第30話:鍛造:ヒヒイロカネの剣
工房『小さな巨人』の中心にある大炉に、聖なる火が灯された。 窓は全て目張りされ、余計な光と風を遮断している。 中央の金床には、持ち帰った伝説の金属『ヒヒイロカネ』が鎮座し、真紅の輝きを放っている。
「……よいか。これより鍛造に入る」
わしは白衣を身にまとい、髪を後ろで束ねた。 表情に笑みはない。
「今回の作業は、一瞬の気の緩みも許されん。温度が一度でも狂えば結晶が歪む。打撃の角度が一度でもズレれば、刃は鈍る」
わしは3人を見渡した。
「わし一人では無理じゃ。 バード、お主は『ふいご』を担当しろ。わしの呼吸に合わせて風を送れ。 リナ、お主は『魔力供給』じゃ。ヒヒイロカネの活性化状態を維持しろ。 ミヤ、お主は『環境管理』じゃ。室温、湿度、そしてわしたちの水分補給を完璧にこなせ」
「おう。任せろ大将」 「私の魔力が尽きるまで、輝かせ続けますわ」 「親方が倒れないように、最高のサポートをするよ!」
頼もしい返事だ。 わしは深く息を吸い込み、ハンマーを握った。
「始めるぞ。……火入れ!」
***
カーン……カーン……カーン……。
静寂の中に、澄んだ打撃音が響き渡る。 それは、音楽のように一定のリズムを刻んでいた。
ヒヒイロカネは気難しい。 力任せに叩けば反発し、弱ければ形を変えない。 わしは金属の「声」を聞きながら、原子の配列を一つ一つ整列させるように叩く。
「……風、強めろ」 「おうッ!」
バードが全身の筋肉を使ってふいごを操作する。 炉の炎が青白く変色し、ヒヒイロカネが透き通るような茜色に染まる。
「……魔力、安定させろ。揺らいでおるぞ」 「くっ……! はいですわ!」
リナが額に汗を浮かべながら、杖を通して魔力を注ぎ続ける。 彼女の魔力が触媒となり、金属が柔軟性を持つ。
一日が過ぎ、二日が過ぎた。 わしは一睡もせず、水だけで命を繋ぎながら、ハンマーを振り続けた。 意識が朦朧としてくる。 腕の感覚がなくなってくる。 だが、止めるわけにはいかない。一度でも手を止めれば、そこで金属が「死ぬ」。
(……きついな。この幼女の体では、限界が早い)
視界が歪む。 膝が笑う。 金床が二重に見える。
「親方! 水!」
倒れそうになった瞬間、ミヤが口元に管を差し込んだ。 冷たい水が喉を通り、意識が覚醒する。
「……ありがたい」 「まだ終わらせないよ! ここまで来たんだから!」
ミヤがタオルでわしの汗を拭う。 そうだ。終わらせてたまるか。 アルヴィスが待っている。 この剣で、あの忌々しい呪いを断ち切るのだ。
わしは再びハンマーを振り上げた。
***
三日目の深夜。 ついに、その時は訪れた。
「……焼き入れじゃ。全員、離れろ!」
わしは赤熱した刀身をヤットコで掴み上げ、聖水で満たした水槽へと運ぶ。 これが最後だ。 この一瞬で、剣の魂が決まる。
ジュゥゥゥゥッ……!!!
水槽から爆発的な蒸気が上がる。 わしは祈るように刀身を見つめた。 歪むな。曲がるな。耐えろ。
蒸気が晴れていく。 そこに現れたのは――。
「……できた」
それは、異様な剣だった。 装飾は一切ない。 ただ、刀身がガラスのように透明で、中心に赤い光の脈が一本走っている。 あまりに薄く、鋭く研ぎ澄まされているため、横から見ると存在しないかのように錯覚する。
わしは震える手で、その剣を布の上に置いた。 ハラリ。 刃が触れただけの布が、重力に従って自然に真っ二つに分かれた。
抵抗ゼロ。 「斬る」という現象すら超越し、ただそこにあるだけで物質を分かつ刃。
「完成じゃ……銘は**『時雨』**」
音もなく降り注ぎ、全てを濡らす雨のように。 抵抗なく対象を透過する、神速の刃。
「やった……やったね、親方……!」 「見事ですわ……」 「へへっ、いい仕事だったぜ」
仲間たちがへたり込みながら笑う。 わしもまた、金床に背を預けて座り込んだ。 体は鉛のように重いが、心は羽のように軽い。
職人として、これ以上の仕事はない。 最高傑作だ。
わしは天井を見上げて呟いた。
「……待っていろ、アルヴィス。 これがお主の新しい『牙』じゃ」




