第13話:ダンジョン・ピクニック
翌朝。 天気は快晴。絶好のピクニック日和だ。
「よし、出発じゃ! 忘れ物はないな?」
わしが号令をかけると、店の前で待機していたメンバーが応える。 だが、その装備は明らかにダンジョン攻略用ではなかった。
「お弁当よし、レジャーシートよし、日傘よし! 完璧ですわ!」 リナはフリルのついたワンピースに、麦わら帽子という完全にバカンスの装い。
「空の瓶よし、保存袋よし! 採れた果物は市場価格の3割引きで売るよ!」 ミヤは相変わらず計算機を片手にしている。
「……大将。これ、本当に持っていくのか?」
そして最後尾のバード。 彼はその背中に、タンスほどもある巨大な白い箱を背負っていた。 わしが徹夜で作った『魔導冷蔵庫(ポータブル版)』である。
「当然じゃ。果物は鮮度が命。採った瞬間に冷やさねば味が落ちる」 「へいへい。まあ、重さは苦にならねぇけどよ……」
バードは苦笑しながら、冷蔵庫を軽々と担ぎ直した。義手の出力があれば、数百キロの荷物も羽根のようだ。
「行くぞ! 目指すは『七色の森』ダンジョン! ターゲットは『虹色ピーチ』じゃ!」
***
『七色の森』は、比較的浅い階層にある、植物系の魔物が多いダンジョンだ。 薄暗い洞窟ではなく、天井にある発光苔のおかげで、森の中のように明るい。
「ひぃっ! 虫! 虫がいますわ!」 「騒ぐな。ただのジャイアント・アントじゃ」
リナが自分の顔ほどあるアリを見て悲鳴を上げる。 わしはため息をつき、バードに合図を送った。
「バード、露払いじゃ」 「おう」
バードが冷蔵庫を背負ったまま、大剣を横薙ぎにする。 風圧だけでアリが吹き飛んでいく。
「ふう……助かりましたわ。私の美しい肌に虫刺されなんて御免ですもの」 「そんなことより、あそこ! 薬草の群生地だよ! 全部刈り取ろう!」
ミヤが目の色を変えて草むらに突っ込んでいく。 やれやれ、ピクニックだというのに落ち着きのない連中だ。
「……はぁ、はぁ」
わしは額の汗を拭った。 まだ入り口から1キロも歩いていないのに、息が上がっている。 この幼女の体は、本当に持久力がない。足も短いから、皆の一歩がわしの三歩分だ。
「……親方、乗るか?」
見かねたバードが、冷蔵庫の上を親指で指した。
「……頼む」
わしはプライドを捨てて、バードに抱え上げてもらい、冷蔵庫の上にちょこんと座った。 高い。視界良好だ。 まるで王様になった気分……いや、介護されてるお爺ちゃんか、これは。
***
さらに奥へ進むと、甘い香りが漂ってきた。
「あそこじゃ! 『虹色ピーチ』の木!」
開けた広場の中央に、七色に輝く桃がなった大木があった。 だが、その根元には先客がいた。
「グルルル……」
体長4メートルはある『キラー・ベア』。 鋭い爪と、鋼鉄の毛皮を持つ森の主だ。
「うわぁ、強そう……。親方、どうする?」 「ふむ。あの熊も桃を狙っているようじゃな。……ならば」
わしは冷蔵庫の上から、リュックに入っていた「ある道具」を取り出した。 それは、鉄板に魔石を埋め込み、多数の半球状のくぼみを作った調理器具。 前世の故郷(日本ではないが似た文化圏)で愛用されていた『回転式球体焼き器(たこ焼き機)』だ。
「ここで昼飯にするぞ!」 「「「はあ!?」」」
わしはバードに指示して、安全地帯にレジャーシートを広げさせた。 そして、魔導コンロにたこ焼き機をセットし、生地を流し込む。
「ジューッ」といういい音が響き、香ばしい匂いが立ち上る。 中身はタコではなく、道中で狩ったオークの肉だ。
「クンクン……」
キラー・ベアが鼻を動かした。 桃の香りよりも強烈な、焼けた小麦粉とソースの匂い。 熊の視線が、桃からこちらの鉄板へと釘付けになる。
「グルァ!?」
熊がよだれを垂らして近づいてきた。 リナが青ざめる。
「き、来てますわよ親方! 食べられますわ!」 「餌付けじゃ」
わしは焼き上がったアツアツの「オーク焼き」を、ひょいと熊の方へ投げた。 熊はそれを空中でパクリとキャッチし――。
「ハフッ! アツッ! ……グマァァ~(美味い~)!!」
熊が至福の表情で倒れ込んだ。 表面はカリカリ、中はトロトロ。猫舌の魔獣には刺激が強すぎたようだが、味は気に入ったらしい。
「よし、今のうちに桃を収穫じゃ!」
バードが素早く木に登り、虹色ピーチをもいでいく。 熊は「もっとくれ」という目でこちらを見ているので、残りのオーク焼きを全部くれてやった。
***
収穫を終え、我々は川辺で「おやつタイム」にした。 いよいよ本番だ。
「バード、冷蔵庫から牛乳を出せ!」 「おう」
キンキンに冷えた牛乳。 そして、採れたての虹色ピーチ。 わしはナイフで桃の皮を剥き、果肉を潰してグラスに入れ、そこに牛乳を注ぐ。 仕上げに、少しだけ蜂蜜を垂らす。
「完成じゃ。『幻のフルーツ牛乳』!」
淡いピンク色がマーブル模様を描く白い液体。 グラスの表面に水滴がつくほど冷えている。
「いただきまーす!」
全員でグラスを掲げ、一気に飲む。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……ぷはぁっ!!
「……んん~っ!! 美味しいですわぁぁ!」 リナが頬を押さえて悶絶した。 「甘い! でも酸味があってスッキリしてる! 桃の香りが鼻から抜けるよ!」
「うめぇ……。労働の後のこれは最高だな」 バードが一気に飲み干し、おかわりを要求する。
わしも一口飲んだ。 口いっぱいに広がる果実の甘味と、牛乳のコク。 風呂上がりに飲みたかったが、川のせせらぎを聞きながら飲むのも悪くない。
「……ふぅ。生きてて良かったのう」
12歳の体で、老人のような感想を漏らす。 周りを見れば、リナが口元に白い髭(牛乳)をつけて笑い、ミヤが「これ一杯で銀貨3枚はいける」と計算し、バードが満足気に腹をさすっている。
魔獣もいる。危険もある。 だが、美味いものと仲間がいれば、そこは楽園だ。
「さて、腹も膨れたし、帰るとするか」 「親方、歩けますの?」 「……バード、帰りも頼む」 「へいへい」
再び冷蔵庫の上に担がれながら、わしは揺れる視界の中でウトウトと微睡んだ。 平和な一日。 こんな日常を守るためなら、あと少しくらい働いてやってもいいか。 そんなことを思いながら、わしは夢の世界へと落ちていった。




