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第10話:自動回避の絶対領域

工房『小さな巨人』の前に、場違いなほど豪華な馬車が止まった。  金箔で飾られた車体。白馬4頭立て。御者台には燕尾服の執事。  このスラム街もどきの廃村には、あまりにも似つかわしくない光景だ。


「……ミヤ、借金取りか?」 「違うよ親方! あれは『大口のカモ』の匂いだよ!」


 ミヤが目を「¥」マークに変えて窓に張り付く。  馬車の扉が開き、まず執事が降りてきた。彼は地面の泥を見て眉をひそめると、持っていた真紅の絨毯カーペットをバサリと敷いた。  そして、その上を歩いて一人の青年が降りてきた。


 年齢は20歳前後。  ひ弱そうな体型に、高価そうなシルクの服。  金髪の巻き毛を揺らし、左手にはハンカチ、右手には香水瓶を持っている。


「オエッ……! なんですかこの空気は! 貧乏人の肺から出た二酸化炭素の匂いがしますよ!」


 開口一番、暴言を吐いた。  青年はハンカチで口元を押さえながら、おっかなびっくり店に入ってきた。


「いらっしゃいませー! ようこそ『小さな巨人』へ!」


 ミヤが満面の営業スマイルで迎えるが、青年は後ずさりした。


「近寄らないでください! 君、最後に風呂に入ったのはいつですか!? 獣の毛が飛んできそうです!」


「ああん?(昨日の夜だよ失礼な)」


 ミヤの額に青筋が浮かぶ。  青年はさらに、奥で作業をしていたバードを見て悲鳴を上げた。


「ヒィッ! なんですかあの不潔な巨人は! 油と鉄錆の匂いがプンプンする! 菌の温床だ! 消毒液を持ってきなさいセバスチャン!」


「……親方、叩き出していいか?」 「待てバード。とりあえず話だけは聞いてやろう。金払いは良さそうじゃ」


 わしが仲裁に入ると、青年――ジュリアスは、わしを見て少しだけ安堵の表情を浮かべた。  わしは見た目だけなら人形のように清潔で可愛い(はずだ)からだ。


「ふぅ……この店で唯一、呼吸ができる存在がいましたね。  僕はジュリアス。街一番の貿易商、ゴールドマン商会の跡取りです」


 ジュリアスは椅子に座る際も、執事に消毒用アルコールを散布させてから腰を下ろした。  極度の潔癖症。  それが、この客の正体だった。


「単刀直入に言います。僕は冒険者になりたいのです」


「……はあ?」


 全員の声がハモった。  泥と血と汗にまみれるのが冒険者だ。潔癖症には最も向かない職業だろう。


「父上がうるさいのです。『商会の跡取りなら、一度くらい死線をくぐって箔をつけてこい』と。  ですが、冗談じゃありません! ゴブリン? 汚い! スライム? ネバネバして最悪です! オークの返り血なんて浴びたら、僕はショック死してしまいます!」


 ジュリアスは必死に訴えた。


「そこで、噂を聞いて来たのです。ここはどんな無理難題な武器でも作ってくれると。  お願いします! 『絶対に、何があっても、僕の服も肌も1ミリたりとも汚さない防具』を作ってください! 金ならいくらでも払います!」


 ミヤが即座に契約書とペンを突き出した。  早業だった。


「毎度あり! 親方、やってやろうよ!」 「……やれやれ。物理攻撃を防ぐだけなら簡単じゃが、『汚れ』を防ぐとなると概念が違うからのう」


 わしは腕組みをして考え込んだ。  泥跳ね、埃、返り血。これらを完全に遮断するには、フルプレートアーマーでも不十分だ(隙間から入るし、脱ぐ時に汚れる)。  必要なのは、物理的な遮断ではなく、空間的な拒絶だ。


          ***


「リナ、最高級の布を出せ。色は白じゃ」 「白? 汚れが一番目立ちますわよ?」 「だからこそじゃ。汚れないことを証明するには白しかない」


 わしが選んだのは、風の精霊力が宿る『シルフィード・シルク』。  軽く、強く、そして魔力伝導率が高い。


 わしはこの布の繊維一本一本に、粉末状にした風魔石を織り込んでいく。  そして、生地全体に微細なルーン回路を刺繍のように張り巡らせた。


 刻むルーンは『拒絶アルジズ』。  そして『アンスズ』の連鎖起動式。


 防御力(硬さ)を高めるのではない。  表面から常に高圧の空気を噴出し続け、物理的な接触を弾き飛ばす「エア・カーテン」の防具だ。  さらに、指向性を持たせたセンサーを組み込む。


