第26話:傷だらけの帰還者と『停滞』の呪い
工房『小さな巨人』の夜は、いつも賑やかだ。 バードが原稿用紙に向かってペンを走らせ、ミヤが電卓を叩き、リナが新しいドレスの生地を選んでいる。 わしは、そんな平和な光景を眺めながら、整備したばかりの工具を磨いていた。
――その時だった。
ドンドンドンドンッ!!
激しいノックの音が、夜の静寂を引き裂いた。
「た、頼む! 開けてくれ! 団長が……アルヴィス団長が!」
聞き覚えのある声。アルヴィスの部下の騎士だ。 バードが弾かれたように立ち上がり、ドアを開ける。 そこにいたのは、血相を変えた数名の騎士と、彼らに抱えられた血まみれの男――アルヴィスだった。
「ひどい……」 リナが息を呑む。 あの白銀の鎧はひしゃげ、半壊している。美しい顔は蒼白で、意識がないようだ。
「ここへ運べ! リナ、お湯と布を! ミヤ、ポーション在庫全部持ってこい!」
わしは作業台の上を掃き出し、そこにアルヴィスを寝かせた。
「おい、しっかりしろ! 何があった!?」
わしが頬を叩くが、反応がない。 部下の騎士が泣きそうな顔で説明する。
「遠征先で……『黒い霧』を纏った幹部クラスの魔族と遭遇したのです。団長は我々を逃がすために一人で殿を務めて……」
「傷を見せろ」
わしは鎧の留め具を外し、胸元の傷を確認した。 そして――戦慄した。
「……なんじゃ、これは」
大きな斬り傷がある。だが、血が出ていない。 かといって、治っているわけでもない。 傷口の断面が、まるで**「時が止まった」**かのように、鮮度を保ったまま固まっているのだ。
「ポーションが効かないのです! 聖女フィーナ様の回復魔法ですら、弾かれてしまって……!」
「……やはりか」
わしは傷口に手をかざした。 感じる。 冷たく、重く、粘りつくような魔力の残滓。 それは、わしの体を12歳のまま固定しているあの感覚と、全く同じものだった。
「『停滞』……」
わしは呟いた。 細胞の活動、血流、そして治癒しようとする生命力。それら全ての「運動エネルギー」を凍結させる呪い。 これでは、どんなに強力な回復魔法をかけても、細胞が再生を始めない。傷が開いたまま固定されているのだ。
「こやつ、このままだと死ぬぞ。呪いで死ぬのではなく、生命活動そのものを止められて」
「そんな……! 店主殿、なんとかならないのですか!?」
騎士たちがすがりつく。 わしは唇を噛んだ。わしは医者ではない。鍛冶師だ。 だが、この呪いの性質なら、物理的に打破できるかもしれない。
「……バード! アレを持ってこい!」 「アレって、開発中の『振動発生機』か!?」 「そうじゃ! 急げ!」
わしはアルヴィスの耳元で叫んだ。 「死ぬなよ、泣き虫坊主! お主の剣はまだ折れちゃおらんぞ!」
彼の腰には、わしらが作った聖剣グラムが、傷一つない状態で帯びられていた。 武器は負けていない。なら、使い手を死なせるわけにはいかん。
***
バードが持ってきたのは、巨大なスピーカーのような形をした魔導具だった。 本来は、金属のサビを落とすために開発していた『超音波洗浄機』の試作品だ。
「いいか、理論は単純じゃ。止まっているなら、無理やり動かせばいい!」
わしは装置の先端をアルヴィスの傷口に押し当てた。
「ミヤ、魔石接続! リナ、回復魔法の準備! わしが呪いの殻を砕いた瞬間、一気に治せ!」 「了解!」
スイッチ・オン。 ヴィイイイイイイイイッ……!!
高周波の振動が、アルヴィスの体を揺らす。 『停滞』の呪いは、分子運動の停止だ。ならば、外部から強力な振動を与え、強制的に熱を発生させれば、呪いのロックは外れるはず。
バチッ、バチバチッ! 傷口から黒い火花が散る。呪いが抵抗しているのだ。
「負けるかぁぁッ! 起きろ! お主の細胞、サボるでないわ!」
わしは出力を最大にした。 パリンッ……。 何かが割れるような音が聞こえた瞬間、止まっていた血がドッと溢れ出した。
「今ですわ! 『ハイ・ヒール』!」
リナの光が傷を包む。 今度は弾かれない。見る見るうちに肉が盛り上がり、塞がっていく。
「……ぅ、ん……」
アルヴィスの瞼が、微かに震えた。 呼吸が深くなり、顔色に赤みが戻る。
「せ、成功だ……! 団長が助かったぞ!」
騎士たちが歓声を上げ、ミヤがへなへなと座り込んだ。 わしも額の汗を拭い、大きく息を吐いた。
***
数時間後。 意識を取り戻したアルヴィスは、ベッドの上で上半身を起こしていた。
「……すまない、ガルネット。また迷惑をかけたな」
「気にするな。修理代は高くつくぞ」
わしはスープを差し出しながら、本題を切り出した。
「……で、見たのか? 『呪いの王』を」
アルヴィスの表情が曇った。
「いや、王ではない。奴は『将軍』クラスの側近だった。 だが……強かった。私の攻撃が、当たる瞬間に『止まる』のだ。剣も、魔法も、運動エネルギーを完全に殺される」
アルヴィスは悔しげに拳を握った。
「君の作ってくれた聖剣は耐えた。折れなかった。だが、刃が届かない。 奴らの纏う『停滞の鎧』……あれを攻略しない限り、王の元へたどり着くことすらできないだろう」
停滞の鎧。 わしはその言葉を反芻した。 わしの成長を止めている呪い。そして、敵の無敵の防御。根源は同じだ。
(つまり、奴らの能力を解析し、打ち破る武器を作れば……わしの呪いも解ける可能性がある)
点と線が繋がった。 これはもはや、ただの国救いではない。わし自身の戦いだ。
「……面白い」
わしは不敵に笑った。 職人魂に火がついた。
「物理無効? 魔法無効? 上等じゃないか。 この世に壊せない物質など存在しない。ただ、壊し方がわからんだけじゃ」
わしはアルヴィスの肩を叩いた。
「安心しろ。奴らの『停滞』をぶち破る、とびきり凶悪な新兵器を開発してやる。 それまで、お主はリハビリでもしておけ」
アルヴィスは驚いた顔をし、やがて頼もしげに微笑んだ。
「ああ……頼む。君だけが頼りだ、『小さな巨人』」
新たな目標が決まった。 ターゲットは『停滞』の打破。 工房の戦いは、ここから次のステージへと進むことになる。




