第21話:消えた設計図と裏切り者
第一回戦での圧倒的な勝利から一夜明け、工房『小さな巨人』の宿舎は祝勝ムード……かと思いきや、重苦しい空気に包まれていた。
「……やられたな」
翌朝、控え室に入ったわしたちが目にしたのは、荒らされた作業台だった。 鍵はこじ開けられ、工具箱がひっくり返されている。
「親方! 設計図がないよ! 決勝戦のために昨日徹夜で書いたやつ!」 ミヤが悲鳴を上げる。 「私の最高級の縫い針も折られていますわ……酷いですの!」 リナもハンカチを噛んで悔しがっている。
だが、一番の痛手はそれではない。
「……『共鳴ハンマー』が盗まれたか」
わしは空になった専用ケースを見つめた。 昨日の予選で見せた「共鳴鍛造」。あれを行うための特殊な音叉状のハンマーが持ち去られていた。あれがないと、繊細な振動制御は不可能だ。
「誰の仕業だ……!」 バードが義手をきしませて怒る。 考えるまでもない。動機があるのは一組だけだ。
***
「おい、ハンマー坊や(ギルバート)。随分と汚い真似をしてくれるじゃないか」
わしは隣の控え室に怒鳴り込んだ。 そこでは、ギルバートと王宮鍛冶師たちが最終調整をしていた。
「……なんのことだ?」
ギルバートは心底不思議そうな顔をした。 演技か? いや、彼の目は泳いでいない。
「とぼけるな! ウチの工具が盗まれたんだよ!」 ミヤが噛みつく。
「盗みだと? 馬鹿にするな! 俺は王宮の筆頭弟子だぞ。そんな卑劣な手を使ってまで、貴様らごときに勝ちたいとは思わん!」
ギルバートは激昂した。そのプライドの高さは本物のようだ。 では、誰が?
その時、部屋の奥から、下卑た笑い声が響いた。
「フォッフォッフォ。若いのう、ギルバート君は」
現れたのは、でっぷりと太った男。王宮鍛冶師ギルドの長、ガストンだった。 金糸の刺繍が入った服を着込み、脂ぎった顔でわしたちを見下ろしている。
「……ガストン様?」
「勝負というものはな、戦う前から始まっておるのだよ。 『小さな巨人』さん。君たちの工具は、私が『安全検査』のために預からせてもらったよ。危険な改造がされていないか確認が必要だからねぇ」
「なっ……!?」 ギルバートが絶句する。
「返すのは試合が終わってからだ。文句があるなら運営委員会に言いたまえ。委員長は私の義理の弟だがね」
真っ黒だ。権力を笠に着た完全な妨害工作。
「ふざけるな! そんな不正、俺は認めない!」 ギルバートが食って掛かるが、ガストンは冷たく言い放った。
「黙りなさい! お前が昨日、無様に負けたせいでギルドの権威は地に落ちたのだ! 手段は選ばん。今日は必ず勝て。……もし負ければ、お前の職人生命も終わりだと思え」
「……ッ!」 ギルバートは唇を噛み締め、拳を震わせて黙り込んだ。 組織の論理。上司の命令。純粋な職人としての誇りを、権力が踏みにじっている。
「……行くぞ、みんな」
わしは踵を返した。 これ以上話しても無駄だ。
「でも親方! ハンマーも設計図もなしでどうするの!?」 「道具がないなら、作ればいい。設計図がないなら、頭を使えばいい。 ……それに、わしは今、猛烈に腹が立っておる」
わしはガストンを睨みつけた。 あんな腐った豚に、職人の神聖な戦場を汚されたことが許せない。
「吠え面をかかせてやる。道具なぞなくとも、格の違いを見せてやるわ」
***
そして、決勝戦。 国王陛下の前で、課題が発表された。
「決勝のテーマは『再生』! これより運ばれる『王家の秘宝』を、制限時間内に修復せよ!」
運ばれてきたのは、錆びつき、刀身が半ばから砕け散った**「聖剣グラム」**の残骸だった。 古代の技術で作られた、現代の魔法では再現不可能なロスト・テクノロジーの塊。
「うわぁ……ボロボロだね」 「これを元通りにするなんて、新品を作るより難しいですわよ?」
会場がざわめく中、わしは作業台に立った。 手元には、運営から支給された最低限の金槌とやっとこしかない。専用の共鳴ハンマーはない。
「見てみろ、あの幼女。道具がないぞ」 「やっぱり昨日の勝利はまぐれだったんだ」 「棄権か?」
ガストンがニヤニヤと笑っている。 ギルバートは苦悶の表情で、それでも自分の作業に取り掛かっている。
わしは深呼吸をした。 聖剣の素材は『オリハルコン』。融点は一万度近い。 普通の炉では溶けない。共鳴ハンマーなしでは、分子結合を解くこともできない。
(……ハンマーがないなら、代わりの振動源を使えばいい)
わしは、バードの方を見た。 彼の右腕。わしが作った最高傑作の機械義手。 あの中には、衝撃を与えるための「パイルバンカー」機構と、回転を生む「モーター」機構が組み込んである。
「バード。お主の腕を貸せ」 「ああ? どうするんだ」 「お主がハンマーになれ」
わしはバードの義手の設定をいじった。 リミッター解除。 回転数を極限まで上げ、微細な振動モードへと切り替える。
「お主の腕を『超高速振動』させる。それを直接、聖剣に押し当てるんじゃ」 「お、おい! そんなことしたら俺の腕がバラバラになるぞ!?」 「耐えろ。お主ならできる」
わしはバードを信じた。 そして、リナとミヤにも指示を飛ばす。
「リナ! 『光』の魔法で聖剣を照らせ! 熱はいらん、分子の影を見る!」 「は、はいですわ!」 「ミヤ! 冷却水を絶やすな! バードの腕がオーバーヒートしたら終わりじゃ!」 「了解!」
全員配置につけ。 ここからは、道具なし、設計図なしの、完全なるアドリブ・セッションだ。
「見せてやろうか。 道具を奪われても、誇りまでは奪えんということを!」
わしが手を振り下ろすと同時に、バードの義手が唸りを上げた。
ヴィイイイイイイイイッ!!!
共鳴音。 盗まれたハンマーよりも荒々しく、しかし力強い「魂の音」が、会場に響き渡った。