「完成じゃ。『白亜の拒絶外套ホワイト・サンクチュアリ』」


 見た目は、貴族が羽織るような純白のロングマント。  だが、その機能は凶悪だ。


          ***


 実戦テストの舞台は、ジュリアスが一番嫌がる場所を選んだ。  街外れの『泥沼地帯マッド・スワンプ』。  足元はぬかるみ、泥を吐きかけてくる魔物「マッド・フロッグ」が生息する、潔癖症にとっての地獄だ。


「いやだぁぁぁ! 帰りたいいぃぃ! 靴が! 特注の革靴が汚れちゃうぅぅ!」


 ジュリアスは半泣きで、完成したマントを羽織って立っていた。  足元はすでに泥だらけ……ではない。  マントの裾から噴き出す風圧で、彼の足元半径50センチの泥が吹き飛ばされ、乾いた地面が露出しているのだ。


「す、すごい……! 僕の周りだけ更地になっている!?」


「感心している場合か。来るぞ!」


 ゲロゲロゲロッ!  沼地から数匹のマッド・フロッグが飛び出し、口から粘着質の泥団子を吐きかけてきた。  四方八方からの集中砲火。


「ヒィィィッ! 汚いのは来ないでぇぇッ!」


 ジュリアスは頭を抱えてうずくまった。  回避行動など取れない。絶体絶命の泥まみれコース――かと思われた。


 ブォンッ!!


 泥団子がジュリアスに着弾する直前、マントがまるで生き物のように動いた。  裾が鞭のようにしなり、風の刃を発生させて泥団子を空中で叩き落とす。


 バシュッ! バシュッ! バシュッ!


 全ての泥が、ジュリアスの体から数センチの場所で見えない壁に阻まれ、弾け飛んでいく。  『自動防衛オート・ガード』。  敵の殺気(魔力反応)と、飛来する物体の運動エネルギーを感知し、マントが勝手に迎撃行動を取るのだ。


「え? あれ? 汚れてない?」


 ジュリアスが顔を上げる。  その純白の服には、シミ一つついていない。


「こ、これは……これなら行ける! 僕はこの世界の汚れから愛されている!!」


 勘違いしたジュリアスは立ち上がった。  すると、今度はマッド・フロッグ自身が体当たりをしてきた。


「来ないでくださいよおおおッ!」


 ジュリアスが悲鳴を上げて腕を振る。  それに連動してマントが大きく膨らみ、圧縮された突風エア・ブラストが放たれた。


 ドゴォォォン!!


 カエルたちは突風に巻き込まれ、きりもみ回転しながら遥か彼方へ吹き飛んでいった。星になる勢いだ。


「は、ははは……! すごい! 僕は最強だ! そして何より――清潔だ!!」


 泥沼の中心で、一点の曇りもない純白の貴公子が高笑いをする。  その光景は神々しくもあり、同時にひどくシュールだった。


「……うまくいったようじゃな」


 わしは鼻を鳴らした。   「まあ、あのマント、常時風魔法を発動し続けているから、燃料の魔石消費量が半端ないんじゃがな」 「1時間で金貨1枚分くらい燃費食うよね、あれ」 「デザインは最高にエレガントですけど、維持費で破産しますわよ?」


 工房のメンバーは生温かい目で見守っていた。  だが、ジュリアス本人は大満足で、チップとして袋いっぱいの金貨を置いて帰っていった。


          ***


 そしてまた、噂が広まる。


「おい、聞いたか? 最近、『白銀の貴公子』ってのが現れたらしいぞ」 「ああ。泥沼に入っても靴一つ汚さず、敵が勝手に吹き飛んでいくらしい」 「『触れることすら許されない絶対領域』の持ち主か……。相当な手練れの魔法使いだな」 「いや、あいつが羽織ってるマント、あそこの工房の作らしいぞ」 「またかよ! あそこの店主、魔王軍の技術将校か何かなのか!?」


 聖女の物理杖、美食家の爆熱包丁、潔癖症の自動回避マント。  三つの「変な依頼」を完璧に(斜め上に)こなしたことで、工房『小さな巨人』の名声と悪評は、ついに王都の騎士団にまで届くことになる。


 そう、舞台は整った。  次に現れるのは、変わり者ではない。  この国で最も「剣」を知り、かつての前世わしを知る男だ。

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