第20話:開会式と無理難題
王立技術博覧会、当日。 会場となった王都の闘技場は、異様な熱気に包まれていた。 観客席には貴族や騎士、そして国中の職人たちが詰めかけ、アリーナの中央には選ばれた10の工房の作業スペースが設けられている。
「うわぁ……人、人、人! 全員がお財布に見えるよ!」 「ミヤ、涎を拭きなさい。……あら、あそこの貴婦人の帽子、素敵ですわ」
緊張感のないミヤとリナを他所に、わしは特設された作業台(踏み台付き)に座っていた。 隣のスペースには、あのギルバート率いる王宮鍛冶師ギルドの精鋭たちが陣取っている。彼らは真新しい最新式の炉と、ピカピカの工具を並べて威嚇してきた。
「ふん。田舎のボロ工具で何ができる」
ギルバートが口パクで挑発してくる。 わしは無視して、バードに指示を出した。
「バード、準備はいいか」 「おう。いつでもいけるぜ、大将」
***
ファンファーレが鳴り響き、国王陛下がロイヤルボックスに現れた。 そして、大会運営委員長が高らかに宣言する。
「これより、第一回戦を開始する! テーマは『最強の硬度への挑戦』! 各工房に配られる素材を加工し、制限時間内に『短剣』を作り上げよ!」
ゴゴゴゴ……。 アリーナの床が開き、各作業台に素材が運ばれてきた。 それを見た瞬間、会場中の職人たちから悲鳴に近いどよめきが起きた。
「バ、馬鹿な!? あれは……!」 「『剛竜』の甲殻だと!?」
作業台に置かれていたのは、黒光りする岩のような物体。 地球上のどの金属よりも硬く、融点は数千度。魔法耐性も最強クラス。 加工はおろか、傷をつけることすら困難な「職人殺し」の素材だ。
「おいおい、正気かよ……あんなもん、どうやって溶かすんだ?」 「ハンマーが折れるぞ!」
開始の合図と共に、他の工房の職人たちが一斉に取り掛かるが、すぐに絶望の声が上がった。 最高火力の炉に入れても赤くすらならない。 渾身の力で叩けば、ハンマーの方が砕け散る。
「くそっ! 硬すぎる!」
そんな中、ギルバートだけが冷静だった。 彼は『王宮の秘伝』とされる特殊な酸の溶液を取り出し、甲殻にかけ始めた。
「ふん、素人どもめ。剛竜の甲殻は、酸で表面を腐食させてから削るのが定石だ!」
ジュワワワ……と煙が上がる。確かに少しずつ溶けているが、短剣の形にするには何日かかるかわからない遅さだ。それでも、他の工房よりはマシだ。
「見たか! これが王宮の知識だ!」
ギルバートが勝ち誇ったようにわしを見た。
「……」
わしはまだ動いていなかった。 作業台の上に鎮座する巨大な甲殻を、じっと見つめているだけだ。
「おい見ろよ、あの幼女、諦めたのか?」 「そりゃそうだろ。あんな子供の力じゃ、槌を持ち上げることすら……」
観客がヒソヒソと笑う。 わしはため息をついた。
「……やれやれ。どいつもこいつも『力技』しか知らんのか」
わしは立ち上がると、懐から小さなハンマーを取り出した。 宝石商が使うような、掌サイズの小さな槌だ。
「バード、その甲殻を空中に固定しろ」 「へいよ」
バードが義手の万力で甲殻を挟み、空中に持ち上げる。 わしは甲殻に耳を当て、小さなハンマーで、コン……コン……と優しく叩き始めた。
「は? 何やってんだあいつ」 「遊んでるのか?」
ギルバートがせせら笑う。 だが、わしの耳には聞こえていた。 物質が持つ『固有振動数』の音が。
(……ここじゃな)
わしはニヤリと笑った。 どんなに硬い物質でも、原子の結合で成り立っている。 その結合のリズムに合わせて振動を与えれば、結合力は無効化され、豆腐のように脆くなる。 前世で編み出した奥義『共鳴鍛造』だ。
「バード、わしの合図に合わせて、そこを叩け」 「了解」
わしはルーンを刻んだ指先で、甲殻の一点を押さえた。 そして、リズムを刻む。
コン、コン、コン……トン!
「今じゃ!」
バードが巨大なハンマーを振り下ろした。 だが、それは力任せの打撃ではない。わしが作った「振動の波」に重ねるような、絶妙なタイミングの一撃。
カァァァァァン!!!
澄んだ音が会場に響き渡った。 その瞬間。
パカッ。
絶対硬度を誇るはずの剛竜の甲殻が、まるで熟した果実のように、真っ二つに割れた。
「な……!?」 「えええええええっ!?」
会場中の目が点になった。 ギルバートが持っていた酸の瓶を取り落とす。
「わ、割った!? 炉にも入れずに!? 一撃で!?」
わしは手を休めない。 割れた断面は、分子レベルで剥離しているため、鏡のように滑らかだ。 わしはさらにリズムを刻む。
コン、コン……トン! パカッ。 コン、コン……トン! パカッ。
わしが指揮者のように小槌を振るい、バードが太鼓奏者のように大槌を振るう。 そのたびに、硬い甲殻は不要な部分が削ぎ落とされ、美しい刃の形へと「彫刻」されていく。
熱も、薬品もいらない。 必要なのは、物質との対話(物理学)のみ。
「で、できた……」
制限時間の半分も使わずに、作業台の上には、黒曜石のように美しく透き通った『剛竜の短剣』が完成していた。
「審判員! 完成じゃ!」
わしが手を挙げると、静まり返っていた会場が、爆発したような大歓声に包まれた。
「すげえええええ! 魔法かあれは!?」 「いや、ただ叩いていただけだぞ!? なんで割れるんだ!?」
審判員が震える手で短剣を手に取り、試し切り用の鉄板に当てた。 力を入れるまでもなく、鉄板は紙のように切り裂かれた。
「こ、甲殻の繊維方向を完全に見極め、分子結合を維持したまま加工されている……! 国宝級の業物だッ!!」
勝負あり。 わしは呆然としているギルバートの方を向き、ニッと笑って見せた。
「言ったじゃろ、ハンマー坊や。 鉄(素材)の声を聞け、と」
工房『小さな巨人』の快進撃が、ここから始まる。




