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第16話:怒れるドワーフと贋作疑惑

その日の午後、工房『小さな巨人』の扉は、今までで一番乱暴に開け放たれた。


「おい! 店主を出せぇッ!!」


 雷のような怒号と共に現れたのは、ずんぐりむっくりとした体躯の男だった。  地面まで届きそうな立派な髭。樽のような胴体。背中には巨大な行商用のリュック。  ドワーフだ。


「い、いらっしゃいませー……?」


 さすがのミヤも、その剣幕に押されて尻尾を丸める。  男は店内を見回し、カウンターで茶を飲んでいたわしを見つけると、ドシドシと足音を立てて近づいてきた。


「貴様か! 最近、王都で『ガンツの再来』だのなんだと騒がれている鍛冶師というのは!」


「……そう呼ばれているかは知らんが、店主はわしじゃ」


 わしは冷静を装って答えたが、内心では冷や汗をかいていた。  (げぇっ……ドルゴン!?)  見間違えるはずもない。わしの前世、ガンツの孫だ。  死んだ時はまだヒヨッコだったが、50年も経てば立派な爺さんになりおって。髭に白髪が混じっているではないか。


「俺はドルゴン! 偉大なる鍛冶師ガンツの孫だ!」


 ドルゴンは鼻息荒く名乗った。


「最近、騎士団長のアルヴィス様が妙な剣を使っていると聞いた。見てみれば、確かにじいちゃんの作風に似ている。だがなぁ!」


 ドン! と彼がカウンターを叩く。


「じいちゃんは死んだんだ! それなのに、その名を騙って小銭を稼ぐ詐欺師がいると聞いちゃ黙っていられねえ! この俺が化けの皮を剥がしてやる!」


 なるほど。  じいちゃん子だったからな、こいつ。わしの名誉を守ろうと必死なわけか。  可愛い奴め。


「……詐欺師呼ばわりは心外じゃな。わしは一度もガンツだとは名乗っておらんぞ。客が勝手に勘違いしているだけじゃ」


「口が減らないガキだ! なら、実力で見せてもらおうか!」


 ドルゴンは背中のリュックから、一本の古びた短剣を取り出した。  刃は欠け、柄はひび割れている。だが、わしには見覚えがあった。


(……懐かしいのう。あれはドルゴンが10歳の誕生日に、わしが初めて打ってやった短剣じゃないか)


「これを見ろ! じいちゃんが俺にくれた『宝物』だ! だが、長年の使用で芯材にヒビが入っちまった。王都のどんな名工に見せても『直せない』と言われた代物だ!」


 ドルゴンは短剣を突き出した。


「貴様が本当に『ガンツの再来』と呼ばれるほどの腕があるなら、これを直してみろ! できなければ、看板を叩き割ってやる!」


 無茶を言う。  その短剣は、若き日のわしが実験的に作った「特殊合金」だ。成分比率を知らない者が手を出せば、熱膨張の差で粉々に砕ける。だから誰も直せなかったのだ。


「……バード、受け取れ」


 わしは顎でしゃくった。  バードが短剣を受け取り、作業台の上に置く。  わしはよじ登り、短剣を指先でなぞった。


「……手入れはされておるな。大事に使っていたのがわかる」


「ふん、当たり前だ」


「だが、使い方が荒い。硬い鉱石を無理やりこじった跡がある。お主、相変わらず力任せな作業をしておるな?」


「なっ……なんでそれを!?」


 ドルゴンが動揺する。  わしはニヤリと笑い、炉に火を入れた。


「いいじゃろう。直してやる。……ただし、見て腰を抜かすなよ」


          ***


 カンッ、カンッ、カンッ。


 作業場に、リズミカルな音が響く。  わしは小槌を振るう。力はない。あくまで、金属の分子を揺らし、熱を浸透させるための「合図」を送るだけだ。


「な、なんだその叩き方は……!?」


 ドルゴンが目を見開いた。  常識外れだ。普通の鍛冶は、赤熱した鉄を力いっぱい叩いて伸ばす。  だが、この幼女は、まるで楽器を演奏するように、優しく、しかし正確に急所を突いている。


「そこじゃ。繋がれ」


 わしはルーンを刻んだ。  『結合ギフ』。  そして、かつてこの短剣を作った時と同じ魔力を流し込む。  合金のレシピは頭に入っている。足りない成分を補い、歪んだ結晶構造を整える。


 ――キィィィィン。


 澄んだ音が鳴り響き、短剣が光を放った。  ヒビは消え、刃は新品同様……いや、当時以上の輝きを取り戻していた。


「できたぞ。持っていけ」


 わしは汗を拭い、バードに短剣を渡させた。  ドルゴンは震える手でそれを受け取った。


「……馬鹿な。完璧に、直っている……」


 彼は刃を光にかざし、そして柄を握りしめた。  その瞬間、彼の大粒の涙が、髭を濡らしてこぼれ落ちた。


「う、ううっ……! この感触……この魔力の通り方……! じいちゃんだ……じいちゃんの短剣だぁ……!」


 男泣きである。  いい歳したおっさんが、ボロボロと泣いている。


「おい、泣くな。湿気る」 「だってよぉ……! もう二度と戻らないと思ってたんだ……! 誰に頼んでもダメだったのに……!」


 ドルゴンは涙を拭い、充血した目でわしを見た。  そこにはもう、敵意はなかった。あるのは、畏敬の念だけだ。


「……あんた、何者だ? ただの天才じゃねえ。じいちゃんの『癖』まで完全に把握してやがった。まるで、じいちゃん本人が打ったみたいに」


「……さあな。昔、夢の中でガンツ翁に会ったことがある気がするのう」


 わしはとぼけた。  だが、ドルゴンは何かを悟ったように深く頷いた。


「そうか……。あんた、じいちゃんの『隠し弟子』か、もしかして……隠し子か!?」 「ブッ!!」


 今度こそ茶を吹き出した。  なんでそうなる。


「なるほど! そうに違いない! あのじいちゃん、女好きだったからな!」 「否定はせんが!(そこは否定したいが!)」


 ドルゴンは勝手に納得し、地面に膝をついた。


「すまなかった! 贋作だなんて疑って! あんたは正統な後継者だ! ガンツの魂は、あんたの中に生きてる!」


「……まあ、そういうことにしておいてやる」


 わしはため息をついた。  まあ、偽物呼ばわりされるよりはマシか。


「詫びと言っちゃなんだが、俺の商売ルートを使ってくれ! ドワーフの里から、最高級の鉱石を卸してやる! ミスリルでもオリハルコンでも、なんでも言ってくれ!」


「ほう、それは助かる」  ミヤが「カモがネギ背負ってきた!」という顔でガッツポーズをしている。


 こうして。  怒れるドワーフは、頼れる(そして勘違いの激しい)素材供給係として、工房の協力者となった。  前世の孫に「隠し子」と呼ばれるのは複雑だが、彼が嬉しそうに短剣を抱えて帰る姿を見て、わしも少しだけ目頭が熱くなったのは秘密だ。

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