第15話:ミヤのライバルと「鉄壁のドレス」
その日、ミヤは肩を怒らせ、狐耳を逆立てて帰ってきた。
「むかつくぅぅぅぅッ!! あの泥棒猫ぉぉッ!!」
彼女はカウンターにドン!と売上袋を叩きつけた。中身はいつもより少ない。
「どうしたミヤ。市場で値切りに失敗でもしたか?」 「違うよ親方! 『ベリル』だよ! あの大手商会の娘が、またボクの邪魔をしたんだ!」
ベリル。 ミヤが以前から敵対視している、王都の貴金属商の令嬢だ。 庶民派で薄利多売のミヤとは真逆の、高級志向で高慢な女商人らしい。
「あいつ、ボクが武器を売ってたら横から出てきて、『あら、野蛮な鉄屑ね。本当の商売というのは、こういう美しいものを売ることよ』って、客を全部宝石店に連れて行ったんだよ!」
「ほう、商売敵か」 「しかも、『来週の感謝祭で、どちらが売上を出せるか勝負よ。負けた方はこの街から撤退なさい』だって! 受けて立ったけど、このままじゃ負ける……!」
ミヤが涙目でわしにすがりついてきた。
「お願い親方! 宝石よりも凄くて、女性客が殺到するようなアクセサリーを作って! ボク、あいつにだけは負けたくない!」
「断る」
わしは即答し、茶をすすった。
「わしは鍛冶師じゃ。指輪だのネックレスだの、軟弱な飾りを作る気はない。リナに頼め」 「リナちゃんじゃデザインは良くても、『仕掛け』が作れないんだよ! ねえ親方、武器や防具の技術を応用して、なんとかアクセサリーに見えるものを作れない!?」
ミヤが食い下がる。 武器の技術を応用した、女性向けの商品……?
「……ふむ」
わしは少し考えた。 最近、街は物騒だ。か弱い女性とて、身を守る力は必要だろう。 ならば、**「一見すると華やかなドレスや装飾品だが、実は凶悪な性能を持つ暗器・防具」**ならば、わしの専門分野だ。
「よかろう。あくまで『護身用装備』としてなら作ってやる。見た目はリナに任せるが、中身はガチガチの戦闘用じゃぞ?」
「それでいいよ! 勝てればなんでも!」
***
一週間後。街の感謝祭。 中央広場には露店が並び、多くの客で賑わっていた。 その一等地に、ベリルの店があった。
「さあさあ、いらっしゃいませ! 東方のルビー、南方のサファイア! 身につけるだけで貴女の魅力が倍増しますわよ!」
ベリル――縦ロール髪の派手な美女が、きらびやかな宝石を並べて客を呼び込んでいる。 一方、その向かい側。 工房『小さな巨人』のテントは、まだ幕が下ろされていた。
「……ふふん、ミヤったら、怖気づいて逃げたのかしら?」
ベリルが勝ち誇ったように笑った、その時だった。
バッ!!
テントの幕が勢いよく開かれた。
「皆様! 今の時代、ただ綺麗なだけの石なんて時代遅れですわよ?」
現れたのは、モデル役のリナだった。 今日の彼女は、いつもの貧乏臭い服ではない。 純白の薄布を幾重にも重ねた、優雅なドレスを纏っている。
「な、なによあの地味なドレスは……宝石の一つもついてないじゃない!」
ベリルが鼻で笑う。 だが、リナが優雅にターンを決めた瞬間、観衆からどよめきが起きた。
ファサッ……キラキラキラ……!
リナが動くたびに、ドレスの色が「白」から「淡いピンク」、そして「鮮やかな青」へとグラデーションのように変化したのだ。
「なっ……!? ドレスの色が変わった!?」
舞台袖で、わしはニヤリと笑った。 あれは『光学迷彩・ローブ』だ。 本来は森や岩肌に溶け込んで敵の目を欺くための潜伏用装備。 今回は「周囲の温度や視線に合わせて色を変える」設定に調整してある。
「そして……こちらをご覧ください!」
リナが髪をかき上げる。 その耳元には、大きな蝶の形をした髪飾りがついていた。 精巧な金属細工だが、ただの飾りではない。
ピクッ……パタパタパタ。
蝶が、羽ばたいた。 まるで生きているかのように、リナの頭の周りを旋回し始める。
「ひ、悲鳴ぇぇッ! 虫よ! 虫が飛んでるわよ!」 ベリルが叫ぶが、リナは涼しい顔で解説する。
「いいえ、これは『護衛虫』。貴女に近づく羽虫や、飛んできた小石を自動で迎撃する『超小型自律兵器』ですわ!」
その時、客の一人が投げた花びらが、リナに向かって飛んできた。 シュバッ! 蝶が高速で動き、花びらを羽で切り裂いて撃ち落とした。
「きゃあああ! すごい! 可愛いのに頼もしい!」 「私、虫が苦手だから欲しい!」 「夜道でも安心ね!」
女性客たちの目の色が変わった。 ただのアクセサリーではない。「自分を守ってくれる美しい騎士」のようなアイテム。それが彼女たちの心を鷲掴みにしたのだ。
「とどめはこれだ! ミヤ、やれ!」
わしが合図を送ると、ミヤが最後の商品を掲げた。
「『スライム・コルセット』! 着るだけでウエストが引き締まり、なんと『筋力が3倍』になるよ! 重い買い物袋も楽々! 痴漢に遭っても返り討ち!」
これは、わしがバードの義手技術を応用して作った「パワード・スーツ(のインナー版)」だ。 形状記憶スライムが体型を補正しつつ、人工筋肉として動作をアシストする。 本来は重装歩兵用のインナーだが、ミヤのアイデアでダイエット器具として売り出したのだ。
「欲しい! それ欲しい!」 「ドレスも素敵!」 「あの動く蝶々、私にもちょうだい!」
ドドドドドッ! 客の大波が、ベリルの店を素通りして『小さな巨人』のテントに押し寄せた。
「ちょ、ちょっと! 私の宝石のほうが高いのよ!? 由緒正しいのよ!?」
ベリルの叫びは、熱狂の渦にかき消された。
***
夕方。 商品は完売した。 ミヤは空っぽになった商品棚と、パンパンに膨れ上がった金貨袋を見て、だらしなく口元を緩めていた。
「へへ……へへへ。大勝利だよ親方。ベリルのやつ、最後は泣きながら店じまいしてたよ」
「まあ、わしの作った防具なら当然の性能じゃ」
わしは工具の手入れをしながら言った。 結局、わしは武器と防具しか作っていない。 だが、使い手がそれを「ファッション」と呼ぶなら、それもまた一つの形なのだろう。
「でも親方、一つ問題がありますわ」
リナが疲れた顔でドレスを脱ぎながら言った。
「あの『護衛虫』、感度が高すぎて、彼氏がキスしようとしたら迎撃してしまったというクレームが来てますわよ?」
「……あー、敵対行動と誤認したか。安全装置の調整が必要じゃな」
やはり、兵器を民間に流すのは難しい。 だが、こうして工房『小さな巨人』は、武器だけでなく「強くて可愛いアパレル」を売る店としても、女性たちの間で伝説となったのであった。




