第11話:騎士団長アルヴィスの憂鬱
王都、騎士団訓練場。 カィィィィン!! 空気を切り裂くような金属音が響き、折れた剣の切っ先が回転しながら地面に突き刺さった。
「……またか」
深いため息をついたのは、この国で最強と謳われる騎士団長、アルヴィスだった。 白銀の鎧に、輝くような金髪と碧眼。絵物語から抜け出てきたような美丈夫だが、その表情は曇っている。
「団長、またやっちゃいましたね……。今月で何本目ですか?」 「5本目だ。王宮鍛冶師が『最高傑作』と謳った剣だったのだがな……私の魔力伝導に耐えきれず、内部から崩壊した」
アルヴィスは、柄だけになった剣を悲しげに見つめた。 彼は強い。強すぎるがゆえに、並大抵の武器では彼の出力に追いつけないのだ。
「ああ……ガンツ翁が生きていれば」
彼の口から漏れたのは、亡き伝説の鍛冶師の名だった。 かつてアルヴィスが駆け出しの頃、ガンツの打った剣だけが、彼の手足となって戦場を駆け抜けてくれた。 だが、その名工はこの世にいない。
「団長、そんな貴方に朗報……というか、奇妙な噂があります」
部下の騎士が、声を潜めて言った。
「最近、街外れの廃村に『小さな巨人』という工房ができたそうです。そこには、どんな変な依頼でも完璧にこなす幼女の職人がいるとか」 「幼女だと? ふざけているのか」 「いえ、それが実績が妙に凄いのです。『撲殺聖女』『爆裂料理人』『絶対結界の貴公子』……これら全ての装備を作ったのが、その店だそうで」 「……どれも、ギルドで問題児扱いされている連中ばかりだな」
アルヴィスは呆れたが、少しだけ興味を惹かれた。 常識外れの連中が満足する武器を作るなら、あるいは――。
「……気晴らしにはなるか。行ってみよう」
***
工房『小さな巨人』。 わし、ガルネットはいつものように、カウンターによじ登り、特等席で茶をすすっていた。
「親方、今日のお茶請けは羊羹だよ」 「ふむ、気が利くなミヤ。渋茶に合うわい」
平和な午後だ。 庭ではバードがウォーミングアップに岩を持ち上げ、リナは「作業着が地味すぎますわ」と言ってフリルを縫い付けている。 いつもの光景だ。
その時、店の扉が静かに開いた。
「……ここが、噂の工房か」
入ってきた男を見て、わしは茶を吹き出しそうになった。 白銀の鎧。腰に帯びた王家の紋章剣。そして、無駄にキラキラしいイケメンオーラ。
(げぇっ……アルヴィス!?)
見間違うはずもない。 前世のわし(ガンツ)の元に、ガキの頃から入り浸っていた泣き虫坊主だ。 「じっちゃん、剣が折れちゃったよう」と泣きついてくるのを、「力の入れ方が下手くそなんじゃ!」とゲンコツを落として直してやった回数は数知れず。
まさか、こんな立派な騎士団長になっていようとは。
「いらっしゃいませ! 騎士様とは珍しい!」
ミヤがすかさず接客に向かう。相手の装備を見て「金持ちだ!」と確信した顔だ。 アルヴィスは店内を見回し、そしてカウンターに座るわし(12歳幼女)を見て、怪訝な顔をした。
「……君が店主か? お父上は?」 「わしが店主のガルネットじゃ。用がないなら帰れ、シッシッ」
わしはあえて、ぞんざいに手を振った。 正体がバレると面倒だ。「実は転生してました」なんて言っても信じないだろうし、信じたら信じたで、国の重要参考人として城に軟禁されかねない。
「……噂通りの口調だな。まあいい」
アルヴィスは腰から、折れた剣を取り出した。
「これを直せるか? 王家御用達の鍛冶師が『修復不可能』と匙を投げた代物だ」
わしは剣を見下ろした。 持ち上げようとしてみたが、案の定ビクともしない。 今のわしの腕力では、重心の悪い壊れた剣を持ち上げることすら困難だ。情けない。
「……バード、持ってこい」
わしが顎で指示すると、奥からバードが出てきた。 彼は無言で剣を軽々と持ち上げ、わしの目の高さに合わせて保持した。 わしは刀身を指先で弾く。 キンッ、と濁った音がする。
「直せなくはない。じゃが、無駄じゃな」 「無駄とはどういうことだ」 「お主の魔力は『雷属性』に偏っておる。なのにこの剣は、熱伝導率重視の『炎属性』向けの配合で作られておる。相性が最悪なんじゃ。これでは直しても、三回振ればまた折れるぞ」
アルヴィスの目が大きく見開かれた。
「……触れもせずに、私の魔力属性と、合金の配合比率を見抜いたのか?」
「職人なら鼻で分かるわ」
わしはバードに目配せをして、剣を下げさせた。
