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第94章 心の毒

麗花は立ち上がり、テーブルから後ずさった。制御を失ったオーラが身体から滲み出し、床を這うように広がり、部屋全体を侵食していく。


源希はすぐに駆け寄ろうとしたが、玲司が腕を伸ばして制した。

「待て。何をしたかは知らんが……あれは闇の魔術だ。しかも、完全に制御できていない」


伊佐音が二人の横に立ち、源希の手を強く握りしめた。


麗花の視線が部屋を彷徨う。そして、源希と伊佐音が手を繋いでいるのを目にした瞬間——

オーラがさらに激しく噴き上がり、黒い触手のような影が彼女の肌に食い込んだ。


源希は即座に掌の上で印を編み始める。親友を呑み込もうとする力を抑え込むため、必死だった。

玲司もまた、麗花の周囲に霊力の結界を展開し、ほんの一瞬だけ彼女の動きを封じる。


——それで十分だった。


印が完成する。

源希は掌を突き出し、麗花から溢れ出す闇の奔流を引き寄せた。

魔力は急速に吸い上げられていくが、一部はなおも彼女の身体にまとわりついて離れない。

源希は封じられる限りを封じ、術を破棄すると同時に彼女へ駆け寄った。


彼はそのまま、麗花を強く抱きしめた。

「大丈夫だ。俺がいる。ほら、呼吸して……もう終わった」


麗花は震える息を吐き、同じくらい強く彼に抱き返した。

涙が瞳に滲んだが、こぼすまいと必死に堪える。

「ごめん……私、迷惑ばっかりで。全部、源希が助けようとしてくれたせいで……。あの日、私が死ななければ……」


源希は首を振った。息は荒いが、その声は驚くほど穏やかだった。

「麗花、もう何度も言っただろ。誰のせいでもない。起きたことは変えられない。でも……俺たちは、ちゃんと前に進める」


そのとき、玄関のノック音が空気を切り裂いた。


玲司が素早く扉を開ける。そこに立っていたのは、麗花の両親だった。

疲労の色が濃い二人だったが、麗花の姿を目にした瞬間——

表情が凍りつき、次の瞬間には信じられないという希望とともに駆け寄っていた。


——娘は、生きていた。


源希は一歩身を引き、麗花の視線が両親に向かうのを見守った。

昨夜と同じように、涙が頬を伝い落ちる。

「……お母さん? お父さん?」


彼女が立ち上がり、手を伸ばすと、二人は一瞬で距離を詰め、力いっぱい抱きしめた。

母の涙は止まらず、父は奇跡が壊れてしまうのを恐れるかのように、決して手を離そうとしなかった。


嗚咽の合間に、母が絞り出すように呟く。

「生きてる……私たちの子が……生きてる……」


源希は玲司の隣に戻ったが、視線は麗花から離れなかった。

「……問題は、解決したと思う?」


玲司は彼を見下ろし、苛立ちと不安が入り混じった表情で答える。

「さあな。ただし、お前のやったことが彼女を“本物の魔術師”に変えたのなら……魔力はいずれ回復する。その時、また同じことが起きる」


源希はポケットに手を突っ込んだ。

「だったら、鍛えるしかないだろ」


軽く笑みを浮かべるが、事の重さを理解していないようだった。


玲司は苦笑し、首を振る。

「闇の魔術師は鍛えてどうこうなるもんじゃない。時間が経つほど、冷たく、遠くなり、そして強くなる。

このままじゃ……お前が必死に救った麗花は、結局——」


一瞬、言葉を区切り。


「——黒鐵 真羅、二人目になるだけだ」

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