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第99章:さようなら

源希は家の外に立ち、最後にもう一度だけ振り返った。

蒼月が朝早くから全員を屋敷に集めていたため、ここにはもう誰もいない。昨日が、別れを告げる最後の機会だった。

彼は最後のバッグをトランクに放り込み、すでに運転席に座っていた叔父の隣へ静かに乗り込んだ。シートベルトを締め、窓の外を見つめる。

最近の出来事で疲れ切り、あまりにも多くの重荷を背負ったままの礼司が大きくあくびをした。

「準備はいいか、坊主?」

源希は深く息を吸い、そして頷いた。

「……いいや。でも、これしか選択肢がない」

アクセルが踏み込まれ、車が前へと走り出す。

「まあ、お前ならそう答えると思ってたよ」

流れていく街並みを、源希は黙って眺めていた。

国外に出たことは何度もある――大吾の死後、麗花と世界を旅したこともあった。だが今回は違う。胸にあったのは決意ではなく、先の見えない不安だった。しばらく帰れない、そんな予感が胃の奥にまとわりついて離れなかった。

礼司は甥の表情に気づき、無理やり笑みを作る。

「気楽にいけ。待ち受けてるものが何だろうと、俺たちなら対処できる。昔の魔導師たちは経験が足りなかっただけさ。だから苦戦した。見つけ次第片付けて、クリスマスには帰ってこよう。な?」

源希はどこか上の空で頷いた。

礼司は前を向いたまま、源希が気づいていないことに安堵する。

もし見られていたら、強張った肩、食いしばった顎、目に宿る恐怖を悟られていただろう。

礼司は恐れていた。甥を落ち着かせるためだけでなく、自分自身を保つために、平然と嘘をついていた。

空港までの道中、会話はなかった。

今回はプライベートジェットではない。一般の旅客機――とはいえファーストクラスだ。席に着いても、二人を押し潰そうとする重苦しい不安は消えなかった。

源希は肘掛けを強く握りしめ、やがて抗いきれず、浅く不安定な眠りに落ちた。

そして、眠りは夢を連れてくる。

目を開けると、彼は再び〈可能性の領域〉の外に立っていた。

動こうとした瞬間、鋭い痛みが体を貫く。視線を落とすと、胴体に大きな穴が空いていた。

顔を上げると、そこには大いなる邪悪が浮かんでいた。

その声は頭蓋を砕くほどの衝撃を伴い、源希を吹き飛ばす。

「幸福な結末を望むか。未来を見たいか。多くの者が願い、多くの者が失敗した。答えろ――なぜお前なのだ? なぜ他が成し得なかったことを、お前が成せる?」

源希は必死に膝をつく。裂けた腹部が縫い合わされていくのを見て、そこで悟った。

これは霊体だ。

彼は空へと飛び上がり、短剣と剣を召喚する。目にも留まらぬ速度で周囲を巡り、無数の斬撃を叩き込む。

だが、動きを止めた瞬間――存在は指先で軽く弾いた。

瞬き一つ。

源希はすでに地面に叩きつけられ、数十メートルに渡って散り散りになり、それでもなお形を保とうとする。

存在が再び語りかける。

「私は『どうやって』ではなく、『なぜ』を問うたのだ、小さき魔導師よ。

お前より強き者も数多く挑み、数多く敗れた。私は幾千の文明を破壊してきた。――それでも、なぜお前は生き残る?」

源希は立ち上がろうとするが、その放つ力に圧倒され、崩れ落ちる。

それでも、彼は顎を上げた。

「俺たちは生き残る……生きなきゃならない。最後の一息まで戦うからだ。誰かが、必ずお前を止める。たとえ人類がわずかしか残らなくても――俺たちは滅ぼされない。断言する」

存在は、溜め息にも似た音を立てた。

「その言葉は何度も聞いた。常に団結を説く――共にあれば生き延びられると。

だが、お前たちは分断されている。互いに戦争を起こし、弱者を庇護しながら強者を縛る。それで何を得る? 微々たる成果か? 偽りの平等感か?

理想論だ。矛盾に満ち、価値はない。

私はお前たちの文明を滅ぼすか、倒れるまで試みる。それ以外の選択肢は存在しない」

源希の目は恐怖と衝撃に見開かれた。それでも、彼は再び立ち上がる。

「……お前が何を言っているのか全部は分からない。他にも俺みたいなのが挑んだって言うけど……それでも、一つだけ約束する。俺は――」

存在が、退屈そうに遮った。

「違う、と言うのだろう。

お前は特別だ、と。

確かに、私はお前のような者と対峙したことはない。

だが、助けたからといって、手心を加えるつもりはない。今言おうとした長話の要約だろう?」

源希は歯を食いしばり、否定できなかった。

存在は彼の背後に現れ、軽く背中を突く。

それだけで、源希の霊体は風に散った。

「実に陳腐だ。

多くの英雄が同じことを口にした。お前を遥かに凌ぐ力、年齢不相応な熟達を持つ者たちもだ。

だが――お前には、私の興味を引く“何か”がある。

今は他に用事がある。だが、いずれ必ず戻る。

その時までに、相応の成長を見せてもらおう」

源希の形は、もう戻らなかった。

存在が近くにいるだけで、自身のエネルギーを探し出せない――広大な海で針を探すような感覚だった。

次の瞬間、意識そのものを弾かれた。

源希は飛び起きた。全身汗まみれで、荒い息をつく。

窓の外は、まだ暗い。

スピーカーから機長の声が流れる。

「こちらは機長です。まもなくブラジルに到着いたします。

テーブルを元の位置に戻し、着席のうえ、シートベルトの着用をお願いいたします。ありがとうございます」

源希は深く座席にもたれ、数度深呼吸した。

闇の中、かろうじて見える目的地を見つめる。

アマゾンの熱帯雨林。

最初の目的地だ。

「……準備はできてる。

できていなきゃ、いけないんだ」

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