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第8話:聖女様の物理説法

工房『小さな巨人』の午後は、気だるげな空気と共に過ぎていく。  外は小雨。客足は途絶え、店内に響くのはリナが爪を磨く音と、ミヤがそろばんを弾く音、そしてバードが鉄アレイ(わし特製・重量可変式)で筋トレをする吐息だけだ。


「……暇じゃ」


 わし、ガルネットはカウンターに顎を乗せて呟いた。  暇すぎる。職人にとって、仕事がない時間は寿命を削られるより苦痛だ。  手持ち無沙汰に耐えかねて、店のドアノブを「誰かが触ると微電流が流れる」仕様に改造しようかと考え始めた時だった。


 カラン、コロン……。


 ドアベルが鳴った。  だが、その音はどこか弱々しく、陰鬱な響きを帯びていた。


「い、いらっしゃいませー?」


 ミヤが声をかけるが、語尾が疑問形になるのも無理はない。  入ってきたのは、深々とフードを被った白衣の修道女シスター。  その全身から、「この世の終わり」のような負のオーラが立ち上っていたからだ。


「……武器を。……私に、武器をください……」


 幽鬼のような声。  彼女がゆっくりとフードを外すと、そこには本来なら聖画に描かれるような清らかな美少女の顔があった。  ――ただし、目の下のクマが深淵のように黒く、頬がげっそりとこけていなければ、の話だが。


「お主、僧侶じゃろ? ここは武器屋じゃ。メイスや杖ならあるが、聖水やポーションは教会で買え」


 わしが淡々と告げると、彼女はゆらりと顔を上げ、血走った目でわしを凝視した。


回復薬ポーションなど要りません。……私が欲しいのは、『回復する必要性をなくすための道具』です」


「……ほう?」


 わしは身を乗り出した。  その言葉の裏にある、ドス黒い殺意を感じ取ったからだ。


          ***


 彼女の名前はフィーナ。  この街の冒険者ギルドでも評判の、高レベル治癒術師ハイ・プリーストだという。  慈愛に満ちた回復魔法と、どんな怪我でも笑顔で治す献身的な姿勢から『聖女』とあだ名されているらしい。


 ミヤが出した温かいハーブティーを一口飲み、フィーナは重い口を開いた。


「私のパーティメンバー……特に前衛の戦士たちが、あまりにも『下手』なのです」


 彼女の手が、ティーカップにヒビが入るほど強く握りしめられた。


「彼らは言います。『俺の後ろにいれば安全だ』と。でも、実際は違います。彼らは敵の攻撃を避けないのです。『俺の鎧は最強だ』と過信して、棒立ちで攻撃を受け続けるのです」


「……典型的な脳筋じゃな」


「ええ。私が必死にヒールをかけて、傷が塞がった瞬間に、また新しい傷を作ってくる。まるで穴の空いたバケツに水を注ぎ続けている気分です。昨日など、オークの群れに突っ込んで『回復が遅い!』と私を怒鳴ったのです」


 フィーナの目から光が消えた。


「もう……疲れました。MP(魔力)も、私の精神サニティも限界です。  だから、気づいたのです。  彼らが傷つく前に、私が敵を『黙らせれば』いいのだと」


 素晴らしい。  わしは思わず膝を打った。  予防医療の極致だ。病原菌モンスターを即座に滅菌すれば、患者(味方)は健康なままである。合理的極まりない。


「事情は分かった。つまり、お主のような非力な僧侶でも扱えて、かつ一撃で敵を葬れる武器が欲しいのじゃな?」


「はい。……できれば、教会の教義に反しないよう、刃物ではないものが望ましいです。あと、一見して武器と分からないような……」


「注文が多いな。だが、面白い」


 わしは作業場へと向かった。  脳裏にはすでに、設計図が完成していた。


          ***


「リナ、仕事じゃ! 『高潔で慈愛に満ちたデザイン』の杖を描け! 中身はわしが詰める!」 「あら、久しぶりにまともなオーダーですわね。任せてくださいまし、天使の羽をモチーフにした最高にエレガントな杖にして差し上げますわ!」


 リナが嬉々としてデザイン画を描く横で、わしは素材を選定する。  使用するのは、工房の奥に眠っていた『重魔鋼タングステン・アダマンタイト』。  比重が金の二倍あり、硬度はダイヤモンド並みという、極めて加工の難しい金属だ。


