第19話:王宮鍛冶師との前哨戦
博覧会の参加者用宿舎。 その食堂は、国中から集まった荒くれ者の職人たちでごった返していた。 筋肉、酒、鉄の匂い。 そんなむさ苦しい空間の片隅で、異彩を放つテーブルがあった。
「んまーっ! さすが王都、お肉が柔らかいですわ!」 「ボクはお代わり! 経費で落ちるなら限界まで食べるよ!」
リナとミヤが、まるで女子会のようにキャッキャと食事を楽しんでいる。 わしはステーキをナイフで細かく切りながら(子供の握力では切るのも一苦労だ)、周囲の視線を感じていた。
「おい、見ろよ。あれが噂の『小さな巨人』か?」 「なんだありゃ。ピクニックか?」 「あんなガキが参加者とはな。王宮も落ちたもんだ」
陰口が聞こえる。 やれやれ、どこへ行ってもこれだ。実力社会とは言うが、まずは見た目のフィルターを外させるのに一苦労する。
その時。 食堂の空気がピリッと変わった。
「……ここか。我がギルドの面子を汚す、田舎の三流工房というのは」
冷ややかな声と共に、一人の青年がわしたちのテーブルの前に立った。 仕立ての良い紺色の作業着。整えられた金髪。 その胸には、王宮鍛冶師ギルドの筆頭弟子を示す「銀のハンマー」のバッジが輝いている。
「俺はギルバート。王宮鍛冶師ギルドの次期マスターだ」
ギルバートは、わしを見下ろして鼻を鳴らした。
「聞いていた通り、本当に子供だな。アルヴィス様も耄碌されたか。こんなおままごと集団の玩具をありがたがるとは」
カチン。 ミヤとリナの動きが止まった。 バードが静かにフォークを置く。 わしは肉を咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。
「……食事中に埃が舞うのう。用がないなら消えろ」
「ふん、口だけは達者だ。だがな、俺は認めんぞ。貴様のような『邪道』が、神聖な御前試合に出るなど」
ギルバートは、ミヤがテーブルに置いていた商品見本――『蝶の髪飾り(護衛虫)』をつまみ上げた。
「ルーン魔術でギミックを動かす? 愚かしい。 鍛冶の本質は『鉄』だ。素材の純度と、鍛え抜かれた鋼の硬度こそが至高。 こんな小手先の技術に頼るのは、腕のない三流の証拠だ」
彼は髪飾りを放り投げ、腰から自作の短剣を抜いた。
「見ろ。これが『本物』だ」
シュッ。 彼が軽く振ると、空気が裂けるような鋭い音がした。 刀身には波紋が浮かび、一点の曇りもない。確かに、良い腕だ。教科書通りの、減点方式なら満点の剣だ。
「美しいだろう? 最高純度のミスリル合金を、三日三晩叩き上げた。貴様の玩具とは格が違う」
「……そうか」
わしはナイフを置き、ナプキンで口を拭いた。 そして、よっこらせと椅子の上に立ち上がり、ギルバートの剣を覗き込んだ。
「……なんだ? 恐れ入ったか?」 「いや。……可哀想になと思ってな」 「あ?」
わしは短剣の刀身――その中央部分を、指先でコンコンと叩いた。
「三日三晩叩いた? 嘘をつけ。途中で6時間ほど寝たじゃろ」 「なッ……!?」
ギルバートの表情が凍りついた。図星らしい。
「炉の温度管理も甘い。夜明け前に気温が下がった時、火力を上げるのを怠ったな? そのせいで、刀身の中央部に目に見えない『ムラ』ができている。結晶構造が歪んでおるぞ」
「ば、馬鹿なことを言うな! 見ただけでわかるはずがない!」
「わかるさ。鉄が悲鳴を上げておるからな」
わしは食堂の柱――石造りの頑丈な柱を指差した。
「試してみろ。その柱に、本気で斬りかかってみろ」 「はっ! 俺の剣をへし折らせる気か? そんな挑発には……」 「自信がないのか? 『最高純度』なんじゃろ?」
わしが挑発的にニヤリと笑うと、プライドの高い彼は顔を真っ赤にした。
「いいだろう! この柱ごと叩き斬って、貴様の能書きを黙らせてやる!」
ギルバートは剣を振りかぶり、渾身の力で石柱に叩きつけた。
ガギィィィンッ!!
激しい火花が散る。 そして――。
パキーン……。
乾いた音が響き、短剣が真っ二つに折れて床に落ちた。 折れた箇所は、まさしくわしが指で叩いた「中央部分」だった。
「な……あ……!?」
ギルバートは折れた剣を見つめ、わなわなと震えた。 周囲の職人たちも息を呑む。 石柱を叩けば刃こぼれはするかもしれないが、まさか一撃で、しかもあんな綺麗に折れるとは。
「言ったじゃろ。ムラがあると」
わしは椅子から降り、彼の足元に転がった切っ先を拾い上げた。
「お主の腕は悪くない。だが、鉄への敬意が足りん。 自分が寝たいからといって炉を離れた時点で、お主は鉄に見放されたんじゃよ」
わしは切っ先を彼の胸ポケットに返してやった。
「出直してこい、ハンマー坊や(ギルバート)。 わしに勝ちたければ、鉄の声を聞けるようになってから来るんじゃな」
「くッ……!! 覚えてろ! 本番ではこんな失態は見せん! 必ず貴様をひれ伏させてやる!」
ギルバートは顔を真っ赤にして、逃げるように食堂を出ていった。 後に残されたのは、静まり返った食堂と、わしを見つめる畏怖の視線だけ。
「……ふぅ。これで少しは静かに飯が食えるか」
「さすが親方! かっこいい!」 「あのイケメンの顔、見ものでしたわ!」 「……大将、ステーキ冷めちまったぞ」
わしは冷めた肉を口に運びながら思った。 ギルバート。才能はある。だが、綺麗すぎる。 本当の「強さ」とは、教科書の中にはない。 それを教えてやるのが、博覧会でのわしの仕事になりそうだ。




