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第92章 接触

ゲンキは家に着くまでの間、ずっとレイカを抱きしめていた。まるで自分の腕だけで、彼女をその痛みから守れるかのように。毛布と彼のパーカーに包まれたレイカの呼吸は浅く、涙で濡れた瞳が揺れている。生きるというリズムに再び体を慣らそうとするたび、息が胸の奥で震え、彼にもたれかかっていた。


やがて、レイカがかすれるほど小さな声で口を開いた。

「ゲンキ……何をしたの……? すごく……痛い……」


ゲンキは視線を落とし、罪悪感が一瞬だけ表情をよぎる。

「君を……連れ戻したんだ、レイカ。何が起きたのかは後で話そう。今はただ、家に帰ろう。少し眠れば、楽になるはずだ。」


レイカは彼を見上げた。疲労が色濃く滲んでいる。体は治っても、あの痛みの記憶は心に深く刻まれていた。

「明日……お父さんとお母さんに電話しなきゃ。もう一度……会いたい……」


ゲンキは彼女を支え直し、静かにうなずいた。

「もちろんだ。起きたらすぐに電話しよう。約束する。」


歩きながら、レイカはすべてを実感していた。肌を撫でる冷たい空気、足裏に伝わる確かな地面、一歩ごとに動く筋肉、そして何より、ゲンキの体温。痛みは残っていたが、それでも彼女はかすかに笑った。

「あなたに触れられるの、久しぶり。これでやっと、バカなこと言ったら肩を殴れるわ。前みたいに、殴るフリじゃなくて。」


ゲンキもまた、温かな笑みを浮かべる。

「いいよ。俺がバカだと思ったら、いつでも殴ってくれ。怒らない。君が……生きてるってだけで、それでいい。」


レイカの弱々しい笑顔が、少しだけ大きくなった。

「うん……私も。ゲンキ。ほんとに。」


家に着くと、ゲンキは彼女を自分のクローゼットへ案内し、着替えのために一人にした。しばらくして戻ってきたレイカは、彼のハーフパンツと、中学生の頃から見ていなかった古い黒いパーカーを身に着けていた。ゲンキは彼女をベッドへ導き、丁寧に布団をかける。彼女が眠りに落ちるまで、そばを離れなかった。そして静かに部屋を出て、ドアを閉める。


ソファに座り、ゲンキは沈黙の中で思考を巡らせていた。

レイカには、どんな“異常”が残るのか。

あの大いなる邪悪を解き放ってしまったことで、世界は破滅へ向かうのか。

もし再び現れた時……自分に止められるのか。


それでも、一つだけ確かなものがあった。

レイカは生きている。

彼女の人生が普通に戻らなくても、生きる機会は与えられた。


疲労に引きずり込まれる直前、胸を蝕む思いが、かすかな囁きとなって漏れた。

「……俺は、何をしてしまったんだ……?」



---


雲のはるか上空で、静電気のように明滅する身体を持つ存在が、世界を見下ろしていた。

静かに高度を下げながら、眼下の街を興味深そうに観察する。


「実に興味深い。前に来た時とは随分違うな。もっとも、私は遥かに栄えた文明が塵になる様を何度も見てきた。この程度、特別でもない。」


その視線が、ゲンキの家へと向く。距離など関係ないかのように。

「だが……あれは探し求めていた“可能性”を秘めている。滅ぼすかどうか決める前に、いくつか試す価値はありそうだ。」


存在の中心が裂け、そこから無数の多色に輝く魔力核が渦巻くように現れた。そのうち三つが解き放たれ、青、紫、緑の光跡を描きながら地平線の彼方へ飛び去っていく。


「三つもあれば十分だろう。数年後、結果を見に戻るとしよう。……その前に、導きが必要かもしれないが。」


そう言い残すと、その存在は瞬きのように消え去った。

夜空には強い風だけが吹き抜け、星々が静かに瞬いていた。

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