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第12話:工房改造計画と乙女の湯

工房『小さな巨人』の朝は、悲鳴で始まった。


「いやぁぁぁぁぁッ!! もう限界ですわぁぁぁッ!!」


 リナが髪を振り乱して、作業場に飛び込んできた。  わしは驚いて、危うくルーンを刻むタガネで自分の指を突くところだった。


「なんじゃ朝っぱらから。敵襲か?」 「違いますわ! 私の! 美肌が! 限界なのです!」


 リナはわしの肩(身長差があるので掴みやすい)を揺さぶった。


「この廃村に来てから一ヶ月! お風呂といえば、水を溜めた樽で行水だけ! 髪はバシバシ、肌はカサカサ! エルフにとって美容は命なんですのよ!?」


「……知らんがな。わしは気にならん」


 わしは鼻を鳴らして作業に戻ろうとした。  前世のドワーフ時代、風呂など月に一度、川で浴びれば十分だった。すすと鉄粉の匂いこそが職人の香水だ。


「気にならん、じゃありません! 親方、鏡を見てくださいまし!」


 リナが手鏡を突きつけてくる。  そこに映っているのは――煤で薄汚れているが、絹糸のように細い金髪と、マシュマロのように柔らかそうな肌を持つ、あどけない12歳の少女だった。


「中身がどれだけ頑固ジジイでも、今の貴女の体は『人間の女の子』なんですのよ!? ドワーフの革袋みたいな皮膚とは違うんです! ちゃんとケアしないと、将来シワシワになりますわよ!?」


「うっ……」


 痛いところを突かれた。  確かに、この体は貧弱だ。少し作業しただけで汗ばむし、肌もすぐに荒れる。  ドワーフの頑丈な肉体ボディだった頃の感覚で徹夜をすると、翌日は体が鉛のように重くなる。


「……ふむ。メンテナンスも道具からだの寿命を延ばすためには必要か」


 わしは渋々頷いた。  それに、正直に言えば……前世で愛した「仕事終わりの熱い湯」が恋しくないと言えば嘘になる。


「よかろう。今日は仕事休みじゃ! これより『工房リフォーム計画・浴室編』を発動する!」


          ***


 場所は、工房の裏手にある岩場に決めた。  まずは浴槽作りだ。


「バード、その岩をくり抜け」 「へいよ」


 バードが義手の出力を上げ、巨大な岩盤を豆腐のようにくり抜いていく。  わしはその横で、今の非力な体でも扱える「魔導機関」の組み立てに取り掛かる。


「親方、お湯はどうするの? 薪で沸かすの?」  ミヤが心配そうに尋ねる。 「ふっ、薪など前時代的じゃ。わしのルーン技術を見くびるな」


 わしが取り出したのは、ダンジョンで拾った『火炎石』と『水流石』。  これを、熱伝導率の高い銅パイプの中に螺旋状に配置する。


「いいか、水を『循環』させるんじゃ。パイプの中を通る間に、ルーンで増幅された熱で瞬時に適温まで温める。さらに……」


 わしは浴槽の底に、複数の小さな穴を開けた。


「ここに空気を噴射する『アンスズ』のルーンを仕込む」 「えっ、何の意味があるの?」 「入ればわかる」


 作業は夕方まで続いた。  リナは「脱衣所は絶対に可愛くしますわ!」と、廃材でパーテーションを作り、ドライフラワーを飾り付けている。無駄に気合が入っている。


 そして、ついに完成した。


「起動じゃ!」


 わしがスイッチを入れると、ゴウッ!という音と共に、岩風呂にお湯が満たされていく。  湯気が立ち上る。硫黄の匂いはしないが、代わりにリナが入れたハーブの香りが漂う。


「完成じゃ……『全自動循環式・魔導露天風呂(ジャグジー付き)』!」


「きゃあああ! すごいですわ! 一番風呂はいただきます!」 「あ、ズルいよリナ! ボクも!」


 リナとミヤが歓声を上げて脱衣所に飛び込んでいく。  ……やれやれ、女というのは風呂となると目の色が変わるのう。


 わしはタオルを肩にかけ(ようとして滑り落ちたので頭に乗せ)、二人が上がった後に入ることにした。  中身が男のわしが、年頃の娘たちと一緒に入るわけにはいかんからな。……いや、今のわしは女だから問題ないのか? いやいや、精神衛生上よくない。


          ***


 数十分後。  ほっかほかに茹で上がったリナとミヤと入れ替わりで、わしは湯船に浸かった。


「……ふぅぅぅぅぅ」


 思わず、爺むさい声が漏れる。  岩風呂の縁に頭を乗せ、手足を伸ばす。足が底に届かないので、ぷかぷかと浮くしかないのが屈辱だが、お湯の感触は格別だった。


(ああ……染みるのう)


 ドワーフの分厚い皮膚と違い、人間の少女の肌は熱に敏感だ。  お湯の温かさが、ダイレクトに神経を解きほぐしていく。  呪いで成長しない筋肉。重いものを持てない骨格。  日々の作業で蓄積していた「人間の体ゆえの疲労」が、溶け出していくようだ。


「……悪くない」


 わしは外部レバーを操作した。  ボコボコボコッ!  底から気泡が噴き出し、小さな背中を刺激する。


「うおっ、おおお……」


 ジャグジーの振動に身を任せる。  月を見上げながら、わしは独りごちた。


「前の体も良かったが、この繊細な体で感じる湯も、また一興か」


          ***


「……で、大将。俺の番はいつだ?」


 風呂場の外から、バードの悲しげな声が聞こえた。


「すまんすまん、長湯しすぎたわい」


 わしは慌てて上がった。  風呂上がり。  鏡を見ると、そこには頬を真っ赤に染め、肌がツヤツヤになった美幼女が映っていた。  ……誰じゃこいつ。  わしだと分かっていても、時々この自分の姿にギョッとする。


「あら親方、茹でダコみたいで可愛いですわよ」 「うるさい。……さて、風呂上がりと言えばこれじゃろ」


 わしは腰に手を当て(るポーズを取り)、冷やしておいた牛乳瓶を一気に煽った。


「ぷはぁーっ!!」


 うまい。  酒が飲めないのは痛恨だが、この体には牛乳が染みる。


「極楽じゃったな。……じゃが、一つ問題がある」 「何?」 「牛乳だけじゃ物足りん。もっとこう、フルーツを入れた甘いやつが飲みたい」 「……」


 リナとミヤが顔を見合わせた。  風呂でさっぱりして、欲望のタガが外れたらしい。


「よし、明日は『幻のフルーツ』を採りにダンジョンへ行くぞ! ピクニックじゃ!」 「結局働くんかい!」


 ミヤのツッコミを無視して、わしは高らかに宣言した。  スローライフとは、全力を出して遊ぶことである。前世では知らなかった楽しみ方を、この新しい体は教えてくれている気がした。

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