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第2話:鉄クズと狐の商談

転生から三日が過ぎた。  結論から言おう。  わしは今、猛烈に腹が減っている。


「……ぐぅ」


 可愛らしい腹の虫が鳴く。  廃村を漁り、雨風をしのげる崩れかけの小屋は見つけた。だが、食い物がない。  この幼女の体は燃費が悪いらしい。少し動くだけで目眩がする。


 わしはふらつく足で、村の外れにある「ゴミ捨て場」へと向かった。  かつてこの村の鍛冶屋が失敗作や端材を捨てていた場所だ。  前世の記憶(直感)が、そこに行けばなんとかなると告げていた。


 ゴミ山は宝の山だ。  錆びついた農具、欠けたナイフ、ひしゃげた鍋。  一般人にはゴミでも、わしには素材の塊に見える。


「……ふむ。これは赤鉄鉱の含有量が多いな。こっちは炭素が抜けきっておらん」


 わしは一本の「錆びた鉄棒」に目をつけた。  長さは30センチほど。太さは指二本分。  これを加工すれば、とりあえずのナイフか、小さな金槌代わりにはなるだろう。


 問題は、どうやって加工するかだ。  炉もなければ、金槌もない。  何より、今のわしにはこの鉄棒を叩いて曲げる腕力がない。


「じゃが、やりようはある」


 わしは手頃な大きさの石を拾った。  そして、地面に置いた鉄棒の表面を、コン、コン、と軽く叩き始める。


 力任せに叩くのではない。  鉄には「目」がある。木目と同じで、結晶の並びがあるのだ。  そして、どんな物質にも固有の振動数がある。


(ここじゃな)


 指先の感覚で、錆と鉄の境界線を見極める。  手首のスナップだけを使い、最小限の力で、正確無比に急所を打つ。


 キンッ。


 澄んだ音が響くと同時に、ボロボロと分厚い赤錆が剥がれ落ちた。  「衝撃」ではなく「共振」で汚れを弾き飛ばしたのだ。  力のない者が硬いものを扱うための、ドワーフの古の知恵、『共鳴剥離きょうめいはくり』。


「ふん、腕は鈍っておらんようじゃな」


 額の汗を拭う。  見た目は、幼女が石遊びをしているようにしか見えないだろう。  だが手元にあるのは、鈍く銀色に輝きを取り戻した純度の高い鉄塊だ。


 その時だった。


「――ねえ、お嬢ちゃん。何してるの?」


 背後から声をかけられた。  ビクリとして振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。


 年齢は18、9といったところか。  あざといほどに愛想の良い笑顔。  栗色の髪からは、ピンと立った大きな「狐の耳」が生えている。  そしてお尻からは、ふさふさの尻尾。  獣人だ。


 彼女は大きな背負い袋を下ろしながら、興味深そうにこちらを覗き込んできた。


「こんな寂れた場所で、女の子が一人で石遊び? 危ないよー、お姉さんが街まで連れてってあげようか?」


 猫なで声だ。  だが、その目は笑っていない。  値踏みする目だ。こいつ、この廃村に金目のものが残っていないか漁りに来た同業者スカベンジャーか。


「子供扱いは無用じゃ。……それより、お主」


 わしは彼女の腰元を指差した。  安っぽい鞘に入った短剣がぶら下がっている。


「その短剣、刃こぼれしておるな。しかも手入れが悪くて脂ぎっておる。そのままだといざという時に折れるぞ」


「え?」


 狐耳の少女――ミヤは、驚いて自分の腰に手をやった。


「わかるの? これ、昨日ゴブリンを切った時に変な音がしたんだけど」


「音でわかる。悲鳴を上げておるわ」


 わしはため息をついた。  職人として、道具が粗末に扱われているのは我慢ならん。


「貸してみろ。……あと、その袋に入っている乾パンを寄越せ。そうすれば直してやる」


「はあ? 直すって……この石で?」


 ミヤは呆れたように笑った。  無理もない。12歳の薄汚れた幼女が、「石っころで剣を直す」などと言っても信じるはずがない。


「いいから貸せ。それとも、次の戦闘で剣が折れて死にたいか?」


 わしが(精一杯の威厳を込めて)睨みつけると、ミヤは少し躊躇してから、肩をすくめて短剣を差し出した。  どうせ壊れかけだ、ダメ元で、と思ったのだろう。


 わしは短剣を受け取った。  ずしり、と重い。今のわしには両手でやっと持てる重さだ。  情けない。だが、研ぐだけならなんとかなる。


 そこらにある「ただの石」ではない。  さっき拾っておいた、目の細かい砂岩だ。これなら砥石の代わりになる。


 わしは地面に座り込むと、水たまりの水で石を濡らし、研ぎ始めた。


 シュッ、シュッ、シュッ。


 リズムが違う。  角度が違う。  ただ刃を擦り付けるのではない。刃先のミクロ単位のめくれを整え、金属の粒子を一方向に揃えていく。  力が足りない分、回数と角度の精密さで補う。


 10分後。


「ほれ、終わったぞ」


 わしは短剣を返した。  ミヤは半信半疑でそれを受け取り――そして、息を呑んだ。


「……嘘」


 ボロボロだった刃が、鏡のように輝いている。  試しにミヤが近くの雑草を薙ぐと、抵抗なく音もなく、スパリと切断された。  切れ味だけではない。剣全体のバランスが調整され、持った時の重さが軽く感じるはずだ。


「な、何これ!? 新品……いや、買った時より切れるんですけど!?」


「重心も調整しておいた。手首への負担が減るはずじゃ」


 わしは手を差し出す。


「さて、報酬のパンを貰おうか」


 ミヤは興奮冷めやらぬ様子で短剣を見つめていたが、やがてその狐の目を細め、ニタリと笑った。  それは、商人が「金」の匂いを嗅ぎつけた時の顔だった。


「ねえ、お嬢ちゃん。名前は?」


「……ガルネットじゃ」


「ボクはミヤ。行商人をしてるの」


 ミヤは袋から乾パンだけでなく、干し肉と水筒まで取り出して、わしの前に置いた。


「ガルネットちゃん。ボクと手を組まない?」


「あ?」


「キミのその腕、こんなゴミ山で埋もれさせるのはもったいないよ。ボクが素材と客を集める。キミが商品を作る。……二人で大儲け、してみない?」


 わしは干し肉をかじりながら、ミヤの顔を見た。  計算高そうな顔だ。  だが、道具を見る目は悪くない。そして何より、今のわしには「手足」となって動いてくれる人間が必要だった。


「……金勘定は任せるぞ。わしは数字が苦手なんじゃ」


「交渉成立だね! これからは『親方』って呼ばせてもらうよ!」


 こうして。  成長しない鍛冶師と、がめつい狐商人の、奇妙な共同生活が始まったのである。

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