差し込む工房の庭。 まだ包帯が残るものの、回復したアルヴィスが立っていた。 その前には、わしと、徹夜明けで目の下にクマを作った工房の仲間たちが並んでいる。
「……待たせたな、アルヴィス」
わしは、白布に包まれた細長い包みを差し出した。
「これが、お主の新しい相棒じゃ」
アルヴィスは神妙な面持ちでそれを受け取り、ゆっくりと布を解いた。 現れたのは、ガラス細工のように透き通り、中心に一筋の赤い脈が走る、美しくも異様な剣だった。
「……これが」
アルヴィスが息を呑む。 彼は柄を握り、静かに引き抜こうとした。
「気をつけろ」 わしは鋭く忠告した。 「その剣に『鞘走り』の音はない。摩擦すら起きんほど滑らかじゃからな。うっかり指を触れれば、痛みもなく落ちるぞ」
アルヴィスが慎重に抜刀する。 シュッ……という音すらしない。無音。 ただ、空間に赤い線が一本描かれたように見えた。
「軽い……。まるで、光を握っているようだ」
「銘は**『時雨』**。 いいか、アルヴィス。その剣の使い方は、今までの常識とは逆じゃ」
わしは指を立てて説明した。
「力はいらん。速度も、振り回す遠心力もいらん。 必要なのは『軌道』だけじゃ。 敵の攻撃を受け止めるな。剣をぶつけるな。その剣は防御には向かん。 ただひたすらに、敵の隙間を『通り抜ける』イメージで振れ」
「通り抜ける……」
アルヴィスは剣を見つめ、静かに目を閉じた。 剣士としての本能が、その特異性を理解しようとしているようだ。
「試してみるか?」 「ああ。頼む」
わしはリナに合図を送った。
「リナ、標的を」 「はいですわ! とびきり硬いのを出しますわよ! 『サモン・アダマンタイト・ゴーレム』!」
ズズズズ……ッ! 地面が隆起し、全身が黒光りする金属質の岩で構成された、巨大なゴーレムが現れた。 その硬度はドラゴンの鱗に匹敵する。普通の剣なら、触れただけで折れる相手だ。
「……ふぅ」
アルヴィスが構える。 自然体。 剣先がだらりと下がり、殺気が消える。
「行くぞ」
アルヴィスが動いた。 疾走。 だが、足音は静かだった。風のようにゴーレムの怀に滑り込む。
ゴーレムが迎撃のために剛腕を振り下ろす。 アルヴィスはそれを避けず――ただ、すれ違った。
ヒュッ。
風切音すら置き去りにして、アルヴィスがゴーレムの背後へと抜けた。 剣を振ったようには見えなかった。 ただ、赤い光が一瞬、空中に残像を描いただけ。
「……外した?」 ミヤが首を傾げた。 ゴーレムは何事もなかったかのように立っている。傷跡一つない。
「失敗か……?」 バードが眉をひそめた、その時だった。
ズ……ッ。
ゴーレムの胴体に、微かな「ズレ」が生じた。 斜めに走る、髪の毛よりも細い線。 上半身が、ゆっくりと、音もなく滑り落ちていく。
ドォォォォォン!!
地面に落ちた瞬間、ようやく重力が仕事をしたかのように轟音が響いた。 切断面は、鏡のようにピカピカに磨き上げられ、周囲の景色を反射していた。
「な……!?」 ミヤとバードが絶句する。
「『斬られたことに気づかなかった』か……」 わしはニヤリと笑った。 「物体が結合を失ったことを認識するまでに、数秒のラグがあったな。 あれぞ『ゼロ抵抗』。斬撃という事象が、時間の認識すら追い越した証拠じゃ」
アルヴィスは、ゆっくりと剣を納めた。 カチリ、と小さな音が響く。
「……恐ろしいな、君は」 アルヴィスが振り返り、苦笑した。 「手応えが全くない。空を切ったのかと思ったよ」
「それでいい。手応えがあった時点で、それは『抵抗』されたということじゃ」 わしはアルヴィスに歩み寄った。
「その刃なら、奴らの『停滞』の呪いすら感知できまい。 呪いが『止めろ!』と命令を出す前に、すり抜けて斬り伏せることができる」
アルヴィスは膝をつき、わしの目を見て言った。
「ありがとう、ガルネット。 この剣に誓って、必ず世界を守ってみせる。……そして、君の呪いを解く手がかりも、必ず持ち帰る」
「ふん。期待しておるぞ、泣き虫団長」
わしは彼の肩をポンと叩いた。 これで準備は整った。 最強の剣と、最強の剣士。 工房『小さな巨人』の最高傑作が、いよいよ戦場へと放たれる。




