第9話:爆裂する料理人(バーニング・クッキング)
工房『小さな巨人』に、その男は現れた。 というより、壁のような巨体が入り口を塞いだ、と言ったほうが正しい。
「たのもう!!」
ビリビリと窓ガラスが震えるような大音声。 現れたのは、身長2メートルを超える筋骨隆々の大男だった。 丸太のような腕。岩のような胸板。 そして何より特徴的なのは、その背中に巨大な「猪の死体」を丸ごと一頭背負っていることだった。
「……臭っ!」
リナが即座にハンカチで鼻を覆った。 無理もない。男からは汗と血、そして野生動物の強烈な獣臭が漂っている。
「いらっしゃいませー……って、うわ、デカいね。バードより大きいかも」 「何の用じゃ。肉屋なら隣町じゃぞ」
わしがカウンターから睨みつけると、男はドサリと猪を床に下ろし、野太い声で叫んだ。
「俺は美食家のボルグ! 噂を聞いてきた! ここなら、俺の『夢』を叶える武器を作れると聞いてな!」
「夢?」
ボルグは拳を握りしめ、熱く語り出した。
「俺はダンジョンの魔獣を食う。それが俺の生きがいだ。 だが、悩みがある! 魔獣ってのは、死んだ瞬間に味が落ちる! 死後硬直で肉は硬くなり、血が回って臭みが出る! 俺は、一番美味い瞬間――つまり『命が消えるその瞬間』の肉を食いてえんだよ!!」
狂気である。 ただの食いしん坊ではない。食に対する執念が変な方向にねじ切れた変態だ。
「だが、普通の剣で斬ってから火を起こして焼いていたんじゃ、間に合わねえ! 魔法使いに頼んで火球をぶつけたら、黒焦げになって食えたもんじゃねえ! 俺が欲しいのは、『斬った瞬間に、肉の芯まで火が通り、かつ表面はカリッと香ばしく焼き上がる』そんな魔法の包丁だ!!」
「……無茶苦茶を言うな」
ミヤとリナは呆れ返っている。 だが、わしは顎を撫でながら、その狂気じみたオーダーの中に、技術的な面白みを見出していた。
(切断と加熱の同時進行……。確かに、普通の剣では熱が逃げる。魔法では熱量が大雑把すぎる。必要なのは、切断面のみに超高温を発生させる『局所加熱』か)
わしの職人魂に火がついた。 無理難題ほど、燃えるものはない。
「面白い。引き受けよう。その代わり、代金は弾んでもらうぞ」 「金ならある! レア食材を売って貯めた金貨が山ほどな!」
***
作業開始だ。 今回わしが選んだ素材は、火山の火口付近で採れる『紅蓮鋼』。 それ自体が熱を帯びる性質を持つ金属だが、それだけでは足りない。
「リナ、お主の出番じゃ。柄のデザインじゃが、内部に空洞を作れ」 「空洞? 軽量化ですの?」 「違う。調味料を入れるタンクじゃ」 「……はい?」
リナが変な顔をしたが、わしは無視して設計を進める。 刃の形状は、肉厚の巨大な中華包丁型。 その表面に、微細な溝を無数に掘り込む。
刻むルーンは『摩擦』。 そして『爆熱』。
物体を斬る際の「摩擦係数」をルーンの力で数千倍に引き上げ、その摩擦熱を『爆熱』で増幅させる。 つまり、この包丁は振るうだけでは熱くないが、物に触れて「斬れた」瞬間にだけ、切断面に数千度の摩擦熱を発生させるのだ。
「さらに、ここにな……」
わしは悪戯っぽく笑いながら、柄の部分に仕掛け(ギミック)を組み込んだ。
「完成じゃ。『超・高熱調理刀』!」
***
数日後。 ボルグに連れられ、わしたちは近場の森へとやってきた。 実戦テスト(という名の食事会)である。
「グルルルル……」
現れたのは、体長3メートルはある『キング・ブル(巨大野牛)』。 突進されれば家一軒が吹き飛ぶ危険なモンスターだ。
「いい肉付きだ……。脂も乗ってやがる」
ボルグは涎を拭うと、背中から巨大な「包丁」を抜き放った。 全長1.5メートル。 赤黒く鈍い光を放つその刃は、武器というより鉄板のようだ。
「いくぞ! いただきまぁぁぁすッ!!」
ボルグが地を蹴った。 キング・ブルもまた、角を突き出して突進してくる。 正面衝突。
その瞬間、ボルグは包丁を横一文字に薙ぎ払った。
「特選! サーロイン斬りぃぃぃッ!!」
ジュワァァァァァァァッ!!!
森に、似つかわしくない音が響き渡った。 それは肉が焼ける音。 脂が炭火に落ちて弾ける、あの食欲をそそる音の、数千倍の音量だ。
ズバンッ!!
キング・ブルの胴体が、綺麗に上下に切断された。 だが、血は一滴も出ない。 切断面が瞬時に炭化し、肉汁を内部に閉じ込めたまま焼き固められたからだ。 辺り一面に、香ばしいステーキの匂いが爆発的に広がる。
「まだだぁッ! 味付けェッ!!」
ボルグは手元のスイッチを押した。 カシャッ。 柄に仕込まれたタンクが開放され、遠心力によって「特製岩塩」と「ブラックペッパー」が噴射される。
ザザザッ! 空中で舞う肉塊に、絶妙なタイミングで塩胡椒が振りかけられる。 リナが「無駄に美しい散布角度ですわ……」と呟くほどの完璧なシーズニング。
ドサッ。 地面に落ちたのは、もはや死体ではない。 表面はカリッとクリスピー、中はロゼ色のミディアムレア。 完璧に調理された、数百キロの巨大ステーキだった。
「おお……おおおっ!!」
ボルグは包丁を投げ捨て、焼きたての肉にかぶりついた。
「ハフッ! アツッ! ……う、うめえええええええ!!」
男泣きしていた。 肉汁が顎を滴り落ちるのも構わず、彼はむさぼり食った。
「これだ! 俺が求めていたのはこれだ! 血生臭さが消え、野性味溢れる旨味だけが凝縮されている! ありがとう、親方! あんたは最高のシェフ(鍛冶師)だ!」
「……まあ、喜んでもらえて何よりじゃ」
わしは呆れ半分、達成感半分で肩をすくめた。 その後、我々もそのおこぼれに預かったが、確かに絶品だった。 悔しいが、わしの作った武器で一番「役に立った」瞬間かもしれない。
***
後日。 街の冒険者たちの間で、奇妙な目撃情報が相次いだ。
「おい、聞いたか? 森の奥から、ものすごくいい匂いがしてくるんだ」 「ああ。行ってみたら、血まみれの大男が、魔獣を斬り伏せながら『焼き加減よし!』とか叫んでるらしいぞ」 「『バーベキュー・ベルセルク』だ……。出会ったら最後、俺たちも食材にされるぞ」 「あいつが持ってる剣、どこの製品だ? あんな『飯テロ武器』を作るなんて、ろくな職人じゃねえな」
工房『小さな巨人』の悪名は、香ばしい肉の匂いと共に、また一つ広まってしまったのであった。




