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第25話:バードの恋?

事件の始まりは、ミヤのタレコミだった。


「親方、大変だよ! バードが……バードが『恋文』を書いてる!」


 工房の昼休み。  ミヤが血相を変えて、わしの作業部屋に飛び込んできた。  リナも一緒だ。彼女はなぜか頬を赤らめ、ハンカチを噛み締めている。


「な、なんじゃと? あのバードがか?」


 わしは耳を疑った。  バードと言えば、身長2メートルの巨漢、顔には古傷、腕は鋼鉄の義手。  無口で強面、「趣味は筋トレ、特技は敵の粉砕」という、色恋沙汰とは最も縁遠い男だ。


「間違いありませんわ! さっき中庭で、ピンク色の便箋に向かって、猛烈な勢いでペンを走らせていましたもの!」 「しかも、時々『ニヤッ』て笑うんだよ! あのバードが! 気持ち悪い……いや、怖いよ!」


 わしは腕組みをして唸った。  バードは工房の要だ。彼が色ボケして骨抜きにされたら、生産ライン(主に力仕事)が止まってしまう。  いや、それ以前に……。


「……あいつに春が来たなら、親代わり(雇用主)として見極めねばならんな」


 もし相手が悪い女で、純朴なバードを騙そうとしているなら、わしが『排除(物理)』せねばなるまい。


「よし、総員配置につけ! これより『オペレーション・ストーキング』を開始する!」


          ***


 午後。バードは「ちょっと野暮用で出かけてくる」と言い残し、工房を出た。  いつもより髪を整え、襟付きのシャツを着ている。明らかに『デート』の装いだ。


 わしたち3人は、ミヤの『光学迷彩ローブ(試作品)』を被り、背景に溶け込みながら彼の後をつけた。


「街の大通りに行きますわね」 「花屋だ! 花束を買ってるよ!」


 バードが立ち寄ったのは花屋だった。  店員と何やら話し込み、小さなブーケを受け取っている。  その顔は、いつになく真剣で、どこか恥ずかしそうだ。


「うわぁ……ガチだ」 「あら、意外と趣味が良いですわ。可憐な野草のブーケ……相手は清楚な方かしら?」


 バードは花束を大事そうに抱え、さらに街の奥へと進む。  到着したのは、路地裏にある隠れ家的な『喫茶店』だった。


「あの中か……」 「窓際の席に座ったよ! あっ、相手が来た!」


 バードの向かいの席に、一人の女性が座った。  丸眼鏡をかけた、知的で大人しそうな女性だ。地味だが、品がある。


「ふむ……悪くない雰囲気じゃな」 「聞き耳を立てましょう!」


 わしたちは店の外壁に張り付き、ミヤの聴覚強化スキルで会話を盗み聞きした。


 ――店内――


『……待っていましたよ、先生』 『ああ。遅れてすまない』 『いえ。……それで、例のモノは?』 『これだ。……昨夜、一晩かけて仕上げた。自信作だ』


 バードが懐から、分厚い封筒を取り出した。  女性がそれを受け取り、中身を確認して頬を染める。


『あっ……! 素敵です、先生! 今回の「攻め」は強引ですね……!』 『ああ。少し激しすぎたかと思ったが……』 『いいえ! このくらい乱暴な方が、読者はドキドキします! 特にこの、壁に押し付けるシーンなんて……』 『力加減が難しくてな。……壊してしまうんじゃないかと心配だった』


 ――店外――


「「「キャアアアアアアッ!!」」」


 わしたちは無言の悲鳴を上げた。  リナが鼻血を出して倒れかける。


「お、押し付ける!? 壊す!? なんてハレンチな会話ですのーッ!」 「バード……そんな獣だったなんて……見損なったよ……(もっとやれ)」 「ま、待て! 早まるな! まだ決定的瞬間を見たわけじゃ……」


 だが、次の瞬間。  女性がバードの手を両手で握りしめ、上目遣いで言った。


『先生……私、もう我慢できません。今すぐ「続き」が見たいです』 『……ここじゃマズいだろう』 『構いません! 場所を変えましょう! 私の部屋へ……』


「アウトォォォォォッ!!」


 わしは窓を突き破って突入した。


「そこまでじゃーッ!! 不純異性交遊は許さんぞバードーッ!!」 「ええい、離れなさいこの泥棒猫! バードは私たちのペット(筋肉)ですわよ!」 「慰謝料請求するよーッ!」


 ガシャンッ!!  3人が雪崩れ込み、店内の客が悲鳴を上げる。  バードと眼鏡の女性は、きょとんとしてわしたちを見上げた。


「……大将? みんな? 何やってんだ?」 「とぼけるな! 全部聞いておったぞ! 激しいのがどうとか、続きがどうとか!」 「そ、そうですわよ! 神聖な昼下がりに何を……!」


 わしが詰め寄ると、バードは困ったように頭をかき、女性の方を見た。  女性――編集者のアンナは、眼鏡の位置を直し、冷静に言った。


「あの……何か誤解されているようですが」


 彼女はテーブルの上の原稿用紙を指差した。


「バード先生は、当出版社の人気作家『ローズ・ベア』先生ですよ?」


「……は?」


 わしたちの思考が停止した。  作家? バードが?  わしは恐る恐る、テーブルの上の原稿を覗き込んだ。


 タイトル:『義手公爵の溺愛 ~身代わり花嫁は逃げられない~』  著者:ローズ・ベア


 中身をちらりと読む。  『……公爵の鋼鉄の腕が、華奢な彼女の腰を抱き寄せた。「逃がさないぞ、俺の子猫ちゃん」。その低音ボイスに、彼女の鼓動は早鐘のように……』


「…………」


 わしはゆっくりと顔を上げ、バードを見た。  あの、岩のような巨漢のバードを。  彼は顔を真っ赤にして、逃げ出したいような表情で俯いていた。


「……趣味なんだ。昔から、その……こういう物語が好きでな」 「文章力が凄いですわ……!」  リナが原稿を読んで戦慄している。 「繊細な心理描写! 巧みな伏線! そして何より、溢れ出る乙女心! バード、あなた天才ですわ!」


「売れてるんだよ、すごく」  編集者のアンナが補足した。 「特に主婦層に大人気で。印税も結構な額になりますよ」


「……それで」  バードがボソリと言った。 「印税が入ったから、みんなに何か美味いもんでも奢ろうと思って……花は、工房に飾ろうと思って……」


 沈黙。  そして。


「バード先生ェェェッ!! 一生ついていきます!!」


 ミヤが土下座した(金ヅル確定)。  リナが「次回のプロット、相談に乗りますわ!」と目を輝かせる。  わしは……まあ、なんだ。


「……人は見かけによらぬものじゃな」


 結局。  その日はバード(ローズ・ベア先生)の奢りで、高級ケーキをたらふく食べた。  それ以来、工房の夜には、鉄を打つ音に混じって、バードが机に向かって「ときめき」を紡ぐカリカリというペンの音が響くようになったとか。

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