「直すより、新しく打ったほうが早い。……だが、お主の全力を受け止める剣となると、そこらの素材では無理じゃな」
アルヴィスの顔色が変わった。 侮りや懐疑の色が消え、真剣な剣士の眼差しになる。
「……驚いた。そこまで見抜くとは。 ああ、そうだ。私は探している。亡き師、ガンツ翁が打ってくれたような……私の魂と共鳴する剣を」
師匠呼ばわりか。 死んでから美化するのはやめてほしいものだ。わしはただ、近所のクソガキに剣をくれてやってただけなのだが。
「……ふん。あの頑固ジジイの剣か。あんな無骨な鉄塊のどこがいいんじゃ」
わしが自分の前世をディスると、アルヴィスはムッとして声を荒らげた。
「愚弄するな! 師の剣は最高だった! 見た目は飾り気がなかったが、誰よりも使い手のことを考え、極限まで無駄を削ぎ落とした機能美があった! 貴様のような子供に何が分かる!」
……なんだこいつ。 本人の前で、本人の作った剣を熱烈に擁護される。 なんという羞恥プレイ。 わしの頬がカッと熱くなった。これ以上褒められると蕁麻疹が出そうだ。
「……わかった、わかったから大声を出すな。耳に響く」
わしはため息をつき、カウンターの横にある樽を指差した。 そこには、失敗作や習作の剣が無造作に突っ込んである。
「バード。そこの樽に入っておる、一番錆びて見える剣を、この客に渡してやれ」
「へいよ」
バードが樽から一本の剣を引き抜き、アルヴィスに放った。 アルヴィスは片手でそれを受け止める。 それは、転生してすぐにリハビリがてら打った習作だ。 素材はありあわせだが、手癖で打った分、前世の作風が色濃く出ている。
「抜いてみろ」
アルヴィスは訝しげに鞘を払った。 そして――凍りついた。
「――――ッ!?」
柄を握った瞬間、彼の全身に電流が走ったような衝撃があったらしい。 無理もない。 その柄の形状、重心のバランス、魔力を通した時の吸い付くような感覚。 すべてが、彼が少年時代から慣れ親しんだ「ガンツの剣」そのものだったからだ。
「馬鹿な……。これは、まさか……」
アルヴィスは震える手で刀身を撫でた。 ルーン文字こそ刻まれていないが、鍛造の跡は雄弁に語っている。
「似ている、などというレベルではない。これは……師の技術そのものではないか」
彼はゆっくりと顔を上げ、わしを凝視した。 その碧眼が、カウンターにちょこんと座る、か弱い幼女の「中身」を見透かそうとするように鋭くなる。
「ガルネット、と言ったな。君は……一体、何者だ?」 「ただの天才美少女鍛冶師じゃよ」
わしはふてぶてしく鼻を鳴らした。 重い剣一つ持てない腕で、頬杖をついて見せる。
「その剣は習作じゃ。気に入ったならくれてやる。持っていけ」
アルヴィスはしばらく無言でわしを見つめていたが、やがて深く息を吐き、剣を腰に差した。
「……礼を言う。代金は言い値で払おう」 「出世払いでもいいぞ。どうせ騎士団長なんて金食い虫な職じゃろ」
その言葉に、アルヴィスは苦笑した。その笑顔は、昔の泣き虫坊主の面影があった。
「ああ。……だが、これで来月の遠征は乗り切れそうだ」
彼は帰り際、扉の前で立ち止まり、少しだけ心配そうな顔で振り返った。
「忠告しておく。 私がその『銘のない剣』を使っていると知れれば、王宮の鍛冶師たちは黙っていないだろう。彼らはプライドが高い。君のような無名の職人に、騎士団長の剣を任せたと知れば……」
「……嫌がらせでもしてくるか?」
「それ以上のことになりかねない。……だが、もし何かあれば私が盾になろう」
アルヴィスはそれだけ言い残し、店を出ていった。
残された店内で、ミヤが目を輝かせて契約書を抱きしめた。 「聞いた親方!? 騎士団長がお得意様だよ! これで王宮からも注文が殺到するかも!」
「……あるいは、刺客が来るかもしれんがな」
わしはニヤリと笑った。 王宮鍛冶師ギルド。 既得権益にしがみつく古狸どもの巣窟だ。前世でも散々嫌味を言われた連中である。
「面白くなってきたじゃないか」
わしは自分の小さな手を見つめた。 力はない。だが、技術はある。 売られた喧嘩なら、最高品質で買ってやるのが職人の流儀だ。
「総員、気を引き締めろ! これより我が工房は、王都のブランド職人たちを敵に回すことになるかもしれんぞ!」 「ええーっ!? 面倒くさい!」 「あら、王都の職人? 彼らの作る剣、装飾がダサいから嫌いですわ」
騒がしい仲間たちの声を聞きながら、わしは次の展開を予感して胸を躍らせた。