「ふんッ……!」


 わしは『共鳴鍛造』で重魔鋼を球体に加工していく。  直径10センチほどの鉄球。だがその重さは50キロを超える。  普通なら持ち上げることもできない重さだ。


 だが、わしはそこに『加速ラド』と『無重ハガル・リバース』のルーンを二重に刻印した。  さらに、杖のシャフトの部分には、高強度のミスリル合金で編んだ「伸縮自在の鎖」を内蔵する。


 ギミックは複雑だが、操作は単純でなければならない。  実戦でパニックになった時こそ、本能で扱えるものでなくては。


 カチリ、と最後の留め具を嵌める。  仕上げにリナが、白銀の塗装と金の装飾を施し、見た目は完全に「高位聖職者のロッド」になった。


「完成じゃ」


          ***


「……綺麗」


 フィーナは完成した杖を手に取り、感嘆の声を漏らした。  長さは1メートルほど。先端には美しい天使の輪の装飾がついている。


「持ってみろ。重くはないはずじゃ」


「はい。羽のように軽いです」


 それは『無重』のルーンが働いているからだ。普段はただの杖として使える。


「使い方は簡単じゃ。敵が近づいてきたら、柄にあるそのスイッチを押し込みながら、思いっきり振り回せ。いいか、『当てる』のではない。『振り抜く』のじゃ」


「こう、ですか……?」


 フィーナはおっかなびっくり、店の裏にある実験用の岩に向かって杖を構えた。  スイッチを押す。  瞬間、カシャン!という音が鳴り、リミッターが解除される。


「えいっ!」


 彼女のか細い腕が、杖を振った。  その瞬間――世界が変わった。


 ジャララッ!!  杖の先端が分離し、内蔵された鎖が飛び出した。  『加速』のルーンが発動し、先端の鉄球(50キロ)が遠心力によって音速まで加速する。


 ズドォォォォォン!!!


 爆音が轟いた。  フィーナが杖を振り抜いた先。  そこにあったはずの岩(人間の胴体ほどの大きさ)が、跡形もなく消滅していた。  いや、粉々になった破片が、散弾銃のように後方の壁にめり込んでいた。


「…………え?」


 フィーナが呆然と杖を見つめる。  彼女の手には、ほとんど反動が残っていなかった。遠心力と衝撃のベクトルを完全に制御しているからだ。


「これが『遠心粉砕杖モーニング・スター・カスタム』じゃ」


 わしは解説する。


「先端の質量と遠心力による破壊力は、ドラゴンの尻尾撃に匹敵する。刃物ではないから教義にも反しまい? ただの『少し重い杖』が、たまたま敵の頭に当たっただけじゃ」


「す、すごいです……」


 フィーナの頬に、朱色が差した。  それは恐怖ではない。  絶対的な暴力ちからを手に入れた、恍惚の色だった。


「これなら……これなら、もう誰も、私を困らせたりしない……」


 彼女は杖を愛おしそうに抱きしめると、聖母のような、しかしどこか底冷えする微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます、店主様。これで私も、心穏やかに信仰の道を歩めそうです」


 ……本当に穏やかだろうか?  わしは一抹の不安を覚えたが、代金(結構な額だ)はきっちり支払われたので良しとした。


          ***


 数日後。  街の酒場では、新たな伝説が囁かれるようになっていた。


「おい、聞いたか? 最近、『鮮血の聖女』ってのがダンジョンに出るらしいぞ」 「ああ、あの噂か……。なんでも、回復魔法を唱えるフリをして、近づいてきた魔物の頭を一撃で粉砕するとか」 「俺見たんだよ。ミノタウロスが棍棒を振り上げた瞬間、その聖女様が『慈愛の光を(物理)!』って叫んで杖を振ったら、ミノタウロスの上半身が弾け飛んだんだ……」 「しかも、返り血を浴びたまま『さあ、皆さん回復の時間ですよ?』って笑うらしいぞ。怖すぎるだろ……」


 工房のカウンターでその噂を聞いたわしは、静かに茶をすすった。


「親方、フィーナさん、常連になっちゃったね」 「ああ。昨日も『チェインの巻き取り速度を上げてほしい』と調整に来たわ」 「彼女のパーティ、最近すごく行儀が良いらしいですわよ? 被弾率がゼロになったとか」 「そりゃあ、敵が攻撃する前に消滅しておるからのう」


 工房『小さな巨人』が生み出した怪物は、今日もダンジョンの平和(?)を守っている。  武器屋としての評判は上々だが、なぜか「あそこの店主は、邪教の司祭と繋がっている」という根も葉もない噂までセットでついてきたのは、計算外であった。

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